フォーカス

分有されるスクリーン──コロナ禍における映画・映像の現在

阪本裕文(稚内北星学園大学情報メディア学部教授/特定非営利活動法人戦後映像芸術アーカイブ代表理事)

2021年06月15日号

コロナ禍によって、劇場や映画館、美術館、コンサートホールなどがそれまでのような活動を制限される状況が続くなか、昨年春頃よりドキュメンタリー、実験映画、ビデオアートなどの映画・映像の領域にて、オンライン上映の試みが現われ始める。それらはコロナ禍における一時避難的な対応として始まったといえるが、その数は次第に倍増し、現在ではすべての情報をつかむのが困難なほどに広がりを見せている。少なくとも筆者は、この1年数カ月で、そういった映画・映像へのアクセス手段がまったく様変わりしてしまったと感じている。このレポートは、拡大するオンライン上映を概観し、コロナ禍が浮かび上がらせた映画・映像を上映することについての意義に批評を加えるものである。

ロックダウンによって引き起こされたオンライン上映への移行

コロナ禍以前より、商業的な映画・映像の定額制配信サービスは、NetflixやAmazonプライムビデオを筆頭に膨大な数の有料会員数を抱えるに至り、作品ごとの購入・レンタル配信も併せて隆盛をみせていた(パンデミックのピークを経て増加数は鈍化したが、Netflixの有料会員数は2020年に2億人を突破したと報じられている★1)。他方、ドキュメンタリー、実験映画、ビデオアートのような作品は、MUBI★2などがインディペンデントな劇映画とともに配信しているが、やはりオンラインで観られる機会は少なかった。そのため、それらの映画・映像を求める観客は、やはり公的なフィルムアーカイブ(日本の場合は国立映画アーカイブとなる)、シネマテーク、自主上映会、あるいは国内外で開催される映画祭に足を運ぶしかなかった(ただし映画祭に関しては、コロナ禍以前よりFestival Scope★3などで一部のプログラムを配信する試みが先行していた)。大別すれば、商業的な映画・映像の場合はオンラインとスクリーンでの上映が併存していたのに対して、それ以外の映画・映像の場合は、オンライン上映の体制が脆弱だったといえるだろう。しかし、その状況はパンデミックによって引き起こされた諸外国のロックダウンによって大きく変化する。すなわち、オンライン上映への移行が急速に進んだのである。

長期間の閉鎖に追い込まれたフィルムアーカイブ、シネマテーク、そして催事の実施が困難になった上映団体や小規模な映画祭は、それぞれのやり方でオンライン上映に取り組み、先の見えない状況のなかで、それまでの活動の継続を図ろうとする。この変化は先述したとおり、あくまで一時避難的なものとして始まったはずだが、それは必ずしもネガティヴな性質のものではなく、結果的に、非商業的であるがゆえに観ることが難しかった映画・映像と観客を直接的に結ぶ回路を開くことにつながった。特に日本の場合、ドキュメンタリーはまだしも実験映画、ビデオアートの上映機会は諸外国と比較して圧倒的に少なく、国内で観ることができる作品は著しく限定されていた。それが、毎日のように世界のどこかの場所でオンライン上映が行なわれるため、見きれないほどの作品に接することが可能になったのである。

このような映画・映像のオンライン上映は、現地時間で定刻に開始されるライブ配信の形式が取られたり、視聴可能な期間を設定して行なわれることが多い。また、Vimeo★4などのオンデマンドサービスを利用して作品を有料で配信する場合も、一定期間をおいて削除される場合が多い。会場を準備して実施されるスクリーン上映と違って、広報物がなく、記録が残りにくいことも特徴である。ドキュメンタリーや実験映画を積極的に取り上げる映画祭については、完全なオンライン上映のみによって映画祭を開催するところ(ただし地域制限によって、開催国以外はアクセス不可の場合も多い)、現地開催とオンライン上映を併行して実施するところなど、映画祭の性格と規模に応じてさまざまな対応が見られた。以下に、ドキュメンタリー、実験映画、ビデオアートなどのオンライン上映を行なっているフィルムアーカイブ、シネマテーク、上映団体、映画祭のうち、ごく一部を紹介し、この1年数カ月の間に行なわれたプログラムを振り返りたい。


