2020年09月15日号
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フォーカス

【上海】日常から非日常へ、そして新たな日常へ──アートシーンにおけるデジタル化の加速

小野田光(美術ライター)

2020年06月01日号

中国では旧暦で正月を祝い、通常は7日間の休みとなるが、今年は予想だにしなかった新型コロナウイルスの発生によって国務院からは旧正月休暇延長の通達が出され、仕事はリモートワーク、学校の授業はオンライン、通りからは人影が消えるという異常事態。今現在、すでに大部分の地域ではほぼ通常の生活に戻っているが、1月23日の武漢市の都市封鎖から感染防止対策が奏功して徐々に行動の制限が解かれていった3月半ば頃までのあいだ、中国の美術機関、アーティストたちはどう過ごしていたのか。本稿ではそのほんの一部だが、上海の二つの展覧会と、それを主催する美術館・ギャラリーのコロナ禍での取り組みをご紹介したい。

非日常のなかで進んだアート界のO to O

まずは、上海の老舗的ギャラリー、香格納画廊(ShanghART Gallery)★1の「緩存:従字母B到字母Z(Cache: From B to Z)」。香格納画廊は、コロナウイルスの新たな感染者数が抑えられ習近平国家主席が武漢入りした3月10日から1週間後の17日にはギャラリーの対外開放を再開した。そして本展は、4月12日という国内でも比較的早い段階で開催された新規の企画展だ。IT用語で、アクセスしたウェブページの画像などを一時保存する仕組み(または保存する場所やデータ)を指すキャッシュ(Cache)をタイトルとし、所属作家38名(組)の60作品をアルファベット順に並べて展示する、という体裁を採る。



[Courtesy of ShanghART Gallery. Photo by Alex Wang]

1988年から「十示」シリーズを描き続けている丁乙(Ding Yi)を始め、今年完成した作品を展示していた作家には胡介鳴(Hu Jieming)、梁玥(Liang Yue)、張恩利(Zhang Enli)などがいたが、コロナ禍を直接作品に落とし込んだものとしては、林奥劼(Lin Aojie)の《一起迎接虧損,甜蜜忠告(Who gives Satan freedom? But God sees everything, and we have taken action.)》のみだった。林奥劼はもともと自らの経験や現代社会の流行を映像やマウスペイント、パフォーマンスなどで表現する作家で、この作品ではマスク、手袋、コウモリ、防護服姿の医療従事者、米国などコロナに関するさまざまなモチーフがマウスペイントで表現されている。



林奥劼《一起迎接虧損,甜蜜忠告 (Who gives Satan freedom? But God sees everything, and we have taken action.)》 2020, Mouse painting on computer, Unique, Archival inkjet print, 150(H) x 238(W) cm



丁乙《十示2020-4(Appearance of Crosses 2020-4)》2020, Mixed media on basswood, 120(H) × 240(W)cm



徐震®(Xu Zhen®)《守護神(The Guardian)》 2013, Mixed media on canvas Cloth, mixed mediam, 190(H) × 250(W)cm


香格納画廊は「緩存」展に先立ち、オンライン上でいくつかの試みを始めている。そのひとつが「芸術家雲駐留(アーティスト・イン・クラウド・レジデンス)」★2シリーズと題した、所属作家に最近の生活を記録してもらいオンライン上で公開するというもの。2月14日から3月16日までに12回公開されており、それぞれの回に登場する作家は直近の作品を始め、随筆や写真、ビデオなどコロナ禍中に身を置く自らの思いや、普段はあまり公開することのないであろう彼らの生活(アトリエの様子など)の一端を披露している。



「芸術家雲駐留」のサイトより
計文于(Ji Wenyu)はコロナ関連の新作を複数紹介している。この作品では、マスクをつけるようになって歯磨きも吹き出物も口臭さえも気にしなくていい、ソーシャルディスタンスにより友人関係も冷め、男女間も愛のために生きるや死ぬやなどといったことがなくなる、とコロナの災禍をユーモアのある作品で記録している。



「芸術家雲駐留」のサイトより
林奥劼はマスク購入の経験談や自撮り画像を披露し、「疫病には限りがあるが、芸術は無限」とのコメントを残している。

香格納画廊へコロナ禍によってアート界に変化が起こったかどうかについて問うと、「展覧会の遅れや中止のほか、アートフェアもオフラインからオンラインへの変更や開催の延期が多々起きている。『オンライン展覧会』は最近のホットな話題であり、コロナ禍はオンラインへの取り組みを加速させ、それは今後のトレンドでもある」と回答を寄せてくれた。また、「緩存」展ではVRでのオンライン観覧にも取り組んだが、まだオフラインでの体感を再現できるまでには至っていないとの課題認識もあるようだ。

wwwと中国メディアアートの30年


もうひとつの展覧会は、昨年12月12日から約3カ月の予定で始まったものの、コロナウイルスの影響により今年1月24日から休館が続き、5月1日よりやっと再開された昊美術館(HOW Art Museum)の「“美麗新世界”-張培力、汪建偉、馮夢波(“MOVE ON CHINA 2019” - Zhang Peili, Wang Jianwei, Feng Mengbo)」である。

本展は、www(ワールド・ワイド・ウェブ)の誕生から30年となる2019年、wwwを切り口として中国のメディア・アートの30年を振り返るという大規模な3年計画、「www和中国新媒体芸術三十年(30 Years of www & New Media Art in China)」の幕開けという位置づけだ。このプロジェクトは、2019年から2021まで年に一度の展覧会およびフォーラムを開催し、2022年にそれら展覧会・フォーラムをまとめた中・英二カ国語の書籍を出版して締めくくるというもの。

