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【ニューヨーク】VIGIL──ジェニー・ホルツァーが放つ銃暴力へのメッセージ

梁瀬薫(アート・プロデューサー、アート・ジャーナリスト)

2019年11月01日号

秋も深まった10月10日の夜、5番街から望む歴史的な建物ロックフェラーセンターのメインビルとその脇の2棟の向かい合わせに大きな文字のスクロールが光のように浮かび上がった。これはニューヨークの公共芸術団体クリエイティヴタイム主催のプロジェクト「VIGIL(ヴィジル)」で、ジェニー・ホルツァーのアメリカの銃暴力に対するワードアートによる作品だ。


VIGIL, 2019
© 2019 Jenny Holzer, member Artists Rights Society (ARS), NY. Presented by Creative Time.
Photo by Lauren Camarata.


タイトルであるVIGILは、夜通しの番、覚醒、祈り、警守など微妙な意味を含む。乱射事件に巻きこまれた高校生や家族、銃暴力の被害者からの手記や詩を集め、建物に投影する。拡大された文字は離れたところからも見えるが、ビルの表面の凹凸と窓に文字がかかり、読めない部分もかなりある。しかし、文章の中の「殺」「流血」「銃」「発泡」「痛み」「死」といった文字などが否応なく目に入り、言葉を繋いでおおよそのストーリーが浮上するのだ。



VIGIL, 2019
© 2019 Jenny Holzer, member Artists Rights Society (ARS), NY. Presented by Creative Time.
Photo by Lauren Camarata.




集中攻撃をくらった
AK-47で撃たれた
わたしは「間の悪い時に間の悪い場所にいた」と言われた



Jenny Holzer VIGIL, 2019 [撮影:著者]



心の深底を打つ痛み
私の大事な子
私の14歳になる息子が同じ10代の子に撃たれて殺された



統計チャート
でも、私たちは単に数ではない
私たちは文言ではない
私たちは統計ではない
私たちは人間だ
私はみんなが統計のひとつにならないことを祈る



Jenny Holzer VIGIL, 2019 [撮影:著者]



このような手記や詩が3日間、毎晩8時からおよそ1時間半流された。 ジェニー・ホルツァー(1950年オハイオ州出身)のパブリックアートはニューヨークでは1977年から79年にかけてマンハッタン中のビルやフェンスに貼った印刷物《Truisms》、1986年タイムズスクエアでの電光掲示板の作品「Survival Series」、2005年には《FOR the CITY》でニューヨーク公共図書館やロックフェラーセンター、空にテキストを投影。言葉によってイメージを呼び覚ますような独特の表現方法を模索し続けている。2016年12月1日、国際エイズデーに公式オープンしたニューヨーク市初のエイズメモリアル公園にはアメリカ自由詩の父とも呼ばれるウォルト・ウィットマンの1855年の詩を敷石に刻んだ作品が恒久設置された。言葉と美意識に政治や社会への批評を織りまぜ影響をおよぼすような方法で、公共のなかに介入していく。無人格なメディアをアートにして、公共の場に魂を晒すような行為だ。



Jenny Holzer VIGIL, 2019 [撮影:著者]

加速する銃暴力
──アーティストによる銃規制をよびかけるプロジェクト


アメリカの銃暴力による被害の拡大は留まるところを知らない。今年の10月までですでに年間3万人の犠牲者を出している。(1)犠牲者は家庭内暴力を受ける女性やマイノリティだけではない。相次ぐ各地での乱射事件は20年前のコロンバイン高校事件、2012年のコネチカットのサンデーフック小学校、2018年サンタフェ、フロリダのマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校、そしてつい最近のテキサスでの映画館駐車場、ショピングセンターやラスベガスのホテル事件などなど、その異常惨事は数え切れない。統計によれば全米では毎日ほぼ4人が銃で死亡していることになる。そしてこれほどの事態でも銃規制は一向に進まないばかりか、惨事が起こる度に銃の購入数は上がっているのが現状だ★1

本プロジェクトを主催したクリエイティヴタイムは1974年にニューヨークで設立された公共芸術団体で「芸術の重要性、社会を形成するアーティストの声、公共のスペースは創造的で自由な表現の場であること」を核にして、アーティストと協力し、社会と対話、議論し、時代の夢に貢献することを目的としている。

活動には1990年から続く国際エイズデーの「Day Without Art(1996年以降は「Day With(out) Art」として展開)」、1992年の牛乳パッケージを使った家庭内暴力のメッセージ(ペギー・ディグズ《The Domestic Violence Milk Carton Project》、2002年のタイムズスクエアの広告板を使ったプロジェクション(《The 59th Minute》)などがある。2001年アメリカ同時多発テロ事件で崩壊した世界貿易ビルの跡地から光のビームを放った「光に捧げる」(2002年に開催の《Tribute in Light》)は市民の心の奥に訴えるプロジェクトだった。

