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ビエンナーレの醍醐味──第53回ヴェネツィア・ビエンナーレ・レビュー

鷲田めるろ

2009年06月15日号

声のちからと、アーティストのネットワーク

 一人目は、セルビア館のKatarina Zdjelar。1979年ベオグラード生まれで、現在アムステルダムで活動している。4点の映像作品を展示しているが、どれも声によるコミュニケーションをテーマにしている。例えば、そのなかでもっともシンプルな作品では、日本人の女性がカメラに向かって、この作家の名前「Zdjelar」を繰り返し発音しようとしているものである。また別の作品では、男性が、ある外国語の音声を発音しようと何度も練習している。もっとも感動的だったのは、ノルウェーのごく普通の善良そうな中年の男性と女性が、ビートルズの「レボリューション」を合唱する練習をしている様子を撮った映像である。この映像が私の心に染みたのは、いくつかの要素が重なった結果だと考えている。ひとつは、英語という中心的な言語と、ノルウェー、セルビア、日本という周縁的な言語の関係。もうひとつは、ビートルズを介した自分の親の世代と自分の世代の関係。そして、かつて共産主義国家だったユーゴスラビアが解体して生まれたセルビアと革命の関係。この三者が絶妙に一致した結果、個人的にもっとも心動かされた作品になった。私の両親は、典型的な全共闘世代かつビートルズ世代である。生まれた時から、家にはビートルズのレコードが揃っており、小さな頃からそれを聴いていたため、英語の意味もわからないまま、たいていの歌は口ずさむことができる。ビートルズがネイティヴの英語で歌う歌詞は、いま聴いても聞き取れないものも多いが、ノルウェー人がたどたどしく歌う「レボリューション」の歌詞を聴いたとき、すべて意味を理解することができた。幼い頃から馴染んで来た音の固まりが別のものに変化した瞬間であった。この体験は、英語をネイティヴ言語とする人にはできないものに違いない。そのことに、1968年に対する感情が重なった。長い間、そして現在もだが、私にとって全共闘世代の闘争は理解できないものとしてある。特に中学・高校生だった1980年代後半は、反抗の身振り自体を軽蔑していた。しかし、気にかかる対象ではあり続けており、ここ数年は、この年代を理解するきっかけになる材料が社会的に多く出て来ていると思われる。自分のなかに、自分では理解しないまま入っているものに、触れさせる力がKatarina Zdjelarの映像にあった。そして最後に、その歌詞で歌われていると聞き取れたのが、革命の不可能性と、それにもかかわらずポジティヴな姿勢である。これがセルビアの状況と重なって見えた。


Katarina Zdjelar, The perfect sound, 2009


Katarina Zdjelar, Everything Is Gonna Be, 2008

 もうひとつは、デンマーク館とノルウェー館の展示である。エルムグリーン&ドラグセットが、両パヴィリオンをあるコレクターの家に見立て、家具など家のインテリアのセッティングを行ない、34組の作家の作品を展示した。うち、デンマーク館は、コレクションごと売りに出されている邸宅という設定がなされ、「不動産屋」によるツアーも行なわれていた。この展示の重要な点は、アーティスト同士による国を超えたネットワークが、明示的かつスマートな方法で示されていることである。アーティスト同士の関係は、利害関係が少ないため、価値観を共有する者同士の対等な関係となりやすい。この関係が、アーティストがイニシアティヴを取って運営するスペースという形式をとるなどして、現在では一定の重要性を示すようになっている。キュレーターのリサーチにおいても作家に別の作家を紹介してもらうことが効率の良い方法だったりもする。その重要性が、ビエンナーレにおいて、NPO団体を招聘するという無骨な方法ではない方法で示せていた点を評価したい。これまで、エルムグリーン&ドラグセットは、多くの興味深いインスタレーションを多くの国際展で制作しているが、このスマートさを発見できたことが今回の収穫であった。
 街中の展示も含めれば、とうていすべて見ることのできない量の作品のなかから、自分の多くの時間を費やす覚悟を持てるだけの作家を見つけ出し、その作家に実際に会う機会をうかがい、短時間のうちに作家にも自分のキュレーターとしての活動に関心を持ってもらえるようにすることが、キュレーターにとってのビエンナーレの醍醐味である。


Elmgreen & Dragset, the Collectors, 2009

第53回ヴェネツィア・ビエンナーレ

会場:ジャルディーニ地区、アルセナーレ地区ほか
会期:2009年6月7日(日)〜11月22日(日)

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