フォーカス
【ウィーン】3組のアーティストに見る、デコロニアリズムの実践のつながり
丸山美佳(インディペンデント・キュレーター)
2023年12月15日号
11月16日、ドクメンタ16の芸術監督選考委員全員が辞任するなど、現在の西欧社会におけるパレスチナ問題と反ユダヤ主義を取り巻く議論は、去年のドクメンタ15が引き起こした論争や反発以上に不穏な雰囲気をまとっている。オーストリアにおいても、パレスチナに連帯を示す声に対する、大学や美術館といった公的機関からの暗黙的でありながらも、露骨な圧力と検閲が身近なものとなり、全体主義的風潮が生活のなかへと浸透してきている。
世界大戦後の全体主義への批判だけでなく、ポストコロニアルリズムによる植民地主義への反省や、近年では植民地主義を内包した近代の知識体系から切り離しを促すデコロニアル思想や実践が紹介されるようになった中欧は、皮肉なことに歪な議論とまったくの盲目的な状況が続いている。
しかしながら、このような近代性と表裏一体な植民地的欲望から脱しようという共同的で世界的な動きは、多岐に渡る表現によって、公的機関でも、路上でも、そしてあらゆる自己組織的な活動からも発信され続けてきている。これらの対話のなかでは、植民地性とそれが生み出す問題は単に過去のものとして片付けられたり、一定の期間に終わった突発的な出来事として描かれたりはしない。むしろ、その暴力的な継続性が現在も複数的に発生し、相互に関係しあう絡み合った複雑な世界と対峙し続けることの必要性を叫ぶ。
本稿では、ウィーンで昨年から今年にかけて開催されたパフォーマンス作品と展覧会を通して、植民地的な近代化の動きのなかでつくられてきた現在進行形の「傷たち」と向き合い、そこから再想像や飛躍するための空間を作り出していく実践について考えてみたい。
デニス・フェレイラ・ダ・シルヴァ&アルジュナ・ノイマン「アンセスタル・クラウズ アンセスタル・クライムズ」──透明さと不透明さが同居する風景
クンストハレ・ウィーンで現在開催されている、反植民地主義的ブラックフェミニストの視点から哲学者・アーティストとして活動するデニス・フェレイラ・ダ・シルヴァ(Denise Ferreira da Silva)と、映像作家・エッセイストであるアルジュナ・ノイマン(Arjuna Neuman)による展覧会「アンセスタル・クラウズ アンセスタル・クライムズ(Ancestral Clouds Ancestral Claims/祖先・先人の雲 祖先・先人の主張)」は、同名の新作映像インスタレーションが中心となっている。
二人は協働制作として2016年に「エレメンタル・シネマ」シリーズを開始している。このシリーズは、西洋の唯心論的思考に数世紀にわたって蔑ろにされてきた物質や素材・原料、元素を出発点とし、各映画が土、水、火、空気・風の四大元素に捧げられている。特にフェレイラ・ダ・シルヴァが著書で指摘している、現代社会で自明とされている主観性/客観性の区別や内面性といったカテゴリーが、極めて不平等で人種差別的、暴力的な世界の基盤になっていることをここでも示している。二人の共同作品の中心となるのは、その近代的な基盤を作り出す主体の形成と秩序を構築するために使用される粒子的に存在する物質であり、それは量子的に存在し、また有機的であると同時に機械的で、歴史的であり、地質的に存在する物質である。
空気・風の元素に焦点を当てられたシリーズ3作目《アンセスタル・クラウズ アンセスタル・クライムズ》は、ドキュメンタリー調でありながらエッセイ的に再構築された実験映像であり、チリのアタカマ砂漠で撮影されている。この砂漠は極度に乾燥した空気と標高のために砂漠上空は完全に晴れ渡り、天体観測を妨げるものがないために数々の望遠鏡が点在し、宇宙調査の大きな拠点となっている。
一方で、映像では広大な砂漠風景に残される複雑な歴史と現状をも映し出す。砂漠には、1970年代にピノチェト独裁政権によって加速した経済自由化のなかで、再活用された植民地時代の強制労働所や、反体制派だったがゆえに行方不明とされた身元のわからない者たちの墓が並ぶ。また、この砂漠は世界でも最大級の鉱山が存在し、強制労働の歴史がある。資源や環境を採掘しては消費し続ける採掘主義の論理の下で、現代ではあらゆる電子機器に動力を供給するリチウムの資源を抽出する場にもなっている──「私たち皆がチリの一欠片を持っている」と映像では語られる 。
タイトル《アンセスタル・クラウズ アンセスタル・クライムズ》で示されているように、映像では砂漠とその環境を取り巻く空気、風、蒸気は、明確な境界線をもつことなく時間的にも空間的にも広大な範囲へと広がっていく。「どうして[遠方まで見渡すことができる]透明さと[歴史的な暴力によって生み出された]不透明さが同居することができるのか?」
