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【上海】孫遜インタビュー ──新作長編アニメーション『魔法星図(Magic of Atlas)』をめぐって

孫遜(アーティスト)/小野田光(美術ライター)

2022年04月01日号

2020年初頭に続き、2度目のコロナ禍に苛まれている2022年3月の上海。本来なら3月12日から4月26日の会期で、ShanghART Shanghaiで予定されていた孫遜(スン・シュン)の個展『千江有水千江月(An Infinite Journey)』は、直前に開幕延期が決まった。
孫遜は木版画や水墨画などをアニメーションにした作品を制作しており、『21克(21G)』は第67回ベネチア国際映画祭(2010)で、『一場革命中還未来得及定義的行為(Some Actions Which Haven't Been Defined Yet in the Revolution)』は第62回ベルリン国際映画祭(2012)の短編部門でノミネート作品に選ばれている。日本ではあいちトリエンナーレ2010、ヨコハマトリエンナーレ2011、やんばるアートフェスティバル(2018)などに参加経験があり、横浜での2カ月にわたるアーティスト・イン・レジデンスを経て、ヨコハマ・クリエイティブシティ・センター(YCC)での個展(2010)も開催している。直近ではThe John and Mable Ringling Museum of Art(2019-20)での個展、Hawai'i Triennial 2022、Asia Society Triennial(2020)、Vancouver Art Gallery(2021)など、国際的な大舞台で活躍している。
ShanghART Shanghaiで最終の展示作業が進むなか、北京から上海入りしていた孫遜に、作品について、また創作に対する姿勢などについてお話を伺った。


「孫遜:千江有水千江月(SUN Xun: An Infinite Journey)」展 会場、2022年3月[Image courtesy of ShanghART Gallery]


全シーンオリジナル原画による長編大作

──今回の個展『千江有水千江月』では、長編アニメーション『魔法星図(Magic of Atlas)』の一部がお披露目されるということですね。

孫遜──『魔法星図』は、小之(シャオ・ジー)という主人公と、もう一人の主人公である魔術師が6つの架空の国を訪れて自分探しの旅を繰り広げるというストーリーです。私自身、米国や日本、ウクライナのキエフなどさまざまな国に(アーティスト・イン・レジデンスなどで)滞在し、現地の人々との交流を通じてさまざまな情報を得た非常に興味深い経験があります。

今回は、満洲と関連のある「螺刹国」の部分を展示・上映します。満洲はとてもおもしろくて、満洲国が存在した当時、そこには、ロシア人、ユダヤ人、中国人、満洲族、日本人がいて豊かな文化がありました。この部分は、それを原型としています。日本の要素も含まれていますよ。



幅約16メートルの大作。左端に主人公の小之と魔術師が描かれ、左から右へと『魔法星図』の「螺刹国」の物語を1枚の木刻画で表わした作品
Sun Xun Magic of Atlas - Luocha: An Infinite Journey, 2020-22, Colored woodblock relief
244(H)x1586cm (in 13 pieces) Each 244x122cm



Sun Xun "Magic of Atlas" - Group Images of the Luocha Characters, 2020, Colored woodblock relief, 183(H)x732cm (in 8 pieces), Each 183x92cm


──今回の作品は120分の長編ということですが、なぜこのように長大な作品を手掛けようと思ったのですか?

孫遜──以前の作品はどれも10分程度でしたが、私には長編が必要だと思っていました。一生のうちで1本は長編を作らなければならないし、いまなら作れると思ったのです。(このサイトから今回展示上映される作品の一部を見ることができる)

今回の作品は木版や水墨画、油絵、鉛筆画など多様ですが、すべて手描きで、それらをスキャンしてコンピュータで編集し、アニメーションにしています。アニメーションは編集作業で必ずコンピュータを使いますが、コンピュータの使用は少なければ少ないほどよいと私は考えています。ですから編集以外はすべて手作業です。

このような作品はいまの中国でしか制作できないと思います。欧米や日本で作ろうと思ったら、中国の20倍はコストがかかるでしょう。ただ、あと10年もしたら資金が足りないでしょうね。中国も人件費が上がってきていますから。



「孫遜:千江有水千江月(SUN Xun: An Infinite Journey)」展 会場風景
左側の壁に掛かっているものが、実際に映画用に作成された作品 [Image courtesy of ShanghART Gallery]



本展のために、会場の壁に直接、絵を描く孫遜[Image courtesy of ShanghART Gallery]

出発点は映画を描いていた学生時代



Sun Xun "Magic of Atlas", Scene Design of Luocha - Aerial View of Luocha from the Palace Roof
2020-22, Colored woodblock relief, 183(H)x184cm (in 2 pieces), Each 183x92cm


──中国美術学院では版画専攻でしたが、なぜ版画を選んだのですか?

孫遜──初めて版画に触れたのは中国美術学院の附属高校1年のときでした。大学で版画を選択した理由は、先生がとても進歩的だったから。とても自由だったので、版画を専攻したにも関わらず、ずっと映画を作っていました。もちろん、課題があれば版画をやっていましたよ(笑)。木版画が好きですね。版画はとても直接的で、私は直接的なものが好きなので。

──では、最初に版画があってそれを映画にしたというより、大学のときからアニメーションも制作していたのですね。

孫遜──最初から映画を作りたかったんです、学生の頃から。でも映画を作るにはお金が必要、だけどお金はない、時間はある、ということで絵を描きました。映画を描いた訳です。当時、美術学院にニューメディア・アート・センターが出来てスキャナーやコンピュータがあったので、それを利用しました。その時は自分が作っているものがアニメーションだとは知りませんでした。

──影響を受けた芸術家は誰ですか?

