フォーカス
芸術とカネ──経済不況に立ち向かうアートフェア
木村浩之
2009年05月01日号
アートバブルの終わりの始まりを、現代アートビジネス界の中心的都市、バーゼルにおける特殊事情を紹介しつつお伝えします。
アート・バーゼルと金融機関の危機
今日、経済不況を語らずしてアートについて論じることが出来なくなっている。
展覧会やビエンナーレなどの、売買とは直接的な関わりの少ない、展示発表が中心のイベントにおいても、バジェットの縮小などで急遽内容変更が余儀なくされたり、次年度予算が不透明なために開催計画を立てることすら難しくないっている。ましてやアートに値段をつけ、つり上げ、売買を行なうことが目的のアートフェアでは経済不況はまさに中心的なテーマである。数あるアートフェアのなかでも揺るぎない地位を築いているバーゼルのアートフェア(「アート・バーゼル」)では、最近の世界経済の行方に特に敏感になっている。
この経済不況が金融機関の危機に始まっていることと、アートバブルの崩壊とは必ずしも直接的な関わりはないかもしれないが、アート・バーゼルの存続は金融機関の危機とは大きく関わっているのだ。というのも、スイスUBS銀行(本社チューリヒ・バーゼル)がアート・バーゼルの単独メインスポンサーとなっているからだ。
日本の数ある近現代美術館のコレクションを量・質ともにはるかにしのぐUBSコレクション展(森美術館、2008年)などを通して、UBS銀行が現代アートに関心を示していることは広く知られることとなったが、UBS銀行が1998年にアート部門を設け、「アートバンキング」という新しいサービスまで行なっていたことはあまり知られていない。
そもそもプライベートバンキングなどの富裕層向け銀行サービスがあまり広まっていない日本では理解が進まないのは致しかたないことだが、銀行が個人の資産運用を積極的に手伝うサービスの一環で、美術品の鑑定、購入機会を探し、投資戦略や保険、輸送の準備までを扱うというものだ。
そんなUBS銀行だからこそ、アート・バーゼルのメインスポンサーでありえたのだ。それも、パブリシティ関係にはUBS銀行のロゴしか載らないほどの中心的な存在なのである。
フェア期間中には購入者層へのこういったサービスのみならず、販売側、つまりギャラリーをひとつずつ丹念にまわり、本国から離れた場所での迅速な入金の確認が行なえる口座の開設を勧める営業活動を行なっていたという。大金が一度に動く場所としてのアートフェアは、彼らにとって効率良くクライアントをつかむ格好のビジネスフィールドだったのだ。だからこそ、フェアの開催を長年支えてきたのだった。