フォーカス
ニューヨーク2009年夏 現代社会のなかで共生するアートと都市
梁瀬薫
2009年07月01日号
ドキュメンタリー映画『ハーブ&ドロシー』一般公開
現代アートを愛し続けた、ニューヨークの伝説の現代美術コレクター
Herb & Dorothy
http://www.herbanddorothy.com/
トランシルヴァニア国際映画祭でも上映された、日本人女性監督佐々木芽生によるドキュメンタリー映画『ハーブ&ドロシー』が全米各地で公開され注目を集めている。
「ハーブ・アンド・ドロシー」はハーヴァート・ヴォーゲル(Herbert Vogel)とドロシー・ヴォーゲル(Dorothy Vogel)夫妻のことで、1960年代からずっと現代美術作品を蒐集し続けてきたコレクター。この夫妻は当時からずっと「アート界のマスコット」として多くの作家たちから愛されている。夫のハーブは郵便局員、妻のドロシーは図書館で働く、ごく普通のカップルだ。マンハッタンの小さなアパートに猫や亀たちと暮らす。給料のなかから購入できる範囲のアート作品、そしてアパートに収まる作品というのが条件なのだが、彼らの4千点以上を超えるコレクションは、クリスト&ジャンヌ=クロード、チャック・クロース、リチャード・タトル、ソル・ルウィットなどなど、いまや現代美術史に残る名高い作家の作品ばかりなのだ。作家のスタジオに訪ねるだけでなく、画廊での新人作家展にも足しげく通う。何度も見て、考えて気に入ったら購入するというポリシーだ。投機目的で作品を蒐集したことは一度もないという。もちろん気に入っても購入できない作品もあったという。ある日、まだポピュラーではなかったクリストに興味をもち、スタジオに電話をする。
「あのハーブ&ドロシーから電話よ。これで家賃が払えるわよ」とジャンヌ=クロードは興奮して電話越しにクリストに伝える。そしてスタジオに夫妻は訪れるが、実際には作品はすでに彼らには手が届かない額だった。「クリストのスタジオに行ったときはもう遅かったの。私たちが購入できるプライスではなくて泣く泣くその日は帰りました」、というようなエピソードがふんだんに盛り込まれている。
夫妻が一般的に知られるようになったのは、1992年にはワシントンDCのナショナル・ギャラリー美術館に作品を寄贈することになった時点だろう。ミドルクラスの素人のカップルが、何千点もの現代美術作品のコレクションを国立の美術館に寄贈するということだけでもニュースだが、当時無名だった作家の蒐集をしてきた彼らの審美眼は高く評価された。あの小さなアパートにどうやって作品が蒐集されていたのか、誰もが興味を持つだろう。夫妻が小柄だということは大きなメリットだが、トイレに行く隙間もない。夫妻の親戚たちは寄贈が決まったときには「これでソファーに座ってゆっくりできる」と思ったそうだ。ところが、「スペースができたから」と、また蒐集を続けたのである。ヴォーゲル夫妻の蒐集はバブルがはじけた今、アートとは何か、という本質を考えさせられる。映画の初公開の日、夫妻は「今は画廊が何百もあって、コレクターは気に入った作品を探すのは大変だと思う」とコメントしていたが、アートを愛していれば、いつの時代にも自分自身のコレクションはできるはず!
夏のおすすめ展
画廊では企画展や新作展ではなく、取り扱い作家たちによるグループ展が多くなる夏休みだが、今年は海外の新人作家による展覧会やユニークなワークショップが楽しい。お薦展覧会をピックアップ。
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