増加してゆくオンライン上映

オンライン上映というものを筆者が強く意識するきっかけになったのは、2020年3月にオンライン開催されたアメリカのアナーバー映画祭からだった。作家個人が、Vimeoなどを利用してオンラインで作品の配信を行なう動きは同時期からすでに起こり始めていたが、個人のレベルを超えて歴史ある映画祭が全面的にオンライン開催に踏み切るというのは象徴的な出来事だった。同映画祭は実験的な映画を中心としており、黒人女性映像作家ジャトヴィア・ゲイリーの話題作であった『The Giverny Document』(2019)をはじめ、最新の作品が多数上映された(そのような最新の海外作品をまとめて日本で観ることは、これまでは不可能だった)。


アナーバー映画祭(アメリカ)



ジャトヴィア・ゲイリー『The Giverny Document』(2019)トレーラー


2020年4月には、実験映画やビデオアートを扱うカナダの映画祭であるイメージズ・フェスティバルもオンライン開催に踏み切り、さらに2020年5月には、世界最大規模の短編映画祭であるドイツのオーバーハウゼン国際短編映画祭もオンライン開催に踏み切る。オーバーハウゼンは短編の劇映画も扱うのだが、短編映画には必然的にドキュメンタリーや実験映画、ビデオアートが数多く含まれるため、世界各国のそのような映画・映像の傾向をオンラインで把握できるようになったことの意味は大きい。同じく5月には、アメリカのポータルサイトであるスクリーン・スレートが「Ken Jacobs: Movie That Invites Pausing」と題してアメリカの実験映画作家ケン・ジェイコブスのオンライン上映を実施し、この頃から徐々にフィルムアーカイブ、シネマテーク、上映団体によるオンライン上映が増加してゆく。それを一つひとつ挙げる余裕はないので、その一部をここでは紹介しておきたい。


イメージズ・フェスティバル(カナダ)


スクリーン・スレート(アメリカ)


まず、ジョナス・メカスが設立したニューヨークのアンソロジー・フィルムアーカイブは、Vimeoを利用してプログラムを配信している。2021年1月には1970年代ポーランドの女性実験映画作家の特集上映である「AVANT-GARDE FILMS BY POLISH WOMEN ARTISTS OF THE 1970s」、2021年2~3月にはオランダ実験映画史の回顧上映「THERE ARE NO RULES!: RESTORED AND REVISITED AVANT-GARDE FILMS FROM THE NETHERLANDS」などを実施した。また、アメリカ国内からしかアクセスできないが、ニューヨーク近代美術館もヴァーチャルシネマと称して実験的な映画を含むプログラムの配信を行なっており、2021年2月には「Japanese Cinema Expanded」として、1960年代の日本のエクスパンデッド・シネマのオンライン上映を実施した。アメリカ西海岸ではサンフランシスコ・シネマテークも積極的にオンライン上映に取り組んでおり、2021年2~4月にはサンフランシスコ近代美術館と共同で企画した、黒人映像作家の上映シリーズ「Assembly of Images: On Histories of Race and Representation / Always Moving: African American Portraiture in Film」、2021年3~7月にはアメリカ先住民の映像作家によるグループ Cousin Collective のキュレーションによる上映シリーズ「Cousins and Kin」を実施している。


サンフランシスコ・シネマテーク(アメリカ)。2021年3~7月には上映シリーズ「Cousins and Kin」が実施中


ヨーロッパでは、ドイツのミュンヘン映画博物館が、Vimeoを利用してプログラムを配信している。ここはひとりの作家を徹底的に掘り下げることに特徴があり、2020年11月~2021年1月には実験映画にも通底する作品で著名なドイツの映画監督ヴェルナー・シュレーターの回顧上映「Die frühen Filme von Werner Schroeter」、2021年3~5月にはドイツの実験映画作家ユルゲン・レブレの回顧上映「Der Filmalchemist Jürgen Reble」を実施した。同じくドイツのフィルムアーカイブであるアーセナルは、オンライン上映のために開設した「アーセナル3」にて月替わりのプログラムを配信しており、2021年2月にはドイツの女性実験映画作家ビルギット・ハインの特集上映「arsenal 3 in February: Birgit Hein」を実施した。


アーセナル3(ドイツ)


それ以外の注目すべき動きとしては、イギリスのフェミニズム映画誌『アナザーゲイズ』がオンライン上映のために開設したアナザースクリーンで、それまで知られることのなかった実験的な女性映像作家の作品を豊富な資料とともに配信している(日本語字幕あり)。2021年3月にはイタリアの女性ドキュメンタリー作家セシリア・マンジーニの回顧上映「A One-Woman Confessional Eight Films by Cecilia Mangin」、2021年5~6月にはイスラエルのガザ攻撃に呼応するかたちで、パレスチナ出身の女性映像作家の特集上映「For a Free Palestine Films by Palestinian Women」を実施した。