とアーティストが質問を投げかけるように、その風景から立ち昂る気流は雲の大きなうねりとなって、シリーズの第1作目《Serpent Rain(ヘビの雨)》(2016)で扱われたノルウェーの奴隷貿易船のイメージへと繋がっていく。さらには先住民族が、資源としての占有という意味ではなく、空気や水も自身の一部であるという認識のもとに土地や領土の返還を要求する主張とも繋がっている。それは近代の植民地主義によって形成された地球そのものとの関わり方を揺るがし、局地的な問題としては片づけられない、継続し拡散する暴力と抵抗のかたちを見せる。二人の実験的映画は、これらの複層的な事柄を橋渡しながら、近代的主体が時間的にも空間的にもほかと分離し、秩序をつくり支配することができるという考え方を拒否する。複層的な事柄に架橋しながら、量子力学的な物質一つひとつがお互いに絡み合い、原因と結果が結びつかない、不確定な状態で現われる世界を示す。そのなかで、再想像とそれらとの接続を呼びかけるのだ。
アマンダ・ピニャ《Mountains in Resistance - The School of Mountains and Water》──近代性/植民地性への抵抗のネットワーク
フェレイラ・ダ・シルヴァとノイマンの作品は単にラテンアメリカの局地的な話ではなく、また直線的な時間軸として現在につながる過去の出来事でもない。時代や場所性を超え、世界の他地域での事象との関連性を構築しようとする試みは、ほかのアーティストとも共鳴する
。2022年にウィーンで制作・発表された、チリ、メキシコ、そしてオーストリアにルーツを持つ振付家、パフォーマーであるアマンダ・ピニャ(Amanda Piña / nadaproductions)による《Mountains in Resistance - The School of Mountains and Water(抵抗する山々──山と水の学校)》は、芸術表現であると同時に抵抗運動のネットワークを構築する場として機能していた。それは、ウィーンの中心地からバスで1時間半ほどにあるウィーン市内の水道水の水源地である山中で行なわれたパフォーマンスが中心となる。人々と山々、そして水との関係を再定義しながら、人間を自然環境から切り離された存在と見なす現代的または植民地主義的考え方から離れ、人間を含むあらゆる生き物や山、氷河、水域がもつ相互関係の結び直しがいかに可能なのかを問い、近代化のなかで水道管が作られ、飲料水が民主化されたウィーンの文脈は、より地球規模な水の物語と接続される。
メキシコのタテイ・キエの「知恵の守護者(Mara’akame)」であり、ウィシャリカ(Wixárika)族のリーダーであるフアン・ホセ・カティラ・ラミレス(Juan José Katira Ramirez)の音楽に導かれるパフォーマンスは、山の各所を回りながら、ダンスや儀式によって生成されるエネルギーや知覚の変化の探求が促される。それは西洋的な舞台やダンスの概念ではなく、全体的な経験として日常に根付き、その場の生命を生み出し続ける神聖な土地とのつながりを再構築する試みである。ウィーンで清浄な飲料水が簡単に手に入ることの恩恵が政治的にどう生まれてきたかの歴史をなぞりながら、その水源である山々で繰り広げられる数々の儀式とパフォーマンスは必然として参加者を巻き込み、山々と水の循環の畏怖と恩恵がすでに私たちの身体に入り込んでいることを思い起こさせる。
《山と水の学校》は、3日間のパネルディスカッションやワークショップとしても展開され、地球上のさまざまな地域であらゆる喪失を生み出し続ける近代性/植民地性への抵抗運動の歴史、そして水と山を巡る抵抗の物語は氷河へとも結びつく。植民地的採掘主義はグローバルサウスにとどまらず、氷河で覆われた北欧や北極圏が新たなフロンティアとして見なされているからだ。筆者がとくに忘れられないのは、登壇者のマリット・シリン・カロラスドッター(Marit Shirin Carolasdotter)が、北欧のサーミ族として現在進行形の採掘主義に対して抵抗するための知識や実践、表現の手本は、ヨーロッパでは見つけることができなかったと断言していたことだ。彼女はラテンアメリカの先住民やアクティビストたちの知識と実践、そしてそのネットワークに活路を見出し、新たな実践が芽吹いていく
。このプロジェクトは、ピニャによる長期研究プロジェクト「Endengered Human Movement (絶滅の危機に瀕した人間のムーブメント)」
の第5弾である。ピニャはこのプロジェクトのなかで、水、風、火、土、また植物や動物の動きをダンスとして提示、南米の先住民や活動家、シャーマンらによって何世紀にもわたって口頭伝承や抵抗運動のなかで育まれ、受け継がれてきたムーブメント(動き、身振り、踊り、世界を形づくるための手段)を知識や身体、知覚との相互関係的な視点から多様な形態で発表してきている。とくに、単なる調査対象ではなく、ムーブメントを身体的に会得し、実践へと繋げていくことに重きが置かれている。現代の芸術にいまだに根付く人間中心主義的な採掘主義に目を向け、そこからの脱植民化への方向性がその基本となっているからである。アマンダ・ピニャ『Exótica』──忘却させられた身体を蘇生する
