フォーカス

ミラノサローネに見るデザインの新しい動き

土田貴宏

2009年05月15日号

他ジャンルからのアプローチ/安定したクオリティの高さ

 こうして挙げたデザイナーの創造性は、これまでの家具やプロダクトのあり方から自由になろうという意志を感じさせる。また、それとは逆に、他の分野から家具やプロダクトに対して新たにアプローチを試みる動きも顕著だ。特に今年は、ファッションブランドのミラノサローネへの参加が話題となった。たとえばメゾン・マルタン・マルジェラは、家具や日用品の発表を予定するほか、インテリアデザインの受注も計画しているという。ミラノの同ブランドのショールームで行なわれた展示は、まだ発売されるプロダクトを明かさないティーザー型の展示だったが、モードの世界で磨かれた感性はきわめて新鮮に映った。
 あくまで私的な感想だが、今年のミラノサローネを特徴づけるアイテムや展示をピックアップすると、以上のようになる。とはいえ、もちろん新作家具の本流を行くようなプロダクトにも、ずっと眺めていたくなるほどクオリティの高いものが確かにあった。特にロナン&エルワン・ブルレックやコンスタンティン・グルチッチの新作は、例年の充実ぶりに対してけっして劣るものではなかった。ブランドでは、イタリアのモローゾとイギリスのエスタブリッシュト&サンズが多くの新進デザイナーを起用し、独自のヴィジョンを提示していた。
 そのようななかでも、ドイツ人デザイナーのステファン・ディーツがドイツのブランドe15から発表した椅子「HOUDINI」は忘れられない。木の椅子でありながら群を抜いて洗練されており、グルチッチのアシスタントとして数々の椅子を手がけたスキルが存分に発揮されている。大量生産を前提としたプロダクトとしての美が、しっかりと備わっていた。


メゾン・マルタン・マルジェラのショールームでのプレゼンテーション


気鋭のドイツ人デザイナー、ステファン・ディーツの「HOUDINI」
Ingmar Kurth, Martin Url

インダストリーからカルチャーへ

 こうして見ると現時点のミラノサローネは、ブランド主導のデザイントレンドの発信地としての役割を弱め、個々のデザイナーの表現の場へと舵を切りつつある。そしてデザイナーたちは、アートと違って社会との共感を目指す姿勢がベースにあるとしても、常にその境界を押し広げようと努めている。
 デザインにはもともと、インダストリーに結びついた面と、カルチャーに結びついた面がある。景気の後退は、前者から後者への価値観の移行を後押ししているようだ。ミラノサローネをすみずみまで見て歩きながら、国際的なアートフェアと似た空気をしばしば感じたのは、そんな変化が差し迫ってきた証のように思う。