孫遜──古い時代なら、ダ・ヴィンチ、アルブレヒト・デューラー、白陰慧鶴禅師、仙厓義梵、宋代の画家で巨然、範寛、李婵、倪瓒、蘇東坡など。現代であれば、ウィリアム・ケントリッジ。

学生時代は西洋の古典を学んでいて、(水墨画用の)筆による芸術にはまったく関心がありませんでした。中国は西洋化が激しいですから。影響を受けた日本の芸術家は、私が日本に行ったときに自ら発見したものですし、中国の宋代の芸術家も現代美術家も、大学卒業後に知りました。卒業した後で、なんだ、こっち(中国の伝統絵画)の方がよかったんだ、と思いましたよ(笑)。

芸術でいちばん重要なのは、どのようにこの世界を理解するかということ、世界観です。その人の目で見える世界がその人が描ける絵であって、描いた絵というのは心のなかで理解したことなのです。

──映画を制作するのは、自身が表現したいものをより多くの人に伝えたいからでしょうか?

孫遜──私には「多くの人に伝えたい」といった願望はありません。

「存天理去人欲」★1という言葉がありますが、これは、世界が混乱しているのは人間の欲望が多すぎるから、ということを表わしています。欲はいらない、「存天理」(筆者注:心に天理を保つ)でいいのです。作品を作るのであれば作ればいいだけで、その人の作品が人の目に触れるかどうか、それはギャラリーがやることです。ギャラリーにキュレーターが訪れるかどうか、それはキュレーターの仕事です。彼らが誰に見せるか見せないかを決めるのであって、私には決められません。私にできるのは作品を作ることだけしかないのですから。だから私はまず自分の絵をしっかり描けばいい、その先のことを考える必要はありません。われわれの問題は、多くの余計なことを考えすぎることです。

「大道至簡」★2という言葉は、大いなる道理は極めて簡単という意味です。「存天理去人欲」と同じように、自分のことをしっかりやればいい、考えなくていいということ。考えたってどうしようもない。これはまさに禅ではないでしょうか。



Sun Xun “Magic of Atlas" - The Magician Comes to Luocha, 2020, Colored woodblock relief, crystal balls, 244(H)x976cm (in 8 pieces), Each 244x122cm




Sun Xun "Magic of Atlas" - Luocha: Atlas from Another Time and Space, 2020-22, Colored woodblock relief, 183(H)x460cm (in 5 pieces), Each 183x92cm


日本の禅画、白陰と仙厓を発見する

──日本をよく訪問されているそうですね。

孫遜──コロナが蔓延する前までは毎年、日本に行っていました。日本では毎回、神社や博物館に行ったりします。神保町の古書店街にも行って古い地図や図録や雑誌などをたくさん購入します。

制作中の『魔法星図』のなかの「㷋燚」という国は、中国の宋時代の頃の日本文化と関連があるため、スタジオ★3のスタッフを連れて日本に行っていました。「㷋燚」は、唐代の壁画、陝西省の懿徳太子墓(乾陵の陪葬墓のひとつ)、敦煌の壁画にあるイメージ、そして日本文化の要素を融合した国で、このなかに出てくる2つの建物は奈良の東大寺と京都の唐招提寺です。

以前、京都に行ったときに博物館で白陰慧鶴禅師と仙厓義梵の展覧会を見て大変興奮しました。この2人の禅画を見て、中国を源流とする絵画の日本での発展がとても素晴らしいと思いましたね。そして禅について学び、今回の映画のなかに持ち込んだのです。

この日本に関連する部分はまだ完成していません。それに、この映画ではほかにも日本のミュージシャンに音楽を依頼することも検討しているので、日本語を習おうかとも考えています(笑)。

──日本に関係する部分も含めて、作品の完成が非常に楽しみです。本日はどうもありがとうございました。

インタビューを終えて

紹介しきれなかった日本でのさまざまな経験や感想を面白おかしく語ってくれたかと思えば、哲学的な思想の話題につながったりと、2時間以上のインタビューにもかかわらず、丁寧に分かりやすく受け答えをしてくれた孫遜。

1秒間に6~12点の画が使用されているという本作品。120分の長編のために描かれるであろう原画数を想像するだけで、孫遜の芸術に対する深い思索と強い意思を感じることができるであろう。日本との関係性の面だけではなく、忙しない日常に追い立てられている現代人として、『魔法星図』の完成に期待したい。

最後に、コロナによる規制の包囲網が狭まるなか、インタビューを快諾してくれた孫遜とShanghART Shanghaiの皆さんに多謝!



「孫遜:千江有水千江月(SUN Xun: An Infinite Journey)」展 会場風景、2022年3月、[Image courtesy of ShanghART Gallery]


*下記のURLでは、カナダのVancouver Art Galleryで、昨年開催された孫遜個展『通向大地的又一道閃電(Mythological Time)』出品のアニメーション作品『通向大地的又一道閃電気(Mythological Time)』の一部を見ることができる。本作品は2016年にグッゲンハイム美術館の委託により制作されたもの。https://mp.weixin.qq.com/s/SGmdRDCm9WzfuZHFzsKvpA

★1──天理とは天然自然の道理、人欲とは人間の欲望。「天理人欲」は中国の宋代から明代にかけて流行した宋明理学の概念。
★2──老子の言葉。
★3──孫遜は、2006年にπ格動画工作室(スタジオ)を設立し、7,8名のスタッフをかかえて制作を行なっている。下記のURLでは、制作風景を見ることができる。https://mp.weixin.qq.com/s/xYw7r6sT6p83XZ8jvvZ75g

孫遜:千江有水千江月(SUN Xun: An Infinite Journey)

会期:2022年 未定
会場:ShanghART Shanghai(中国・上海市徐匯区龍騰大道2555号10号楼)

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