今年6月にブリュッセルで初演を迎え、10月にウィーンで発表された「Endengered Human Movement」シリーズの新作『Exótica(エキゾチカ)』は山から一転して劇場に舞い戻り、近代の劇場に存在していた身体とその歴史の忘却が扱われていた。舞台の両端には祭壇が築かれ、観客はコーパルの煙の香りで充満した会場に足を入れた瞬間にある種の儀式へと導かれる。劇場空間の変容は、西洋の芸術や美学が暗黙のうちに隠しているもの、すなわち植民地時代の傷から始ま」り 、その傷と向き合うための儀式が意図されていた。それは、虚構としての劇場ではなく、ピニャが冒頭で自身の声と語りで観客それぞれの祖先と一緒に舞台を目撃するよう促したように、没入的かつ集団的、そして観客のそれぞれ異なる身体とその身体が抱える歴史的文脈との関連性のなかで行なわれる追憶と追悼の場になっていたのである。
『Exótica』は、ヨーロッパにおいて人種化された踊る身体に向けられる植民地的で差別的な視線の継続性と、非西洋的な踊りがいかにエキゾチックなものとされてきたかの過程とその忘却が起点となっている。水道が引かれた頃のヨーロッパは、同時に、数世紀にわたる植民地主義において強化された人種間のヒエラルキーと差別化を通して「他者」を生み出し、その差異を差別化することで、区別やカテゴライズすることができる近代の人間的な「内面性」を獲得してきた。当時の帝国主義化を進める社会では、植民地化した非西欧地域から人々を実際に連れてきて見せ物として見せる「人間動物園/人間の展示」 がエンターテインメントとして各地で開催されていたように、植民地主義の眼差しの下で「他者」は白人に従属し、劣等で野蛮な、あるいは人々の欲望を掻き立てるエキゾチックな存在とされていたのだ。そうした植民地性の欲望と地続きである劇場では、移民として連れてこられた褐色や黒人の肌のエキゾチックな身体とその表象が白人文化の美学を構築するために使用された。つまり、有色の肌を持つダンサーは、白人観客のエキゾチックな視線によって「他者」の定型を割り当てられたり、他者を擬似的に演じる役割を担ったりすることで名声を得たのである。しかし、現在ではその多くが忘れ去られているのだ。
舞台上では、忘却されたパフォーマーたちがオリエンタリズムの下で白人の観客のために生み出した踊りを現代のトランスナショナルなパフォーマーが再演しながら、それぞれのパフォーマー自身の経験が、忘れ去られたダンサーの経験と重ねられる。文化的他者の真正性を演じることの矛盾、異文化をまたぐ移民の困難や人種差別、ダンサーとして生存戦略への反論と羨望、異なる文化的背景をもちながらも世代を超えてコミュニティを築く可能性が語られる。と同時に、このエキゾチックなものとして構築された美学や踊りを扱うことは、その人種差別的な視線を再生産させてしまうような危険性も孕む。しかしながら、その危険性のなかにアプロプリエーションを超越することの可能性と抵抗の形態がかたちづくられる片鱗が見られた。
マイ・リン「NOT YOUR ORNAMENT」──エキゾチシズムの視線への抵抗
『Exótica』が発表された同時期に、このエキゾチズムとオリエンタリズムの問題を「装飾」の観点から批判的に焦点を当てたのが、アジア系FLINT*
のアノニマスなアーティスト・コレクティブであるマイ・リン(Mai Ling)のウィーン分離派会館での展覧会「NOT YOUR ORNAMENT(あなたの装飾ではない)」である 。19世紀末にかけて、美術やデザインの分野で隆盛した花や草木、女性の身体などの有機的なモチーフと曲線を組み合わせた装飾性を多様に用いたアール・ヌーヴォーに言及しながら、マイ・リンはその美学がいかに性、人種、ジェンダーの階層を同時に生み出してきたのかを批判する。
ウィーン分離派の西欧白人男性優位文化の文脈をもつ空間で、展覧会は壁画装飾「NOT YOUR ORNAMENT」に葛粉で作られたスライム状の物質がベッタリとつけられたステートメントで始まる。それは「多様性」という名目のもとで展覧会に参加しても、結局はエキゾチックな眼差しがそこに存在することを改めて強調する。19〜20世紀のとくに「アジア」「黄色人」というカテゴリーや概念がより強固になるなかで、西洋の想像力のなかでつくられたアジア人女性の表象は装飾的な語彙や美学として語られてきた。その歴史を分析するアナ・アンリン・チェン(Anne Anlin Cheng)は、「装飾主義」
