フォーカス
「夢の時代」のデザイン
柏木博(デザイン論・デザイン史/武蔵野美術大学教授)
2009年11月15日号
対象美術館
デザインから時代を読み取る
ヴェルナー・パントン(1926〜98)について少々紹介しておこう。彼は、北欧出身のデザイナーとしては、他の北欧デザイナーと少し異なった雰囲気のデザインを多く手がけた。たとえば、デンマークの家具デザイナー、ハンス・ウェグナーやボーエ・モーエンセンなどが、木の素材を生かした北欧の典型とみなされるデザインを手がけているのに対し、パントンは、プラスティックや金属といった素材を多用し、また、きわめて人工的な形態のデザインを特徴としている。パントンのデザインは、地域ではなく、時代の感覚と強くかかわっているといえよう。実際、今回の展覧会ではそのことがはっきりと示されている。
パントンは1926年、デンマーク中部にあるフェーン州の州都に生まれている。技術学校を出た後、コペンハーゲンの大学を卒業し、50年から52年にかけて、建築家のアルネ・ヤコブセンの事務所で仕事をした。ここでは、後年の時期、膨らますことのできる(インフレイティブ)家具といった実験的なデザインを手がけた。
55年、パントンは、スイスに自分の事務所を設立し、独立する。この年に、曲げ木の椅子や、マルセル・ブロイヤーの金属パイプの椅子で知られるトーネット社が、パントンのデザインによるラミネートした木製のジグザグ・チェアをプロデュースした。ジグザグ・チェアは、オランダのデザイナー、ヘリト・トーマス・リートフェルトが1932年にデザインした、横から見るとその愛称どおりジグザグの形状の木製の椅子である。オランダの芸術運動デ・ステイルに参加したリートフェルトらしく、幾何学的で抽象的なフォルムにデザインされている。この椅子をパントンは、リデザインしたのである。いわば、本歌どりということになる。リートフェルトへのオマージュということなのかもしれない。
リートフェルトのジグザグ・チェアからの本歌どりデザインは、これで終わらなかった。68年に、スイスのバーゼルにあるヴィトラ社で、パントンは合成樹脂FRPを使った一体成形の有機的な形態を椅子デザインすることになる。これが、「パントン・チェア」である。たしかに、横から見た形態はジグザグ・チェアの名残がある。しかし、すでに直線ではなく曲面によって構成された、まったく別のデザインになっているともいえる。この椅子は、鮮やかな色彩のバリエーションがあり、オリジナルのジグザグ・チェア同様、スタッキングが可能になっている。
FRPによるパントン・チェアは、いかにもパントンのデザインの特徴を表わしている。パントンのデザインは、多くの人々が「未来的」と称している。それは、人工的で有機的なフォルムと鮮明な色彩を使っているところからくるのだろう。パントン・チェアのデザイン以前に、パントンは、59年、デンマークのフリッツ・ハンセン社で製作した「ハート」と呼ばれるシリーズの椅子をデザインしている。この椅子は、背後から見ると、ハートの形状にデザインされ、曲げ板金でフォーム材を伸縮加工しそれを繊維素材で被ったものになっている。この椅子のデザインもまた、きわめて人工的な形態で、この時代の未来志向が反映されている。
60〜70年代に、パントンは、ルーバー社で、「ハンギングシャンデリア」をデザインしている。このデザインは、天井からクローム加工した球をつり下げたもので、それが原子構造を見せる模型のようだといわれた。それもまた、どこかしら科学的未来のイメージを感じさせたのである。
ネオ・モダニズムの時代
今回の展覧会はこうした流れを、コンパクトにまとめて見せてくれる。
パントンのデザインは、批評家のあいだではネオ・モダニズムと呼ばれたりもする。これは、イタリアの60年代におけるジョエ・コロンボ、マルコ・ザヌーゾといったデザイナーによる作品などをも示している。フランスのオリヴィエ・ムールグなどにも共通するものがある。ちなみに、ムールグは、スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』における家具デザインを担当している。
まさに宇宙時代の夢のデザインといっていいだろう。パントンは、北欧で生まれ、ヤコブセンのような北欧モダニズムの建築家のもとで仕事をしたが、そしてリートフェルトのモダンデザインに敬意をはらいつつも、特有なデザインを実現したことがこの展覧会から理解できる。