第1回目の本展で取り上げたのは、20年ほど前から中国美術学院でメディア・アート教育を実践してきた張培力、哲学や思想、理論をベースに複雑なコンセプトをビデオ映像、演劇、マルチメディアなどで表現する汪建偉、90年代初頭からコンピュータゲームを活用した作品で名を馳せてきた馮夢波という、中国メディアアート界の重鎮とも言える三作家だ。展示作品は、1992年のビデオ映像と資料による作品から本展のために制作された2019年の新作まで、三者三様の表現が際立つ17点。



馮夢波《阿Q(Ah-Q)》 2002, Interactive installation
[Courtesy of the artist]

本展の中国語タイトルである「美麗新世界」は、ディストピア小説のひとつである、オルダス・ハクスリーのBrave New World(『すばらしい新世界』、1932)の中国語タイトルだが、張培力の展示作品は監視カメラや防犯カメラを媒体として多用しており、これは『すばらしい新世界』と並ぶディストピア小説『一九八四年』(ジョージ・オーウェル著、1949)を連想させる。

本展で鑑賞者が最初に目にする作品《旗杆的陳列(Array of Flagpoles)》は、張培力が本展のために制作したもの。56本の旗のないポールが複数積み重なった壊れたテレビを拘束するように取り囲み、バックには中国中央テレビの夜7時のニュースで最後に放送される天気予報のテーマ曲が流れる。張培力はフォーラム★3でこの作品について、積み重なった古いテレビはひとつの時代の終了を表し、ポールに旗を揚げていないことで旗が象徴する政治性を取り払っている、と説明していた。また、グローバル化を語るとき、そこから生まれる利益は政治と関係しており、それらは互いに絡み合った関係にある、とも述べている。



張培力《旗杆的陳列(Array of Flagpoles)》 2019, Installation
[Courtesy of the artist ©Zhang Peili]



張培力《旗杆的陳列(Array of Flagpoles)》部分


汪建偉は作品制作について、「私の仕事はとても簡単で、対象と交流すること。ただ、その対象はきわめて不安定。芸術を対象とすると、それはわれわれの想像を遥かに超え、知識と理論の更新もつねにわれわれの想像外だ」と述べている。本展最後の作品、《一個(Single)》の対象はまさに不安定だったと言う。90年代の北京のある工事現場を高所から撮影したビデオ作品で、工事現場に入り込んだ学校帰りの小学生と思しき男の子の行動をワンカットで撮影したものがそれだ。偶然画面に入り込んだ少年をレンズは捉え続けるのだが、少年が何をしたいのか、なぜその少年を追いかけているのかもわからないまま撮影し続け、結局、何事も起きずに少年は工事現場をあとにする。当時の汪建偉はこの結果にひどく失望したものの、後々も忘れられない行動となったと回顧している。

本展はオンラインツアー★4やフォーラムのオンラインでの公開★3も行なっている。



汪建偉《一個(Single)》 1997-2002, Video. [Courtesy of the artist and Long March Space]


昨今、マーケティング用語でよく耳にするO to O(オンライン・ツー・オフライン)だが、今回のコロナ禍によりオンラインの導入がさらに広範囲に広がり、アート界でもその傾向が加速した。先日の報道で、今年3月時点で中国のネット人口が9億人を超えたと伝えられたように、30年前のwwwの発明は瞬く間に人々に浸透し、その生活を便利なものに変えていった。しかし、張培力がフォーラムで語っていたように、プライバシーと利便性を天秤にかけたとき、少々の利便性などに大した意義はなく、何かを追求すれば何かを諦めなければならないのだ。コロナで外出制限が実施されていたときに思いがけず家族や自分の人生と向き合う時間ができ、きっと多くの人が彼と同じようなことを考え、感じたことだろう。まだ完全に収束していないこの非日常時に接したふたつの展覧会から、大事な示唆を与えられた気がする。

★1──1996年に上海に設立。現在は、上海に2カ所(M50と上海西岸空間[West Bund space])、北京、シンガポールにそれぞれ1カ所の計4拠点を持つ。
★2──香格納画廊「芸術家雲駐留」https://mp.weixin.qq.com/mp/homepage?__biz=MjM5MzM3MDYyMQ==&hid=12&sn=6e437bd24a1db17817a4c35f19e525b4&scene=1&devicetype=android-28&version=27000e37&lang=zh_CN&nettype=WIFI&ascene=7&session_us=gh_ee7f90abb811&wx_header=1
★3──“美麗新世界”開幕フォーラム(2019年12月12日)https://artexpress.artron.net/liveShare/2949
★4──「HOW Online Tour 美麗新世界Vol.1」https://mp.weixin.qq.com/s/I_sEmbISxw5CDatsSWVK6Q


緩存:従字母B到字母Z(Cache: From B to Z)

会期:2020年4月12日(日)~6月30日(火)
会場:香格納画廊(ShanghART Gallery)(上海市徐匯区龍騰大道2555号10号楼)

“美麗新世界”-張培力、汪建偉、馮夢波(“MOVE ON CHINA 2019” - Zhang Peili, Wang Jianwei, Feng Mengbo)

会期:2019年12月12日(木)~2020年6月28日(日)
会場:昊美術館(HOW Art Museum)(上海市浦東新区祖冲之路2277弄1号)

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