2024年02月15日号
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距離の問題──「風景論以後」展、山形国際ドキュメンタリー映画祭2023から

阪本裕文(育英館大学教授)

2024年01月15日号

近年の国際映画祭のストリーミング配信を見続けていると、ある風景や場所に付随する社会性・歴史性を主題とした映画に少なからず出会う。このような映画は、実験的なドキュメンタリーや実験映画の文脈に位置付けられていることが多い。それらは何の変哲もないある場所を対象としながら、カメラワークや演出、切り詰められたモノローグや字幕を利用することで、その場所のイメージに別のレイヤーを付与し、意味を分析し、操作する──それによって観客の意識において、対象とされている場所が異化される。このようなアプローチは、過去に何人ものドキュメンタリー映画や実験映画の作家によって試みられてきたものであるが、それはいまも広がりをもって展開されているということだろう(代表的な映画として、ジェームズ・ベニングの『ランドスケープ・スーサイド』[1986]や『ステンプル・パス』[2012]を挙げておこう)。
2023年秋に筆者が観た二つの催しである「風景論以後」展(東京都写真美術館、2023年8月11日~11月5日)と山形国際ドキュメンタリー映画祭2023(山形市中央公民館/山形市民会館/フォーラム山形ほか、2023年10月5日~12日)でも、そのような作品にいくつか出会った。ここではそれら作品を通して、風景や場所についての映像作品について考えてみたい。

1:非政治的な風景──「風景論以後」展

東京都写真美術館「風景論以後」展 フライヤー


先述したような映像作品は、1970年前後の国内の映画言説において展開された風景論と、それを背景として制作された「風景映画」──例えば足立正生、佐々木守、松田政男らによる実験的なドキュメンタリー映画『略称・連続射殺魔』(1969)と、大島渚監督、佐々木守・原正孝(將人)脚本による劇映画『東京战争戦後秘話』(1970)──の類型であるといえる。風景論とは、永山則夫による連続ピストル射殺事件を契機として、評論家の松田政男をはじめとする複数の論者によって交わされた議論を指す★1。それは日本のどこにでもある均質化された風景(あらゆる地方の風景は、東京のコピーとなっている)を、権力の反映として読み解く権力論の一種であり、永山はそのような風景=権力に向かって弾丸を発射したのであると論じた。そして、永山が見たであろう日本各地の均質化された風景を、犯行の足跡を辿りながら86分間にわたって見つめ続けた映画が『略称・連続射殺魔』である。


足立正生/岩淵進/野々村政行/山崎裕/佐々木守/松田政男『略称・連続射殺魔』(1969)東京都写真美術館蔵


「風景論以後」展は、そのようなかつての風景論と「風景映画」の再考を企図して組まれている。展覧会の構成は、風景論以後の作家として選ばれた笹岡啓子、遠藤麻衣子、今井祝雄、清野賀子、崟利子の写真・映像作品を通過しながら、起源たる『略称・連続射殺魔』と『東京战争戦後秘話』[予告編]、そして若松孝二による劇映画『ゆけゆけ二度目の処女』[抜粋](1969)と、足立・若松によるプロパガンダ映画『赤軍──P.F.L.P. 世界戦争宣言』[抜粋](1971)、中平卓馬の写真作品に遡ってゆくというものであった。

風景論は、1970年前後の日本という枠組みに限定される議論ではなく、風景=権力の構造を分析するという点において、あらゆる時代と場所に開くことができる、普遍的なポテンシャルを備えた議論であるといえ、本展のコンセプトも風景論を現代に接続することを意図していた。しかし、ここでの現代への接続には、ある切断が仕込まれていることには留保が必要だろう。それは近年において、風景論の議論を継承する仕事に取り組んできたと見なせる作家や動向を外しているということである(例えば佐々木友輔、鈴木光など)。もちろん大急ぎで補足しておくと、キュレーターはそのような作家や動向は承知のうえで、1970年代以降の状況を捉えようとしている。そのうえで、ある種の逆説として選ばれたのが、一見すると非政治的な笹岡、遠藤、今井、清野、崟らによる写真・映像作品だった。この逆説としての非政治性とは何か。そもそも「風景映画」は、きわめてラディカルな政治的言説と不可分に生み出された、実践的なものであった。それに対して(原爆写真との関係性によって成立する笹岡の写真作品「PARK CITY」シリーズを除いて)本展出品作家らの作品はラディカルではないし、作品によってはモダニズム的ですらある。しかし、それらは政治的(あるいは社会学的)言説以前の個人的な生活の領域における、意識されることのない実践であり、ある風景のなかに異質なものを見出し、それによって均質化された社会空間に亀裂を走らせる。それは、まさに風景論に関わる実践である──本展に仕込まれた切断に積極的な意味を見出すなら、そのように説明することができるだろうし、これは『略称・連続射殺魔』を非政治的に読み直す契機ともなる。だが、そのような逆説としての非政治性への傾斜は、意識されることのない実践を、政治的には無力な状態のまま宙吊りにすることでもある。この非政治性は確かに1970年代以降の社会の状況の変化を反映するものだが、それらは「風景の外部に逃れることができない」という閉塞感を伴うものになっているように思えた。


東京都写真美術館「風景論以後」展示風景[撮影:中川周]


対照的に、展覧会の関連イベントである「風景論をめぐる映画特集」(キュレーター:平沢剛)のなかでは、1970年前後の風景映画に加えて、ジャン=リュック・ゴダールとアンヌ=マリー・ミエヴィルによる『ヒア&ゼア こことよそ』(1974-75)やストローブ=ユイレによる『早すぎる、遅すぎる』(1980-81)など、政治的な姿勢をダイレクトに押し出した映画が(時代との齟齬を意に介することなく)上映されていたことも付け加えておきたい。


