フォーカス
【ビサヤ】時とともに這い進む──フィリピン、VIVA-ExCon 2020のキュラトリアルの試み
平野真弓(キュレーター)
2021年09月15日号
「ビサヤ諸島ビジュアル・アーツの展覧会と会議(Visayas Islands Visual Arts Exhibition and Conference、以下、 VIVA-ExCon)」は、フィリピンで1990年から開催されているアーティスト主導のビエンナーレだ。フィリピン中部、ルソン島とミンダナオ島の間に位置するビサヤ地方で活動するアーティストたちがバトンをつなぎ、開催地を移動しながら継続してきた。各回、主催・企画チームが交代し、それぞれの場所性を反映する多様な試みが行なわれてきたが、展覧会と会議という基本構成は初回から維持されている。2年に一度、ビサヤ地方のアーティストやカルチュラルワーカーが一堂に会する祝祭の場でもある。
その30周年記念となった2020年は、発足の地、ネグロス島バコロド市での開催に向けて準備が進められてきたのだが、新型コロナウイルス感染症の影響を受けて当初の計画を大幅に再調整しての実施となった。「ゆっくりと段階を踏みながら展開する」というイメージのもとに会期を1年に引き延ばし、オンラインプラットフォームをメイン会場として実施された。本稿では本フェスティバルの歴史的背景を参照しながら、今回のVIVA-ExCon 2020の展覧会づくりの方法について考察したい。
VIVA-ExConのはじまり
VIVA-ExConは、ネグロス島のバコロド市で、アーティスト・コレクティブ、ブラック・アーティスツ・イン・アジア(Black Artists in Asia、以下、BAA)の呼びかけによって始動した。BAAは1986年のピープルパワー革命直後に結成されたグループだが、その中心的な役割を担ったのが、コンサーンド・アーティスツ・オブ・ザ・フィリピンズ(Concerned Artists of the Philippines) のネグロス支部のメンバーとして、マルコス独裁政権時代にアクティビズムに関わっていたカルチュラルワーカーたちだった。マルコスからアキノへと政権が移行する不安定な社会情勢の下、アーティストの表現活動が、公平な社会変革の媒体になりうること、そのためにはアーティスト間の連帯が必要であるというヴィジョンを掲げてBAAが発足した。コレクティブ名に使われている「ブラック」は、彼らの本拠地であるネグロス島(黒い島) を指すほかに、「カラー」で象徴される政治的スタンスの差異を超えて、文化的な協力体制の構築を目指そうとする意図が含まれている 。BAAの活動においては、ワークショップや展覧会は、協働のためのプラットフォーム、ネットワークづくりのツールであった。その一環として立ち上げられたのがVIVA-ExConだ。
ビサヤ地方は多島海であり、域内の移動が容易ではない。また地域ごとに言語が異なり、文化的背景も多様である。インターネットが普及していなかった80年代末、各地で独自に活動していたアートコミュニティのあいだに交流を促すべく、BAAのメンバーたちは近隣の町や島のアーティストとVIVA-ExConの構想を共有し、実現に向けて協力を呼びかけた。また、それまで保守派と革新派として分裂していた地元のさまざまなグループにも参加を働きかけた。こうした地道な努力の結果、ビサヤ地方のアーティスト、またBAAのメンバーたちと親交のあったマニラとバギオのアーティストからの協力と支援を得て、初回VIVA-ExConは1990年に開幕した。当時の参加者数は48名だったと記録されている
。初回同様、BAAの主導の下にバコロド市で開催された第2回目には、マニラやバギオのほか、日本からも数名のアーティストの参加があったのだが、その後、ビサヤ地域のアーティストたちのあいだでVIVA-ExConの趣旨の明確化と継続の必然性が議論され、第3回目となった1994年の開催以降、展覧会への出品はビサヤ地方で活動している、もしくはビサヤ地方出身のアーティストに限定されることになった
