2021年03月01日号
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フォーカス

石岡瑛子は何者であったのか──
表現を磨くこと、自由と自立を獲得することの先に

鈴木萌夏(女子美術大学大学院 博士前期課程 美術研究科)

2021年01月15日号

東京都現代美術館で「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」が現在開催中だ(2月14日まで)。アートディレクター/デザイナーとしての石岡瑛子の1970年代から2000年代までの膨大な仕事のみならず、それらの土台となったラフスケッチや色校正紙といった石岡の熱量が肌で感じられる資料群も印象的な本展。大学院修士課程で日本の90年代の美術のもつバックグラウンドについて調査・研究をし、ZINE『レントゲン藝術研究所の研究』の発行などを通してこの国の近過去-現在の接続関係を紐解く鈴木萌夏氏に、この展覧会についてご寄稿いただいた。(artscape編集部)

偏在する石岡の仕事


石岡瑛子 1983 Photo by Robert Mapplethorpe
©Robert Mapplethorpe Foundation. Used by permission.


筆者は現在、女子美術大学大学院の修士課程に在籍中だ。学部時代はアートプロデュース表現領域専攻で、キュレーションなどを学び、2017年より1990年代の東京を中心とした現代美術について調査をしている。そんな筆者が、東京都現代美術館で開催されている「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」展について論じる。

本展は3部構造になっており、石岡瑛子の仕事の軌跡を辿ることができる。展示の構成については後ほど触れるとして、まずはコロナ禍で芸術は不要不急だとかそうでないとか言われるなか、このように大規模な展覧会を開催した企画担当者の並々ならぬ情熱に敬意を払いたい。ひとりのデザイナーの仕事を、これほど網羅的にまとめ、熱意を持って紹介した展覧会はなかなかないのではないか、そう思える程の濃密な空間であった。

SNSなどで本展についての感想を投稿している人のなかには、彼女の仕事をリアルタイムで知っている人も多く、いかにセンセーショナルな人物だったかということについて語っている。パルコや資生堂時代の石岡の仕事をよく知る人たちは、彼女をこぞって「伝説の人」と言う。そんな石岡瑛子とはいったい何者であったのか。掴みどころのない感覚で本展を見ていくうちに、筆者は高校生のときに映画『白雪姫と鏡の女王』を観ていたことを思い出した。当時憧れたオレンジのリボンが付いた綺麗な青いドレスを目の前にして初めて、この映画の衣装デザインを石岡が手掛けていたのかと認識したのである。展示をすべて見終わり振り返ると、石岡の仕事をまるっきり知らないわけではないことに気づく。『白雪姫と鏡の女王』も、一昨年公開40周年を迎えた映画『地獄の黙示録』のポスターも、シルク・ドゥ・ソレイユの衣装も、見たことはあった。しかし、その仕事が石岡瑛子のものだとは知らずにいたのである。

石岡瑛子 映画『白雪姫と鏡の女王』(ターセム・シン監督、2012)衣装デザイン
©2012-2020 UV RML NL Assets LLC. All Rights Reserved.

石岡瑛子 映画『白雪姫と鏡の女王』(ターセム・シン監督、2012)衣装デザイン
©2012-2020 UV RML NL Assets LLC. All Rights Reserved.

石岡瑛子 コンテンポラリー・サーカス『ヴァレカイ』(シルク・ドゥ・ソレイユ、2002)衣装デザイン
Director: Dominic Champagne / Director of creation: Andrew Watson / Set designer: Stéphane Roy / Courtesy of Cirque du Soleil


熱を伝える展示空間とアーカイブ資料

ここでひとつ疑問が芽生えた。伝説とされる人物であったのにもかかわらず、これまで大規模な回顧展が開催されていなかったのはなぜか。そしてなぜいま、本展が開催されたのかということである。伝説の人と呼ばれる石岡がこれまで語られてこなかったのは、その仕事の幅広さが原因のひとつではないかと推測する。資生堂やパルコ、角川書店の文庫本などの広告のグラフィックデザインだけでなく、1992年公開の映画『ドラキュラ』の衣装ではアカデミー賞を受賞し、ファッションにとどまらず舞台美術まで手がけるほどデザイナーとしての仕事は多岐に渡っており、ほとんどがクライアントワークである。ポスターやチラシ、書籍などの現物が残っていることは珍しいことではないが、構想段階のドローイングや色構成の指示書、メールなど、プロジェクトの過程がわかる資料が綺麗な状態で保存されていることは稀と言っていい。