アナザースクリーン(イギリス)


アナザースクリーンで実施されたパレスチナ出身の女性映像作家の特集上映「For a Free Palestine Films by Palestinian Women


日本の実験的な映画・映像についての動きとしては、アメリカのアーカイブであるコラボラティヴ・カタロギング・ジャパンが、オンライン上映のために開設したスクリーニングサイトで、日本の実験映画とビデオアートに特化したプログラムを、2020年6月より配信している。そのラインナップは、現在までに岩田信市、ゼロ次元、植松奎二、城之内元晴、岡部道男、安藤紘平、出光真子、田名網敬一、相原信洋など、きわめて資料性の高い作品ばかりだといえる。


コラボラティヴ・カタロギング・ジャパン(アメリカ)が開設したスクリーニングサイト。2021年5〜6月には相原信洋プログラムが実施中


オーバーハウゼン国際短編映画やウィーン短編映画祭など四つのヨーロッパの短編映画祭が、2021年に入って合同でTHIS IS SHORTというプラットフォームを発足させたことも注目すべき動きだったといえる。これは共通パスを購入することで、各映画祭のプログラムのオンライン上映にアクセスできるという画期的な試みである(ただし一部地域制限あり)。また、一般向けのオンライン上映とは異なるが、ベルリン国際映画祭ロッテルダム国際映画祭は、映画・映像業界の関係者として認証を受ければ、プログラムのオンライン上映にアクセスできる制度がある。どちらも劇映画とともに、ドキュメンタリーや実験映画を幅広く扱う映画祭なので、認証の申請が可能な方にはお勧めしたい。


THIS IS SHORT(ドイツ、オーストリアほか)


「映画館のスクリーンで観なければいけない」のか

さて、この現象がコロナ禍における一過性のものか、それともある程度の定着を見せるのかは現段階ではわからない。しかし、度重なる緊急事態宣言や自粛によって、映画館などでのスクリーン上映という観賞のあり方が危機に晒される状況は、逆説的にスクリーン上映の本質を考える契機を、改めて我々に与えたのだといえないだろうか。スクリーン上映における一回性の経験を称揚し、コロナ禍以前の原状復帰を求めるだけというのは、あまりに素朴すぎるといえる。「映画(映像)は映画館のスクリーンで観なければいけない」という態度は(筆者もそのように考えていたひとりだが)、映画館などでのスクリーン上映に容易にアクセスできる人間の余裕に過ぎなかったのだろうと、いまでは思える。その態度はスクリーン上映を、演劇の上演のようなある場所の一回性の経験に安直に結び付けるものだといえる(横山義志によると、演劇は映画との違いを定義するために観客と生身の俳優が同じ空間にあることを重視し、さらに戦中戦後になって「現前」や「ライブ性」を強調するという経緯を歩んできたとされる★5)。筆者は、映画・映像の上映の本質とは、上映環境に応じて個人が享受する経験の強度にではなく、自分以外の他人との同じ作品を観るという経験の分有というところにあるような気がしてならない。それは場所や条件に結びついた経験の一回性に立脚するだけのものではない。オンライン上映の非同期的な遍在性は、同じ作品を観るという経験の分有=スクリーンの分有を、ロックダウン中の私たちの生活にもたらし、私たちを原点に立ち返らせたのだといえる。そもそも、上映とは集団性を前提とするものだったはずなのだから。




★1──「Netflix、会員数の伸び鈍化鮮明 1~3月24%増収」(『日本経済新聞』2021年4月21日)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN20DI20Q1A420C2000000
★2──常時30本の映画を入れ替えてゆくメインプログラムと、多彩なサブプログラムをオンライン上映する定額制配信サービス。https://mubi.com
★3──各国の映画祭が参加してプログラムをオンライン上映する配信サービス。https://www.festivalscope.com
★4──クリエーター向けの動画共有サービス。ユーザーが作品の購入・レンタルをしやすいため、多くの映像作家が自作をアップロードしている。https://vimeo.com
★5──『表象15』に掲載の座談会における横山義志の指摘を参照。 「座談会 オンライン演劇は可能か 実践と理論から考えてみる」(『表象15』、表象文化論学会、2021、pp.24-25)

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