。近年はビサヤ地方と縁のある外国人アーティストの参加が見受けられるが、長年の開催を可能にしてきたのは、何よりも、自分たちの手で自分たちのためにVIVA-ExConを継続しなければならないという、地元アーティストたちの共通認識と責任感である。今日では300人を超える参加者が集うビエンナーレへと成長している 。VIVA-ExConは発表の場であると同時に、寝食をともにする機会でもあり、長年の開催と参加を通して、ビサヤ地域内のアーティストたちのあいだに仲間意識が育まれ、相互に活動を支えあう独自の生態系が構築されている。コロナ禍で迎えたVIVA-ExCon 2020
第16回VIVA-ExConは、2020年11月8日にキックオフし、当初の会期は翌年(2021年)の7月までと設定された。これまでのVIVA-ExConを特徴づけてきた「移動」と「密な集まり」が困難な状況にも関わらず、今回の主催者であるバコロドのチーム
が、延期でも中止でもなく会期を「延長」したのは、VIVA-ExConの本質を十分に理解したうえでの判断だったと言えるだろう。困難な状況だからこそ、時間をかけてともに過ごそうという企画方法は、コミュニティに寄り添うための具体的な行動だった一方で、自分たちの置かれた状況からフェスティバルを開催する意義 、アートの表現や価値を考察する批評の場を開いた。「会議」は、各地域の芸術文化を取り巻く状況や課題を報告する「アイランドレポート」に始まり、家族、アートマーケット、教育や文化政策など、表現活動の支援体制を多面的に考察するディスカッションや、コロナ禍における国内外のアートシーンの動向についてのレクチャーが定期的に開催された。
「展覧会」では、パトリック・フローレス(Patrick D. Flores) のディクレクションのもとに、ビサヤ地方で活動する(または出身の)6人のアーティスト、教育者、カルチュラルワーカーによって、キュラトリアルチームが編成され「可能な展示(a possible exhibition)」について思考するプロセスそのものが企画の核として位置付けられた。少し先のことさえも見通しが立たないいま、予定通りの完成に向けて全速前進で制作するのではなく、ゆっくりと粘り強く、状況の変化に敏感にプランを再調整していく柔軟なキュレーションの枠組みを設定し、展覧会にまつわる既成概念や習慣を再考する対話が重ねられた。
VIVA-ExConとキュレーションの複雑な関係
VIVA-ExConは初期の頃から、フィリピン文化センターや国立芸術委員会(National Commission for Culture and the Arts)との連携によって、展覧会づくりに関する学びの場を開いてきた。そのなかでも特に 1990年代半ばに VIVA-ExConの展覧会制作に関わった、ヒラヤ画廊(マニラ)のキュレーター、ボビ・バレンズエラ(Bobi Valenzuela)から、展覧会づくりの基本を学んだと語るビサヤ地方のアーティストは少なくない。当時の設営風景を記録した写真から、参加者各自が作品を持ち込み、与えられた壁面に展示する「ポットラック」方式 で展覧会が作られていたことも見て取れる。キュレーターの介入なく、アーティストが自由に展示し、場を共有するというアプローチは、水平な参加を実践するのに有効な方法として、長年にわたって採用されてきた。しかし、その一方で展示に批評性が欠けるという批判の声もあり 、調査・研究に基づいて企画された展覧会が、アーティスト主体の展覧会と並行して取り入れられるようになった。
2012年以降、VIVA-ExConにたびたびキュレーターとして関わってきたフローレスは過去のインタビューでこう語っている。アーティストたちのあいだで「キュレーターが権力を振りまくのではないかという不安がいまだある。(中略)VIVA-ExConにはキュラトリアルの思考を介在させようとする傾向があるので、その介入がどういったものであるのかを理解し、彼らが必要とすることとの関係から、正しく機能するように調整していく必要があるだろう」
。フローレスは、またこう語っている。「長年の開催を通してVIVA-ExConが生み出してきたものが仲間意識であるとするなら、それをアートの議論の外側にあるものとして軽視することはできない。アートの生態系は社会性によって成り立っている 」Kalibutan: The World in Mind
