フォーカス
ミラノサローネに見るデザインの新しい動き
土田貴宏
2009年05月15日号
今年のミラノサローネにおいて際立っていたのは、有力家具ブランドの動向やインテリアのトレンドとは距離を置いて活動するデザイナーの個性豊かな表現だった。彼らの活躍は、デザインの新しい価値観を創出しつつある。
経済危機の影響?
ミラノサローネは、世界最大規模の新作家具の発表の場として広く知られている。2009年は4月22日から約1週間にわたり、ミラノ市内で無数の展示が開催された。その核といえるのが、ミラノ近郊のフィエラで開催されるミラノサローネ国際家具見本市である。この本会場には、イタリアを中心に1,000社を超える企業が出展し、世界各国から約30万人もの人々が集まってくる。
今年のフィエラの状況が、昨今の経済危機の影響を少なからず受けていたのは間違いない。総入場者数は昨年に比べて約10%減にとどまったものの、有力家具ブランドの多くが新作の数を絞り込み、展示構成も地味さが目についた。昨年まで広大なスペースで展示を行なったポルトローナ・フラウ・グループがフィエラ出展を取りやめたのも、イタリアの家具業界が先行きに慎重であることを印象づけた。
しかし、だからといって今年のミラノサローネが総じて低調だったとはいえない。既存の家具産業の動向とは別のレベルで発展し活気づいている、各々のデザイナーの創造性に基づいた表現にフォーカスすれば、今年のサローネにも十分な収穫があった。
1970年代以降に生まれた若手の台頭
たとえばオランダ人デザイナー、マーティン・バースのエキシビション「REAL TIME」。人が手作業で時刻を表示する様子を撮影し、その映像を使った時計が発表された。掃除夫のような男性が2人で床のゴミを動かす時計の映像や、1分ごとに分針が書き直される柱時計など、いずれもプロダクトとしての時計のあり方にまったく縛られていない。1990年代にドローグ・デザイン(オランダの先鋭的なデザインレーベル)が登場したころから、ユニークなコンセプトに基づいてプロダクトの方法論を革新するのはダッチ・デザインの伝統になっている。バースもその流れのなかにいながら、表現はどこかストリート的で、現代アートとの共通性もうかがわせる。
マーティン・バースと同じように、セルフプロダクションに近い形態で自らの作品を発表するデザイナーは続々と増えている。ロンドンを拠点にするマルティノ・ガンパーは、昨年に続いてギャラリーニルファーで新作を発表。巨匠ジオ・ポンティのデザインをリミックスした家具シリーズが異彩を放った。またステュディオ・ジョブはキリスト教をテーマに据え、ユニークピースのステンドグラスや同じモチーフの陶磁器などを展示。確立した作風を貫きながら、メディアを問わず縦横無尽にテーマを展開していく手法は、村上隆からの影響を思わせる。スペイン出身でオランダで学んだナチョ・カルボネルもドローグ・デザイン、フェンディ×デザインマイアミ、ギャラリー・ロッサナ・オルランディの3カ所で展示を行ない、独特の造形感覚が注目を集めた。
以上はすべて1970年代以降生まれの若いデザイナーたちだが、日本から参加した新しい世代のデザイナーでは、タクラムのアイデアが興味深かった。これからヨーロッパで展開される東芝のLED照明のインスタレーションのために彼らが制作したのは、手で触れると心臓の鼓動のように震える電球型の明かり。インタラクティブ技術を用いた展示は珍しくないが、それを触覚と結びつけたインパクトは大きい。建築家の松井亮による空間の視覚的な幻想性との相乗効果も巧みだった。
一方、1970年代から活動するベテランのデザイナーの作品にも、強く惹かれるものは少なくなかった。ポスト・モダニズムの牽引者だったアンドレア・ブランツィやアレッサンドロ・メンディーニも活躍していたが、度肝を抜かれたのはガエターノ・ペッシェの新作「GLI AMICI」だ。動物をモチーフに、ソファ、椅子、スツールなど豊富なバリエーションが揃う。硬直する家具業界に野性を取り戻したいというペッシェの熱い意志が垣間見える気がした。