石岡瑛子 映画『ドラキュラ』(フランシス・F・コッポラ監督、1992)衣装デザイン
©David Seidner / International Center of Photography

「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」展示風景、東京都現代美術館、2020[Photo: Kenji Morita]

また本展で展示されている作品や資料は国内外さまざまな場所から借用されている。広くデザインとは言うもののグラフィックと空間、衣装などの異なるジャンルが同じ場所に保管されているとも限らない。しかし幸運にも、晩年の石岡の手元にあった手掛けたプロジェクトに関わるものから走り書きのメモ、電話の録音音声に至るまでの膨大な資料がカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に保管され、さらに専任アーキビストによって整理作業が行なわれていたのだという。

つまり展覧会開催までの背景には、以下のようなプロセスが必須である。まず、資料がまとまった状態で適切に保存されていることだ。散逸していてはそれをかき集めることから始めなくてはならないし、そもそも保存されていなくては研究することが困難になってしまう。次にアーキビストによって整理さることだ。資料研究で多くの時間を費やさなくてはいけないのは資料の分類作業なのだ。これをしなくては、その資料を分析し検証することすら始まらないのである。そしてここまで来てやっと研究者による分析が可能となる。資料を分析することで石岡がどのような工程でプロジェクトを遂行していったのかを推測し、検証することができる。そして最後に学芸員によって企画構成されること。以上のようなプロセスを経て本展もやっと開催に至っている。

また中原崇志による空間デザインについても触れておきたい。全面赤で統一された部屋、黄金の部屋、七つのプロジェクターによって全体に映像が投影された部屋、舞台用の階段が贅沢に設置された部屋などとともに、自身について語るインタビュー音声が会場に響き、石岡の世界に否応なしに引き込まれる演出が施された空間は本展最大の特徴である。端的に言えば、石岡の仕事を作品とアーカイブ資料によって検証する展覧会であるわけだが、整然と陳列展示しただけではあのような熱をもった展覧会にはならなかったはずだ。資料展示には見る側のリテラシーが問われることが常だが、本展は筆者のように石岡に初めて触れる人でも理解と感動を体験することができた。それは空間演出による効果の功績であろう。

「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」展示風景、東京都現代美術館、2020[Photo: Kenji Morita]

「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」展示風景、東京都現代美術館、2020[Photo: Kenji Morita]


デザイナーであり続けること

石岡は『私デザイン』という著書を出すほど、芸術家でなくデザイナーという職にこだわっていた。デザイナーであることはつまりクライアントがいるということを意味する。確かに、本展で紹介された石岡の仕事には共通する世界があるように感じるし、それが石岡らしさにつながるのかもしれない。アーティストは発案から完成までの工程をひとりでこなすことが一般的だが、デザイナーはそうはいかない。クライアント(発注者)を説得したり、意図を汲んだりする必要に迫られる場面も少なくなく、自分の個性を出せる部分は限られている。

石岡がコラボレーションの人であったことは本展でわかったことだが、「Timeless(時代を超えるもの)」「Original(自分にしかできないもの)」 「Revolutionary(革命的なもの)」という三つのテーマを自身の根幹に据え、世界の名だたる表現者たちと共に「今までにみたことのない視覚表現」を打ち出していったその裏側の「思い通りにいかない様」があまり見えてこない気もしてしまった。それが明らかになったとき、石岡がその生涯を、アーティストではなく「デザイナー」であることに拘った理由が見えてくるにちがいない。

石岡瑛子 ポスター『西洋は東洋を着こなせるか』(パルコ、1979)アートディレクション

石岡瑛子 映画『落下の王国』(ターセム・シン監督、2006)衣装デザイン
©2006 Googly Films, LLC. All Rights Reserved.


