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国際婦人デーを祝して──イルクーツクの女性作家たちの功績とシベリア・アートの再発掘

多田麻美(アートライター)

2021年04月01日号

世界中で猛威を振るった新型コロナの流行は、イルクーツクのアートをめぐる環境にも大きな打撃を与えた。そんななか、この春、息を吹き返すように開かれたいくつかの展覧会は、限られた条件の下で地元のアーティストたちの蓄積してきたものをさりげなく発信しつつも、アーティストがこれまで取り組んできたテーマや題材をより広い視点から比較考察しようという意欲を感じさせた。

女性作家たちへの賛歌



ガリーナ・ノヴィコヴァ《ホルバインのスタイルによる自画像画》(1969)


日本ではまだあまり祝われることはないが、ロシアでは大変重視されている国際的な記念日のひとつが3月8日の国際婦人デーだ。この日、人々は男性から女性、または女性どうしで祝いの言葉を贈り、花束や菓子などのプレゼントなどを用意する。

盛大なイヴェントだけあって、この日を記念した展覧会もいくつか開かれ、そのひとつが、イルクーツク州立美術館本館で開かれた「女性アーティストたち 女性の芸術19世紀から21世紀まで」展だ。

出品したのは以下のような作家たちだ。まず、すでに古典と呼べる作家たちからは、1898年のサロン・ド・パリで高い評価を得た彫刻作品《老人》の作者で、1920年代までロシアの女性彫刻家の草分けとして活躍したアンナ・ゴルブキナ。ロシア・アヴァンギャルドを代表する作家であるベラ・エルモラエワやリュボーフィ・ポポーワ。ナタリア・ゴンチャロワの強い探求精神に満ちた作品や、革命前から革命後にかけて活躍し、女性の身体の美しさの表現を得意としたジナイーダ・セレブリャコワなどの作品も並んだ。

一方で、ソ連以降に活躍した作家の作品も多数を占めた。ソ連時代にポスターの制作を数多く手がけたグラフィック・アーティストで画家のアレクサンドラ・マディソン、イルクーツクを代表する女性作家といえるガリーナ・ノヴィコヴァ、ブリヤート人作家でブリヤートの神話、仏教、西洋美術を融合させた神秘的な画風で知られるアルビナ・ツィビコワ、加えてリュボフ・イムシェネツカヤ、エカテリーナ・アサルカノワ、マリア・メテルキナらの作品が並び、絵画やグラフィック、彫刻、そして装飾美術や応用美術の作品を含めて、その数は100点以上にのぼった。



O. N チチェンコ《エビのある夕食》(2006)




リュボーフィ・ポポーワ《ポートレート》(1916[推定])




会場風景(手前はグランドピアノ)




会場風景 左:ノボクレシェニフの作品


肖像画が訴えるもの


「女性アーティストたち」展において、特に出品数が多く、見ごたえがあったのは、展覧会のポスターにも作品が起用されたガリーナ・ノヴィコヴァの作品だ。本展は彼女の業績を回顧する、絶好の機会となった。

ガリーナ・ノヴィコヴァは、1940年にイルクーツクで生まれ、2000年に没するまで、生涯の大半の時間を地元で過ごしつつ、多くの時間をアーティストの育成に注いだ。1000点以上に及ぶ作品には風景画なども含まれるが、肖像画と静物画に対する評価が特に高い。ノヴィコヴァは「人がいい」などといった形容詞とは無縁の、激しい性格であったといわれるが、人の性質や内面を見抜く才能に長けていたため、その肖像画ではしばしば、被写体のもつ個性が力強く描き出されている。



ガリーナ・ノヴィコヴァ《室内での自画像》(1979)


じつは同じ時期、肖像の面白さを感じる展覧会がもうひとつ開かれている。帝政時代のイルクーツクで、女性の肖像写真がいかに当時としては斬新なテクニックやアイディアを駆使して撮られていたかを紹介した「女性の肖像 19世紀から20世紀初頭まで」という展覧会だ。

当時、写真館でポートレートを撮影するのは裕福な人々にのみ可能なことだったが、彼女らにとっても撮影は一大事であり、できる限りのメイクや装飾品を施して臨んだ。作品からは、当時流行していたファッションや、カメラマンの想像力が発揮されたシチュエーション設定などを、変化に富んだ画面を通じて感じとることができる。会場には当時、撮影前に被写体が用いた鏡台も再現されている。

結果として、人間の暗部も抉り出すようなノヴィコヴァの肖像画と、商業性、娯楽性を多分に帯びた写真によるポートレートという二つの作品群を見比べるという体験は、人の肖像というものが持ちうる可能性の大きさに対する再認識をもたらした。

性の属性より質と数


先に紹介した「女性アーティストたち展」に出品した作家は、当然ながら全員が女性であった。だが、すべての作品において女性ならではの視点のようなものが目立っていたわけではない。むしろ、感じさせない作品も少なからずあったということが、興味深かった。

そもそもイルクーツクの作家には、そういった旧来、性別によって分類されがちだった作風を感じさせない作家が何人かいる。筆者が無意識に持っていた偏見を打ち明けるようで恐縮だが、何らかの作品を鑑賞したあと、制作した作家の性別を知り、「予想を裏切られた」ことは一度ならずある。

だからこの展覧会についても、そのタイトルにも関わらず、作風に関しては、描いたのが女性だから、といった視点で括ることはあまり意味がなさそうだ。むしろ、世界婦人デーに女性作家の活躍を祝うという、ごく単純な社会的意義を認めるべきなのだろう。

