フォーカス

ニューヨーク2009年夏 現代社会のなかで共生するアートと都市

梁瀬薫

2009年07月01日号

 米国最悪の不況で冷え込むアート市場を横目に、ニューヨークではちいさなオルタナティブ・スペースでの展覧会やイベントが注目されているが、都市を舞台としたようなパブリック・アートは、この夏のアート・シーンの主役。

メトロポリタン美術館屋上庭園特別展示
セントラルパークから摩天楼に臨む銀枝──ロキシー・パイン

Roxy Paine on the Roof: Maelstrom

April 28, 2009 - October 25, 2009 (weather permitting)

The Iris and B. Gerald Cantor Roof Garden
http://www.metmuseum.org/special/

 これまで樹脂を使ったキノコなどの有機的な作品群を発表している、ブルックリン在住のアメリカ人アーティスト、ロキシー・パイン(Roxy Paine)の大規模な彫刻作品がメトロポリタン美術館屋上庭園に設置された。作品は《マエルストロム(大渦巻き、大混乱)》と題されたステンレス製の巨大な樹木で、セントラルパークを見渡す庭園いっぱいに銀色に光る複雑な枝が伸びている。同じような樹木が2本、昨年は23丁目のマディソン・スクエア・パークに設置され、そのミステリアスに延びる銀の木は、ニューヨーカーの話題を集めたが、今回の樹木は細かい枝がまるでジャングルのような、入り組んだ空間を作り出している。全米中の主要美術館などでもパブリック・アートを手がけてきたパインだが、この樹木はこれまでの作品中もっとも大掛かりなインスタレーションとなった。長さ40メートル以上、幅15メートルの長さの枝は、無数のパーツからなり、クレーンで屋上に運ばれ、溶接された。一つひとつのパーツはステンレスの単なるパイプだが、つながれた枝はうねりながら地を這う。
 セントラルパークの深い自然と、遠くの高層ビル群の光景は、ステンレスの無機質な肢枝の合間に、すっかり捕らわれている。銀の木は美しく、鋭い光を放ち、鑑賞者を魅了するが、枝は社会のネットワークや複雑に絡んだシステムを比喩し、自然との共存をダイレクトに啓示している。

Roxy Paine on the Roof: Maelstrom
Roxy Paine - Maelstrom (detail), 2009 = Stainless steel, courtesy of the artist & James Cohan Gallery /
Photograph: Sheila Griffin

ガバナーズ・アイランド オープン
360度海に囲まれた緑溢れる島でアートの宝探し

パブリック・アート展「PLOT09: This World & Nearer Ones」
6月27日から10月中旬ごろまで
http://www.creativetime.org/plot09

PLOT09: This World & Nearer Ones
PLOT09: This World &Nearer Onesより
Judi Werthein "La Tierra de los Libres" 異文化のアイデンティティーと現代社会における、その不理解をのずれを探求し続けているメキシコ出身のワーテインによる、両面から見えるビデオ・インスタレーション
筆者撮影

 マンハッタンからフェリーで約5分ほどの距離にひょっこり浮かぶ、ガバナーズ島(Governors Island)は、観光地図にも載っていない馴染みのない島である。1624年にオランダ人入植者が入手し、その後、英国、そして米国の手に渡る。1996年までは軍事専門の島として管理されていた。2001年に市が州から1ドルで買い取り、公共施設と教育機関としての開発を進めている。
 その島で今年は、パブリック・アートの大手組織のクリエイティブ・タイムが、島全体を使ってアート・プロジェクトをオーガナイズした。ローレンス・ワイナー、パティ・スミス、ジル・マジットを含む9カ国のアーティストによる19点のパブリック・アート作品が島のあらゆる場所に設置された。作品は島の歴史、自然、都市などがテーマとなり、ビデオやフィルムなどによるコンセプチュアルな作品が抜粋された。ディレクターのアン・パスタナク氏は「この島はドイツのミュンスターのようだと思いませんか? 小さな田舎町で開催されるパブリック・アートの祭典……1976年にはじめてこの島を訪れたときから、ここは最高のパブリック・アートの地だと思ってました」と説明。ミュンスターは10年に一度の国際的なアート・プロジェクトが開催されている街で、湖畔の緑が深い、ゆったりとした田舎町である。要塞や軍用牢獄、キャッスルがそのまま残っているこの島は、ミュンスターよりはるかに歴史の影が濃いが、パブリック・アートのサイトにはうってつけであることは確か。島の中には何十年も廃墟となっているシアターや、歩兵専用の住居地区、教会などがそのまま残されている箇所が多々あり、まるで映画のためにセットされたゴーストタウンを思わせる。

PLOT09: This World & Nearer Ones
PLOT09: This World &Nearer Onesより
左:島から眺めるマンハッタン 右:廃墟となった歩兵たちの居住地と遊び場
ともに筆者撮影

 「アメリカ人の約30パーセントは幽霊を信じている」というエドガー・アルセノーは、「サウンド・キャノン、ダブルプロジェクション」というタイトルの小さな音の作品で廃屋をゴーストハウスとした。廃墟となった歩兵居住地区をサイトにしたトゥー・グリーンフォートの『ニュー・アメリカン・センチュリー』、古いシアターで上映されているブルース・ハイ・クオリティーによる『アイル・オブ・ザ・デッド』もフィルムと現実との関わりが興味深いミステリアスな作品だ。ミュンスターのアートの祭典のような派手な彫刻や大掛かりな作品はないが、天気のよい夏の週末に小さな島の中の廃屋に、どきどきしながら迷い込んでみるのも一味違ったアートの体験だ。

PLOT09: This World & Nearer Ones
PLOT09: This World &Nearer Onesより
左:Edgar Arceneaux "Sound Cannon Double Projection" エドガー・アルセノーのゴースト・ハウスに残されていたキッチン風景
右:Guido van der "Number Four and Number Seven" 「この世における可能な限りの想像上のシナリオ」だという、2つのフィルム・インスタレーション
ともに筆者撮影