「自立した存在」の裏表

それから、筆者が少し懸念していることもここで書いておきたい。いま、本展の主張のなかには「自由で自立した女性の姿」としての石岡という側面があることは間違いないはずだ。女性という理由で男性と同じ待遇で接してもらえないことは、悲しいけれど現代でも日常的にと言っていいほど頻繁に起こる。だからこそ、資生堂時代に「男性と同じ待遇を」と主張し、素晴らしい仕事の数々をこなしてきたことなど、彼女の生き方に感動や共感を覚える人は少なくない。筆者もそのひとりである。個人的にも、イベントを企画したときに女性だからと否定的な反応をする人がいたこと、修士課程に進学を決めたときに女性であることを理由にいろいろと反対されたことなどを思い出したけれど、石岡の言葉に自分自身を肯定してもらえたような気すらした。本展は若い女性に勇気を与えてくれるメッセージで溢れていたように思う。

しかし、この点についてはとても慎重に扱う必要があるだろう。本展を訪れた人のなかの石岡は「男性社会でも力強く生きる自立した女性」というイメージになったはずだ。あの時代に、石岡のような主張をすることは想像もつかないほど過酷だっただろう。現代美術界隈でも美術館職員や作家の男女比率についてなどが最近問題に上がったばかりで、皆の関心も高まっている。一方で石岡はレニ・リーフェンシュタール(1902-2003)について「レニの二の舞を、私たちが犯してはならない。」と語っている。レニはナチス党大会やベルリンオリンピックの記録映画で知られる。大学の授業で『オリンピア』(1938)を観たとき、その表現力の高さに圧倒されたが、その瞬間これがプロパガンダに使われたのだという現実に恐怖を覚えた。現代よりも一層男性優位であっただろう、あの時代に、その高い表現力が認められレニは伝説の映画監督になる。彼女にとっては、芸術性の探求がすべての行動の目的だったが、彼女の「美しい作品」は、結果的にヒトラーを勇猛な指導者としてクローズアップしてしまった。石岡も彼女なりの「美」を徹底的に追求した人物だ。だからこそ、我々は彼女のこだわりに感動を覚え、筆者のように勇気を貰って、さらに頑張ろうと思えるのだ。しかし、誰しもが石岡のように、パルコの広告コピーのように「自由で自立した女性」である必要はないのだ。努めて強くある必要はないし、つねに自立していないといけないわけではない。自立した(そうあろうと心掛けている)女性も、もちろん男性も、時には誰かに頼ってもいいではないか。新型コロナウイルスが猛威を奮い始めてから、1年も経つというのに一向に収束する気配がなく、皆、探り探りの状態で日々に追われている。いままでと同じようにはいかないどころか、昨日までできていたことさえ、緊急事態宣言が出た途端、またできなくなる。日々目まぐるしく変わる状況で、自分のなかでポキっと何かが折れた音すら聞こえそうな毎日だからこそ、時に役割分担をして、誰かとコラボレーションすること、誰かに頼ることが当たり前になればいいのにと、展示を見終え、100本のスプーン(東京都現代美術館の地下1階にあるレストラン)で「赤を纏った果実のパフェ」を食べながら筆者は考えた。最後に、300ページにもわたり石岡の仕事を紹介する本展のカタログが1月中旬に販売されるそうだから、本展を楽しみにしていたけれど緊急事態宣言で見ることができない方もぜひ、石岡の軌跡について思いを馳せていただければと思う。


石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか

会期:2020年11月14日(土)〜2021年2月14日(日)
会場:東京都現代美術館(東京都江東区三好4-1-1)
公式サイト:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/eiko-ishioka/

(関連展示)SURVIVE─EIKO ISHIOKA 石岡瑛子 グラフィックデザインはサバイブできるか

会期:[前期]2020年12月4日(金)~2021年1月23日(土)/[後期]2021年2月3日(水)~3月19日(金)
会場:ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)(東京都中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル1F)
公式サイト:https://www.dnpfcp.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000761

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