の論理が、人間と装飾的オブジェのハイブリットとしてのアジア人女性性を生み出してきたと指摘する。そのハイブリッド性とは、そこに存在しつつも、西洋的な内面をもたないモノとして、白人の室内空間を彩る装飾的なオブジェとして扱われる存在である。展覧会では、このように構築された主体は、アジア人女性の身体だけでなく植物──とくに西洋社会に持ち込まれたものの侵略的外来種とされた葛や、室内空間のために商品化された観葉植物──へと拡張され、その語られ方の類似と、それが生み出す経験や物語が複層的に語られている。新作映像作品《Becoming Stickiness》のなかで語られるように、アジア圏で薬草として広く用いられる葛は、19世紀末に西欧建物を彩るツタの装飾植物として西洋社会に輸入され、また土壌侵食を防ぐ有用な植物として使用された。しかし、その繁殖力の強さゆえに20世紀には侵略的外来種と認定され、現在は欧米では厳しい規制対象となっている。葛を除去、規制するためのレトリックは、西洋社会における外国人嫌悪や移民の排除と同様なものが使われ、有用であれば欲望され、制御できないならば排除するという二項対立的な思考に基づいている。そのような歴史をもつ葛によって作られ、展覧会の至るところに付着されたネットリした粘着物は、何層もの相反する意味や象徴として使われている──嫌悪を抱くものであると同時に、快楽や喜びを与えるものであり、また、身体に付きまとう偏見や憎悪の感情から離れられない状態であり、同時に手を取り合うことで生まれる生存と抵抗として語られる。それは、(西欧異性愛主義の男性を中心とした)人間的な内面性を補強する存在として生み出された西欧的な装飾的美学、さらにはそこに内包された人種やジェンダーを生み出す論理から批判的に逸脱し、そこから自らの表現と癒しを集団的に求めることの快楽と困難さが重なりあっていた。この展覧会も、『Exótica』のようなエキゾチックなモノを眼差す視線とそれを体現しようとする内面的欲望や、見えない傷、「他者」の定型的な物語を再生産してしまう危険性と隣合わせである。しかし、その傷が生まれる過程を見つめ、集団的に読み直すアプローチから、植民地的な欲望とは異なる想像力を見出し、複数の身体や声を伴う表現の可能性が試みられていた。
この3組のアーティストたちは、従来的な展覧会やパフォーマンス作品の枠組みで協働しながらも、そこに複数のディスカッション、ガイドツアー、ワークショップなど多様なフォーマットを取り入れているのも特徴である。フェレイラ・ダ・シルヴァの「ブラックライト」の概念を借りれば、文化や美学のなかに潜む目に見えない暴力や差別をあらゆる方向性から浮かび上がらせているのだ
。また、10月7日以降、イスラエルによるパレスチナへの長年の植民地支配の果てに起きているガザでの大量虐殺を黙認する西欧諸国では、パレスチナについて言及する論客の中欧での講演中止が相次いている。そこには、植民地主義のなかで西欧啓蒙主義が押し付けてきた「ヒューマニティ」のある一定の人間しか視野に入れていない暴力性が見えてくる。本稿で紹介した3組のアーティストの取り組みは、そういった西欧的「ヒューマニティ」の追及をしてはいない。むしろそうではなく、人間として扱われてこなかった主体として、あるいはすでに人間ではない主体として、私たち一人ひとりがいかに世界と関わってきているのか、その課題と挑戦が常に行なわれるべきであることとして反響させているのである。
Denise Ferreira da Silva & Arjuna Neuman. Ancestral Clouds Ancestral Claims
会期:2023年10月5日(木)〜2024年3月17日(日)
会場:Kunsthalle Wien Karlsplatz
(Treitlstraße 2, 1040 Vienna, Austria)
Amanda Piña / nadaproductions: Mountains in Resistance
会期:2022年6月25日(日)〜26日(月)
会場:Tanzquartier Wien
(Museumsplatz 1, A-1070 Wien, Austria)
Amanda Piña / nadaproductions: Mountains in Resistance vol.2, EXÓTICA
会期:2023年6月1日(木)〜3日(土)
会場:Kunstenfestivaldesarts(Théâtre Royal des Galeries)
(Galerie du Roi/Koningsgalerij, 32, 1000, Brussels, Belgium)
Mai Ling “NOT YOUR ORNAMENT”
会期:2023年9月15日(金)〜11月12日(日)
会場:ウィーン分離派会館
(Friedrichstraße 12, 1010 Wien, Austria)