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【ミュンヘン】印象派の歴史が語らずにきたもの──「カナダと印象派:新たな地平」展

かないみき(アート・ジャーナリスト)

2019年12月15日号

カナダの「印象派」をご存知だろうか?
1860年代後半から、カナダの意欲あふれる芸術家たちは海を渡り、パリのアカデミーで学んだ。ヨーロッパを旅しながら、当時スキャンダルを巻き起こして「印象派」と呼ばれた画家たちと交流し、制作を共にしながら、その技法や思考を自身の作品に取り込んでいく。彼らのなかにはパリにとどまる者もいたが、カナダへ帰国した者たちは北方の特異な光や風景に再び感化され、その後の絵画制作にさらなる独自のアプローチを築くこととなる。

カナダの印象派にまつわる欧州初の展覧会

こうしたカナダの芸術家たちの活動は、これまで語られてきた「印象派」の歴史から欠落してきたパートだ。36人のカナダの芸術家が1880〜1930年までに描いたおよそ120点の絵画による「カナダと印象派:新たな地平」展 が、今夏、ドイツ・ミュンヘンのクンストハレで開催された。本展は、2020年1月からスイス・ローザンヌのエルミタージュ財団美術館、6月からフランス・モンペリエのファーブル美術館、そして秋から冬にかけ、カナダの首都オタワにあるカナダ・ナショナル・ギャラリーへと巡回する。

彼らの仕事が印象派の文脈で紹介され、ヨーロッパでこのような大規模な巡回展が開催されることは、初めてとなる。カナダ・ナショナル・ギャラリーのカナダ美術のシニア・キュレーターであり、「カナダと印象派:新たな地平」展を企画したカテリーナ・アタナッソヴァ氏に話を伺いながら、本展の意義と国際的な美術史の現在に迫りたい。

ローラ・ムンツ《ピンクのドレス》1897 カンヴァスに油彩、34×45cm
Private Collection, Toronto[Photo: Thomas Moore]

「2009年以来、私はこの展覧会を夢見てきました。その夢を実現するために相応しいタイミング、インスティテューション、そして巡回会場を見つけるために、10年の年月がかかりました。私がカナダのオンタリオ州クレインバーグにある別のギャラリー、マクマイケル・カナディアン・アート・コレクションのチーフ・キュレーターを務めていたときに、初めてカナダ全土を巡回するカナダの印象派の展覧会を企画しました。2015年にオタワのナショナル・ギャラリーに異動してすぐ、私はこの夢を呼び戻し、国際的な巡回展の開催を提案したのです。このアイデアは、私が抱いていたカナダの歴史的な芸術の未来についての大きなビジョンの一部、つまりグローバルな舞台でカナダの芸術を紹介することでした。私が共同キュレーションを行ない、2012年にダリッジ・ピクチャー・ギャラリー(ロンドン)でスタートし、ストックホルムとクローニンゲンを巡回した『グループ・オブ・セブン』(20世紀初頭に活動したカナダの風景画家7人のグループ)の画家たちの展覧会ののちに、このアイデアは生まれました。この展覧会が実を結んでカナダへ戻り、2013年に私がそれらの作品を再びマクマイケル・ギャラリーに配置したとき、作品のリストを拡張し、テーマ別に展示を再編成することを決めました。もっとも興味深いポイントのひとつが、ジェームス・ウィルソン・モリス、モーリス・カレン、そしてマルク・オーレル・ド・フォワ・スゾール=コテのような画家たちが、『グループ・オブ・セブン』の将来のメンバー、特にローレン・ハリス、A.Y. ジャクソン、J.E.H. マクドナルドへ与えた影響だったのです。この経験が、『カナダと印象派:新たな地平』展の企画に役立ちました。私は現在、来秋のオタワでの展覧会に向けて、カナダの観客のために、ドローイングや彫刻、写真作品を追加しようと取り組んでいます」。

2019年7月17日にクンストハレ・ミュンヘンで開催された「カナダと印象派:新たな地平」展のVIPプレビューで。左からロジャー・ディーデレン(クンストハレ・ミュンヘンのディレクター)、ネリア・サントリウス(クンストハレ・ミュンヘンのキュレーター)、カテリーナ・アタナッソヴァ(カナダ・ナショナル・ギャラリーのシニア・キュレーター)、サシャ・スダ(カナダ・ナショナル・ギャラリーのディレクター兼CEO)[© Kunsthalle München]

雪深い冬景色のなかの印象派

アタナッソヴァ氏が、「テーマ別に展示を再編成することを決めました」と言うように、シンプルな時代別や作家別ではなく、「若者とサンライト」「余暇の女性たち」「都市生活」「印象派からモダニズムへ」など、本展は七つの章で構成されている。芸術家たちの異なる対象への尽きることない好奇心、新しいテーマへのチャレンジなど、彼らの制作意欲を読み解きながら、章をまたいで登場する個々の作家への理解を深め、また展示を通して当時のカナダという国を知っていく面白さがある。

「部分的にはテーマ別に、そしてもう一方では年代順のアプローチによって作業を進めていくというアイデアにより、多くの男性と女性のアーティストを紹介し、およそ36人の芸術家から適切な作品を選ぶ自由を得ることができました。巡回するすべての作品は、バランスを取るために慎重に考慮して選びました。すべてのテーマのセクションにおいて、男性アーティストと並んで女性アーティストを強く押し出しています」。