出品作家の性別と負けぬくらい興味を覚えたのは、出品者の多くが、故人も含めてイルクーツク出身、またはイルクーツクを拠点としていたことだ。力強い表現力をもつ作家が、人口62万ほどの都市でこれほど輩出したことは奇跡的ともいえる。それは何より、ノヴィコヴァのような教育者の存在、そして展覧会の企画者も含め、彼女たちの存在をつねに心に留めてきた人々の存在のお蔭だろう。


Выставка "Художницы. Искусство женщин XIX-XXI веков"(展覧会を紹介した映像)


シベリア出身作家の系譜


同じく春を迎え、アート関連のイヴェントも活発になり始めた今の時期にふさわしい展覧会であったのは、「花がどのように描かれてきたか」というテーマでさまざまな時期や作家の絵画を集めた「花 洗練されたモチーフ」展だった。


Выставка "Цветов изысканный мотив"(展覧会会場を紹介した映像)


原語のタイトルに使われている「イズィスカヌィ(洗練された)」という形容詞には、「優美な、優雅な、絶妙な、粋な」といった幅広い意味がある。その言葉に集約されているように、花が描かれているという一点を除けば作品の風格は幅広く、用いられている手法もさまざまだった。



ガリーナ・ノヴィコヴァ《アイリス》(1980)




アナトリー・コストフスキー《8月》(1989)


展覧会ではアナトリー・コストフスキー、アナトーリー・アレクセーエフ、ウラジーミル・テテンキン、アレクセイ・ジビノフなど、すでに古典的といえるシベリアの画家から若手の画家まで多様なスタイルの作品が並んだが、20世紀から21世紀にかけての静物画、肖像画、そして風景画などにおいて、花というモチーフがどのように生かされてきたかを、いくつもの名作を通じて比較できただけでなく、シベリア出身の画家の顔ぶれの充実度を改めて印象に刻むことになった。

シベリア再発見


そもそも国土が広く、多様性をもつロシアの中でも、とりわけ広大なエリアを占め、多様な少数民族を抱えるシベリア地方に位置するイルクーツクでは、地域性という点に注目した展覧会がたびたび開かれている。現在進行中の「バイカル地域」というプロジェクトの一環である「バイカル・ルート」という展覧会でも、世界最深のバイカル湖がどのように表現されてきたかに注目していた。



ゲンナディー・ウランキン《バイカルの夕焼け》(2010)




バレーリー・ズベレフ《春のエチュード》(1995)




ウラジミール・オシポフ 上:《陸水学研究所の桟橋》(2016) 下:《リストビャンカにある村落の入院病棟》(2019)


イルクーツクから車で1時間半程度のところに位置する名所、バイカル湖は、シベリアの作家の多くが手掛けてきたモチーフだ。バイカル湖を舞台にしたアート・プロジェクトもこれまで多数行なわれており、海外との行き来が自由だった時期には、国際的なプロジェクトなどを通じた、海外のアーティストとの交流の場ともなっていた。このバイカル湖が再び大胆な試みの場として盛り上がる日がくれば、イルクーツクのアートシーンが本当の意味で日常を取り戻したといえるかもしれない。

最後に、シベリアつながりということで、ミハイル・アレクサンドロヴィッチ・ヴルーベリ(1856-1910)の生誕165周年を記念した展覧会を取り上げたい。象徴主義とデーモンのモチーフで知られる鬼才、ヴルーベリも、じつはシベリア第二の規模をもつ都市、オムスクの出身だ。

展示はグラフィック作品2点、稀覯本きこうぼん、写真集などから構成され、豊かさで知られるイルクーツク州立美術館の所蔵品のなかから、1906年1月にモスクワで創刊したもののソビエト時代に発禁となった伝説的な美術・文芸雑誌『ザラトエ・ルノ(金色のフリース)』のヴルーベリを扱った号も展示されている。雑誌の質の高さもさることながら、同雑誌のバックナンバーをロシアで見かけることは稀なため、ソ連時代にイルクーツクでひそかに所蔵され続けたことは「奇跡」だともいわれている。

新型コロナの流行は、さまざまな制約をもたらしたが、遠方への移動が限られるなかで、改めて地元の自然や文化の魅力を発見したという人は多いだろう。イルクーツクのアートをめぐる環境も、シベリアの大自然の魅力や文化的蓄積を再発見させたという意味で、同様だったといえるかもしれない。

女性アーティストたち 女性の芸術──19世紀から21世紀まで

会期:2021年2月11日(木)〜4月19日(月)
会場:イルクーツク州立美術館V.P.スカチョフ本館(Lenin st. 5, Irkutsk, Irkutsk Oblast, Russia)

女性の肖像 19世紀から20世紀初頭まで

会期:2021年3月5日(金)〜5月31日(月)
会場:イルクーツク都市歴史博物館分館アーバンライフ博物館(Dekabr’skikh sobytiy St. 77, Irkutsk, Irkutsk Oblast, Russia)

花 洗練されたモチーフ

会期:2021年3月11日(木)〜4月4日(日)
会場:イルクーツク州立美術館V.P.スカチョフ(分館)シベリア美術ギャラリー(Karl Marx St. 23, Irkutsk, Irkutsk Oblast, Russia)

「バイカル地域」プロジェクト「バイカル・ルート」展

会期:2021年3月3日(水)〜3月28日(日)
会場:イルクーツク州立美術館V.P.スカチョフ(分館)シベリア美術ギャラリー

ミハイル・ヴルーベリ生誕165周年記念展

会期:2021年3月17日(水)〜4月11日(日)
会場:イルクーツク州立美術館V.P.スカチョフ本館

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