2:距離の問題──山形国際ドキュメンタリー映画祭2023

山形国際ドキュメンタリー映画祭2023 ポスター[画像提供:山形国際ドキュメンタリー映画祭]


山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)は、隔年で山形市内各所を会場として開催される、ドキュメンタリーを中心とした映画祭である。映画祭の中心となるのはインターナショナルコンペティションだが、さまざまな特集プログラムも組まれており、ドキュメンタリーという用語の範囲を広く捉えようとする姿勢が打ち出されている。そのようなYIDFFで上映された作品のなかから、ここでは、ある風景や場所を主題とする作品として野田真吉(1913-93)の映画(「野田真吉特集:モノと生の祝祭」にて、38作品を上映)と、小田香(1987-)の映画(「アジア千波万波」にて『GAMA』[2023]を上映)を取り上げたい。


「野田真吉特集:モノと生の祝祭」フライヤー[画像提供:山形国際ドキュメンタリー映画祭]


野田は、風景論が議論された時代よりも遥か以前、太平洋戦争時から活動を開始したドキュメンタリー映画作家であり、戦後の左翼記録映画運動において、盟友である松本俊夫とともに中心的な立場で運動を牽引し、前衛的なドキュメンタリー映画の制作に取り組んだ人物である(後年は、民俗学的な祭事のドキュメンタリーにも取り組んだ)。それは、共産党の文化政策に従った社会主義リアリズム全盛期である1950年代において、言語化される以前の作家の無意識によって現実を捉え直し、ドキュメンタリーを更新しようとする試みであった★2。「風景映画」は、野田・松本らが取り組んだ新しいリアリズムを追求する運動がなければ登場し得なかったものであり、彼らの仕事に「風景映画」の原型を見出すのは難しいことではない。例えば野田の『まだ見ぬ街』(1963)は、冒頭と終わりに置かれた詩と、長崎で撮影された風景のショットによって構成された実験映画である。映画のなかで捉えられた長崎の街は、定型的な長崎の街のイメージからは遠く隔たったものであり、雑踏や街の細部(用水路、石畳、朽ちた壁、教会の装飾)が不安定なカメラワークと編集によって描き出されてゆく。ここで主題である長崎の街は、野田の映画的な操作によって変形され、普遍的なイメージに引き上げられている。


野田真吉『まだ見ぬ街』(1963)より


野田真吉『まだ見ぬ街』(1963)より


野田真吉『まだ見ぬ街』(1963)より


小田の『GAMA』(2023)は、太平洋戦争末期の沖縄戦において兵士と住民が混在して米軍から身を潜めた戦跡であるガマ(自然壕)を主題とした映画であり、「風景映画」として解釈することも可能な作品である。カメラは、ガマを案内するガイドの男性とともにガマの深部へと降りてゆき、暗闇のなかでガイドが自分の言葉で語り直した、数々の沖縄戦の証言を聞く(当時の混乱した異様な状況を知るために、ガイドが懐中電灯を消すという「暗闇体験」も再演される)。


小田香『GAMA』(2023)より © 2023 Toyonaka Performing Arts Center / trixta[画像提供:山形国際ドキュメンタリー映画祭]


『まだ見ぬ街』もそうだが、ある風景や場所を主題とする作品は、さまざまな演出によって、その場所のイメージに別のレイヤーを付与し、意味を操作する。それは、ある場所に付随する社会性・歴史性を素材化するということであり、この素材に対する映画的な操作にこそ作品の本質が集約されるといってよい。これは、操作が巧妙になればなるほど、ある場所において直接的に経験されるものを遠ざけてしまうという距離の問題を抱えている。『GAMA』の作品構造はその点において、大変興味深いものだった。小田は、メタ的な操作として、ガイドの男性によるパフォーマティブな発話そのものを、ガマの風景の一部として捉えている。それはストローブ=ユイレの方法論(歴史上の人物に扮した役者に、特定の場所でテクストを発話させる)とも通底するものであり、ある場所との直接的な距離を失うことなく、一定の操作を作品において実現していた。青い衣装のダンサーの登場という演出(上映後のトークによると、アンダーグラウンド・プロジェクトというシリーズで、各作品にダンサーが登場する設定があるらしい)は、この場所がもつ歴史性に対する有効な批評にはなり得ていなかったと思えるが、本作の基本的な作品構造は卓越したものだったといえるだろう。

風景や場所を主題とする「風景映画」的な映像作品は、これからもさまざまなアプローチによって取り組まれてゆくだろうが、作品内での社会的・歴史的な素材に対する操作が学究的な方向で増大するならば、それはリサーチの過程で得られた情報を多角的に提示するフォレンジック・アーキテクチャーのような、映像を用いたリサーチベースの作品に接近してゆくことになるだろう。それに対して、このエッセイで取り上げた距離の問題とは、その場所に付随する社会性・歴史性を掘り起こしながらも、最終的に、その場所において直接的に経験されたものに立ち返る方向にある。そのような映像作品は、ある場所での経験に立脚しながら、ある場所の多層性を示すものとなるだろう。




★1──風景論については、松田政男『風景の死滅』(田畑書店、1971)が代表的な文献であるが、ここでは端緒となったテクスト「密室・権力・風景」を追加収録し、平沢剛による解説も掲載された『風景の死滅 増補新版』(航思社、2013)を薦めておきたい。
★2──本文中での「戦後の左翼記録映画運動」とは、「記録映画作家協会」から「映像芸術の会」へと続いた、1950~60年代のドキュメンタリー映画運動を指す。詳しくは阪本裕文「機関誌『記録映画』について」(『「記録映画」 解説・総目次・索引』所収、不二出版、2015)を参照のこと。

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