2019年06月15日号
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フォーカス

ピナ・バウシュとの対話──ピナ・バウシュとタンツテアター展

河村恵理(アート・コーディネーター)

2016年11月15日号

 コンテンポラリー・ダンスの先駆者であるピナ・バウシュ。彼女の作品とそのメソッドを多角的に包括する展示がボンのブンデスクンストハレで今年3月から7月にかけて行なわれ、そして現在はベルリンのマルティン・グロピウス・バウにて巡回している。彼女は演劇とダンスを融合させた、タンツシアター(ダンスシアター)と呼ばれる新たなジャンルを創った。


Photo: Jochen Viehoff
Pina Bausch tanzt ein Solo in Danzón (Ausschnitt)
ピナ・バウシュ ソロダンス『ダンソン』(部分)
© Jochen Viehoff


 数多くある作品のタイトルには副題として常に「Ein Stück von Pina Bausch」と、ピナ・バウシュの作品であることが明記される。彼女が振付家としてこの舞踊団に関っているということであれば、一つひとつの作品に逐一彼女の名前を明記する必要はないのではないかと思われる。しかし、ピナ・バウシュは私たちが想像する単なるダンサーに振りを仕込むだけの振付家ではない。個々のダンサーと対話を繰り返すワークショップを通しながら、共同で作品をつくっていく。彼女が発する挑発的な問いかけは、時にはメモ書きにされ、ダンサーも自らの考えをかえし、そして言葉から動へと変えて彼女に提案された。これらの動きが実際に作品になっていくものもあり、そしてならないものもあった。このダンサーとの対話の繰り返しの中で、作品要素が取捨選択され練り上げられていったのである。この中心に演出家でもあるピナ・バウシュがいた。その稽古場が体験できるような構成になっているのがこの展覧会の特徴である。


Photo: Ulli Weiss
Probe: Er nimmt sie an der Hand und führt sie in das Schloß, die anderen folgen
Bochum, 1978
リハーサル『彼は彼女の手を取って城に引き入れた。他の者は続いた。』
ボーフム、1978
© Pina Bausch Foundation


 展覧会はピナ・バウシュの息子サロモン・バウシュ等のキュレーションチームのもと、ピナ・バウシュ・アーカイブの協力により、作品とその制作過程を写真、ビデオ、スケッチ、インタビューなどで構成して見せている。そしてこの展示の目玉になるのが、「リヒトブルク」と呼ばれるヴッパタールにある旧映画館を再現したものである。この映画館はピナ・バウシュと舞踊団の稽古場であった。ほとんどの作品はここでダンサーたちと試行錯誤を重ねて出来上がったものだ。展覧会会期中にはこの再現された稽古場で、タンツテアターの制作現場を30分ほど体験できるワークショップに参加することができる。また上級者向けのワークショップ、トーク、講演会、映画そして公開リハーサルも行なわれている。ちょうど筆者がこの展示を訪れた日曜の午後、一般の来場者向けにタンツテアター制作のワークショップが行なわれていた。基本的な身体の動きをしたあと、30名ほどの参加者を二手に分け、ひとつのグループはイスに座り、もうひとつのグループは立ち、向かい合わせでの10メートルぐらい距離が離れたペアがつくられた。イスに座っているほうが立っている相手の人の肩を叩いたり、腰のあたりを突ついたりする動作をすると、立っているほうは座っている人の手の動きに合わせて体を反応させていく。なにせ二人は離れているので、それぞれの動作は大げさになったりする。そのアクションが端からはダンスを踊っているように見えるのだ。イスに座っている人が立っている人にどんどん近づいて行き、二人が実際に触り合えるような距離になるまでこの動き(ダンス)は続く。これらは即興演劇でも即興ダンスでもない。まさにタンツテアターだ。展示を鑑賞するというほかに、タンツテアターそのものを体験できるということがピナ・バウシュ展の魅力である。


Photo: Ulli Weiss
Probe in der Lichtburg
Mit Rolf Borzik und Marion Cito
Wuppertal, um 1978
リヒトブルクでのリハーサル
ロルフ・ボルツィックとマリオン・チトと
ヴッパタール、1978
© Pina Bausch Foundation


 稽古場「リヒトブルク」のほかに、よりピナ・バウシュのダンスや精神、思考、その試行錯誤を体験してもらうために、展覧会は2007年の京都賞映画・演劇、思想・芸術部門における受賞スピーチからの引用を紹介している。そしてこの6つの引用から章がたてられ、鑑賞者はそれらのどこから展示をみてもよい構成になっている。章はそれぞれ「ダンサーとしてのピナ・バウシュ」、「作品づくり」、「舞台」、「共同制作」、「アンサンブル」、「ピナ・バウシュとタンツテアターヴッパタールの作品」である。


展示風景
Photo: Jirka Jantsch, 2016
© Kunst- und Ausstellungshalle der Bundesrepublik Deutschland GmbH




展示風景
Photo: Jirka Jantsch, 2016
© Kunst- und Ausstellungshalle der Bundesrepublik Deutschland GmbH



展示風景
Photo: Jirka Jantsch, 2016
© Kunst- und Ausstellungshalle der Bundesrepublik Deutschland GmbH


 展示では再演されてきた作品の一部を60年代と90年代で比べる映像があった。ダンサーの入れ替えはあり、彼等の体格や背丈により微妙に動きや身につけるものは異なっているが、表現したいエッセンスは何十年たっても変わらないことがわかる。これはピナ・バウシュが振付けする以前に人々は個々には違うということをまず認めていたために、個性を許容する演出が指示されていたからであろう。だからこそ再現性が高い公演が可能であったのではないかと思う。
 2009年に惜しまれながら亡くなったピナ・バウシュではあるが、彼女の演目は今なお、本拠地であったヴッパタールで、そして海外での公演でも色あせることなく生き生きと表現されつづけている。それには彼女の存命中に作品に関っていたダンサーたちが未だタンツテアターの公演を続けているということが大きな要因としてある。そして前述したように、彼女の作品の再演性が高いことにも由来している。彼女はダンスのみではなく、演劇のみでもない、新しい表現、「タンツテアター」の中に「私は私、あなたはあなた、私たちはおどる」というような個性重視のダンス演出を取り入れていった。これは誰でもがその精神をとり入れ、舞台に立てるようにするものである。もちろん公演ではダンサーと呼ばれる人が舞台に立つが、これらのダンサーたちは市井の人々を常に表現している。等身大の目線、人間としての問い、生活のなかの喜怒哀楽の感情、移り変わる春夏秋冬。私たちもピナ・バウシュの舞台に立てるような気になってくる。だからこそ、ピナ・バウシュの人気は彼女亡き後も健在なのである。


 ピナ・バウシュヴッパタール舞踊団は展覧会期間中の12月半ばにベルリンで公演を行ない、来年3月16日から19日の4日間、代表作『カーネーション』が埼玉の彩の国さいたま芸術劇場にて公演を予定している。

ピナ・バウシュとタンツテアター展

会期:2016年9月16日(金)〜2017年1月9日(月)
会場:マルティン・グロピウス・バウ(ベルリン)
Niederkirchnerstraße 7, 10963 Berlin

ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団『カーネーション──NELKEN』

会期:2017年3月16日(木)〜19日(日)
会場:彩の国さいたま芸術劇場
埼玉県さいたま市中央区上峰3-15-1


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