女性アーティストのなかには、幼児期に猩紅熱によって聴覚を失うも、鋭い観察力によって絵画に目覚めてロンドンへ渡り、印象派の画家フィリップ・ウィルソン・スティーアに師事したヘレン・マクニコル(1879-1915)や、パリやロンドンで芸術を学び、後に「グループ・オブ・セブン」と交流を持つようになるエミリー・カー(1871-1945)、イギリスからの移民であり、ロンドンやパリに留学し、1895年に女性としては8人目となるカナダ王立美術院の会員に選ばれ、1899年には女性初のオンタリオ芸術協会の理事となったローラ・ムンツ(1860-1930)などがいる。男性中心の社会/芸術界において、時代を切り拓いていった女性の芸術家たちの眼差し、絵画へのアプローチも見どころだ。

ヘレン・マクニコル《よく晴れた9月》1913 カンヴァスに油彩、92×107.5cm
Collection of Pierre Lassonde[Photo: MNBAQ, Idra Labrie]

作品群は公・私のコレクションからもバランスよく選ばれており、変化する主題、そして印象派のトレンドがどのように浸透していったのかが見て取れる。海外または自国で描かれた作品の多くが初めての公開となり、巡回展最後の地となるカナダでも、新たな驚きをもって迎えられるような展覧会となる予定だ。

自然の風景に光の動きを捉え、近代化する都市風景、それに連れ立って変容する人々の生活を色彩豊かに描き出した作家たちの作品には、技法の妙だけではなく、自然と人への愛情の深ささえ感じられる。また、ヨーロッパの印象派たちの作品にはあまり見られない、雪深い冬景色の数々も印象的だ。カナダの凍てつく冬の光、大気、そして雪の印象をすばやくその場で描いていたのだろうか。

物は溢れ、殺伐としたネット社会がそこはかとなく広がり、言うまでもなく生活は便利に多様化したものの、息苦しささえ感じることのある現代において、本展からはノスタルジーのようなものも漂う。



ローレン S. ハリス《雪 II》1915 カンヴァスに油彩、120.3×127.3cm、1916年に購入
National Gallery of Canada, Ottawa[© Family of Lawren S. Harris/Photo: MBAC]

モーリス・カレン《氷の収穫》1913頃 カンヴァスに油彩、76.3×102.4cm、1913年に購入
National Gallery of Canada, Ottawa[Photo: MBAC]

さらには誰もが知る「印象派」の数々の名作にも引けを取ることのないカナダの作家たちの作品を前に、本展が西洋中心主義の美術史への非常に重要なアプローチであることも考えさせられる。

「北米の多くの美術史家はいま、西洋中心主義である美術史への古いアプローチを追求しており、私たちはこの会話の中心に乗り出していこうと望んでいます。私にとって本展は、20世紀の変わり目のカナダの芸術と、世界の印象派の広がりとの関係について説明しながら、カナダとフランス、またはこの時代の注目される国際的なアーティストたちの間に、長らく見落とされていた興味深い異文化交流があったことを伝えたいのです。1860年代のフランスにおける最初の印象派の運動からおよそ20年後まで、印象派の絵画の兆候はカナダの芸術には現われることはありませんでした。しかし印象派の根底にある、現代の生活を捉えた絵画への新しいアプローチといったコンセプトは、その後数十年間、カナダのアーティストたちに永続的かつ変革的な影響を与えることとなりました」。

世界各地に息づく印象派の系譜

クンストハレ・ミュンヘンで開催された「カナダと印象派:新たな地平」展のオープニングに集まる観客(2019年7月18日)[© Kunsthalle München

今年11月18日に本展が閉幕したクンストハレ・ミュンヘンでは、108,477人の来場者が記録され、現在までに5,200冊以上のカタログも販売されている。カナダでは想像もつかなかった数であり、カナダの歴史的な芸術に対する関心の高まりに、アタナッソヴァ氏はすでに使命達成を感じているという。

「私は、印象派が世界中に広がっているという普遍的な言説を差し出しました。カナダの人々が私と同じように自国の芸術家たちを誇りに思い、彼らの仕事を観ることによって、また印象派の展覧会を訪れるたびに、このことをよく思い返してほしいと思います。この時期のカナダは、その積極的な役割や、その時代の新たなコスモポリタニズムへの関心を示しただけでなく、故郷へと帰ったカナダの芸術家たちの作品にある自信に溢れたナショナリズムをも明らかに示しています。本展は、彼らの芸術と業績に敬意を表しているのです」。

クンストハレ・ミュンヘンで開催された「カナダと印象派:新たな地平」展のオープニングの様子(2019年7月18日)[© Kunsthalle München]


Canada and Impressionism: New Horizons
「カナダと印象派:新たな地平」展

会期:2019年7月19日〜11月17日
会場:クンストハレ(ドイツ・ミュンヘン)

会期:2020年1月24日〜5月24日
会場:エルミタージュ財団美術館(スイス・ローザンヌ)

会期:2020年6月13日〜9月27日
会場:ファーブル美術館(フランス・モンペリエ)

会期:2020年秋〜冬
会場:カナダ・ナショナル・ギャラリー(カナダ・オタワ)


ウェブサイト:https://www.gallery.ca/whats-on/exhibitions-and-galleries/canada-and-impressionism-new-horizons