本展のタイトルにある「カリブータン(Kalibutan)」は、世界(物質)と世界観(意識)を同時に意味する汎ビサヤ語だ。この単語をテーマに、フローレスを含む7人のキュレーターそれぞれがアーティストを選出し、合計18組のアーティスト
による、アイデアと形の関係について思考し実験するプロセスが公開された。地域の風習や神話、文化遺産と現代文化、都市構造、身体、移動、言語といったさまざまな角度から各キュレーターが企画コンセプトを立ち上げていく作業、アトリエ訪問、プロジェクトの構想と発表方法の再調整など、通常の展覧会では表に出てくることのない舞台裏の仕事にスポットライトが当てられた。参加アーティストのレオ・アバヤ(Leo Abaya)は、展示・非展示の関係の再考を促す今回のVIVA-ExConの試みは、見えるもの・見えないもののあいだの緊張関係に目を向け、二項対立的な世界観から思考を解放させる可能性を含んでいると語った 。「展示会期」として仮設定されていた7月が過ぎたいま、ウェブ上で展開しているプロジェクトもあれば、オンラインとバコロドのギャラリースペースを使ったハイブリッドの展示構成、公共空間や自宅兼アトリエで制作展示され、会期に縛られることなく訪問者には公開し続けるという作品もある。展覧会としての輪郭が曖昧化された今回の企画は、容易に解釈されることを拒む。
鑑賞者は、オンラインミーティングに参加、またはその記録映像を視聴することで「カリブータン」を体験することになるのだが、半年以上に渡って隔週で開催されるトークをフォローするのは忍耐力が要される。しかしながら、全貌の見えない状況を気長に受け入れ、対話に耳を傾け続けるうちに、キュレーターやアーティスト、主催者やほかの鑑賞者とともに時間を過ごしているような親近感が生まれてくる。それと同時に、展覧会づくりの過程が、個人の頭のなかで描かれた構想と実際の状況のあいだに起こるズレや矛盾を認識し、予測不可能な要素を受け入れながら試行錯誤するための、セーフスペースとして機能していることが見えてくる。
こうした展覧会のつくり方は、前・中・後のように時間の流れを切り分けることも、中・外のように空間を区別することもない。さまざまな要因との有機的な関係のなかにアーティストの表現を位置づけ理解し続けようとする、アートと世界を一体的に捉えたアプローチだ。知的好奇心とは世界の仕組みを知り、それをつくり変えていこうとする力だとフローレスは語っている
。今回の展覧会へのアプローチは、VIVA-Exconの文脈において、キュレーションが果たすべき役割──コミュニティがともに思考し実践し続けるための時間、失敗を受け入れる空間を維持し続けること──を提案するものだった。次回は2022年にパナイ島アンティーケ州の若手アーティストたちの手で開催される予定だ。VIVA-ExConという生態系が今後どのように変容していくのかを見届けたい。Dasun: VIVA ExCon 2020: The 16th Visayas Islands Visual Arts Exhibition and Conference
会期:2020年11月8日(日)〜2021年11月15日(月)
■ 会議
会期:2020年11月〜2021年6月
■ 展覧会:Kalibutan: The World in Mind
□ オンライン・ミーティング:A Seminar on a Possible Exhibition
ウェブサイト:https://vivaexcon.org/vcon2/#vcon2-june2021
会期:2020年12月〜2021年6月
会期:2021年7月〜終了未定
□ 実会場での展示:
会期:2021年9月18日(土)〜11月15日(月)
会場:Orange Project(バコロド市)
主催:VIVA ExCon Organization
住所:The Orange Project at Art District, Lopue's Annex Bldg., Lacson St., Bacolod City, Negros Occidental 6100, Philippines