今回のプロジェクトに関し、同団体の代表ジャスティン・ルドウィグは「ニュースなどで、誰もがこの(銃暴力の)異常を耳にしています。そして生活を脅かしている事実を認識しています。でも驚くことに、みんな感覚が麻痺しているのです。間違っているのに、それがまるで当たり前になっている。だからこそこの企画が、犠牲者の声を最大限増幅させ、私たち一人ひとりが個人的に身に迫る問題として捉え、銃暴力により理不尽に人生が犠牲にされている人々のことを想い、少しでも現実社会と向き合うきっかけとなればいい」とオブザーバー紙のインタビューに答えている。

実際アーティストによる銃暴力や戦争など社会問題への抗議は、ピカソのスペイン内戦による被害を主題とした《ゲルニカ》(1937)をはじめ、数多くのアーティストや団体が実践している。ウォーホルの《無題(バン)》(1960)、キース・ヘリングがストリートで配ったポスター《心ではなく武器を壊そう》(1988)、80年代に地域教育、文化活動を基本に活動するアート団体「グループ・マテリアル」に参加していたフェリックス・ゴンザレス=トレスのニューヨーク近代美術館で展示された《拳銃による死》(1990、観客は犠牲者の顔が刷られたポスターを持って帰ることができる)などは銃暴力を主題にした印象深い作品だろう。★2



左:Jenny Holzer’s contribution to the New York City AIDS Memorial features the text of a Walt Whitman poem. 2016
2016年にニューヨークに建設されたエイズメモリアル公園のため、ジェニー・ホルツァーがアート作品で貢献した。19世紀アメリカを代表する詩人ウォルト・ウッィトマンの詩(代表作『草の葉』のなかの「Song of Myself」)を敷石に刻んだ
右:Carl Fredrik Reutersward The Knotted Gun (Non-Violence) 1980 bronze
カール・フレデリック=ルータスワード 《結ばれた銃》
1988年ルクセンブルグよりニューヨーク国連本部に寄贈。スイス人アーティスト、フレデリック=ルータスワードはジョン・レノンが銃殺されたことがきっかけとなりブロンズ作品を制作。もともとセントラルパークのストロベリー・フィールズに設置されていた。「非暴力」のタイトルでも知られ、国連の平和と希望の象徴となっている。現在世界30カ国に設置されている


左:Mel Chin Cross for the Unforgiven: 10th Anniversary Multiple 2012
メル・チン《許されない十字架:マルチプル10周年記念》
社会派のアーティストとして知られるメル・チンが2002年に全米の50以上の学校で起きた銃乱射事件にフォーカス。アメリカで最もポピュラーな銃AK47(ロシアで製造される軍用小銃)8本を使って作成された彫刻
右:Andy Warhol,"Untitled (Bang)"about 1960, Blotted ink drawing with ink on paper mounted on board, 91/4 x 14 1/4 in.
© 2014 The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / Artists Rights Society (ARS), New York


左: Hank Willis Thomas Priceless #1 2004
従兄弟をフィラデルフィアの駐車場乱射事件で亡くしたウィリアム=トーマスは大手クレジットカード会社の著名な広告スローガンを用いた銃暴力への作品を制作
「三揃いスーツ$250/新しい靴下$2/9mmピストル$79/愛する息子の棺桶 値段無し」
右:Felix Gonzalez-Torres Untitled" (Death by Gun) 1990
フェリックス・ゴンザレス=トレス《無題(拳銃による死)》
床にゴンザレス=トレスの印刷された紙の作品が置かれ、鑑賞者は作品を持ち帰る。無くなれば印刷され続け、メッセージは永遠となる

午後8時をまわり、すっかり暗くなったロックフェラーの広場には世界中からの観光客と仕事帰りのニューヨーカーたちが行き交う。ビルに映し出される言葉は完全には読み取れないし、冷たい風のなか10分以上立ち止まる人もいない。しかし、誰もが大きく光る文字に目を奪われ、少なくとも一瞬は足を止め、写メを忘れない。綴られる言葉はもはや神聖な光となってロックフェラーセンター一体を包み込んでいる。5番街を背にすると荘厳な聖パトリック寺院があり、その数ブロック先には、武装し散弾銃を持った警官がテロリストだけでなく、建物の前でデモをする市民を警戒しているトランプタワーが聳え立っている。そこにもこの光が届くことを願う。


それが実現しないことだとしても本当に断念するの?
望みを捨て
麻痺して
あなたの願望因子を殺してしまうの?
──ジェニー・ホルツァー「Living Series」(1981)より

★1──Gun Violence Archive https://www.gunviolencearchive.org手記:Bullets into Bells: Poets & Citizens Respond to Gun Violence, Moments that Survive
★2──ニューヨークの主なパブリックアート団体:Public Artfund  https://www.publicartfund.org1977年、ニューヨーク市カルチュラル・アフェアーズ初のディレクターが設立された。82年から90年まで続けられたタイムズスクエアの電燈掲示板を使った「大衆へのメッセージ」が代表的。ゲリラ・ガールズ、キース・ヘリング、ジェニー・ホルツァー、キキ・スミスなど70人以上の現代アーティストが参加。 City Artshttps://www.cityarts.org学校教育と子供達に焦点を当てているGroundswellhttps://www.groundswell.nycは社会を変えるためのアートをスローガンに活動。

VIGIL

会期:2019年10月10日(木)〜10月12日(土)
会場:ロックフェラーセンター
45 Rockefeller Plaza, New York, NY

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