2022年05月15日号
次回6月1日更新予定

フォーカス

ハイブリッド・メディア、物質性、日常性

光岡寿郎(東京大学大学院/日本学術振興会特別研究員)

2009年11月15日号

スクリーンの物質性

 まず気になっていたのが、ソフトウェアが指揮をとる映像制作環境において、クリエイターが制作を行なう物理的環境に生じている変化だ。それは、認識論的、空間論的変化といった大仰なものではなく、素朴に従来に比べ、映像制作に関わるクリエイターの多くがスクリーンの前に座って作業しているという事実だ。このように制作環境が均一化する過程で、スクリーンという物体が個々のクリエイターにとってどのような意味を持つに至ったのかという問いである。例えば、現在抱えている工程のメモがスクリーンにどのように張られているのか、オフの時間にはスクリーンを布で覆っているのか、さらにはその横には家族の写真があるのか、そしてその写真は本物の写真なのか、もしくはデジタルフォトフレームを利用しているのかといった一見些細な問いである。というのも、一般的にメディア研究はテクノロジーに対する誘惑には抗しがたく、まず技術決定論的な議論が先行し、その技術革新の影響は装置としてのメディアが設置された物理的な空間に媒介されているという視点は見落とされる傾向があるからだ。恐らくクリエイターにとって、スクリーン及びその周辺には、映像作品に込めたものとは異なる意味でアイデンティティが物質的に凝集しているはずで、それは1980年代入って、ようやく家庭に設置されたテレビが部屋に占める位置、装飾、そしてそれらの集合体が家族の集合的記憶をどのように反映しているのかといった研究の延長線上にも位置する★1。そこには、ソフトウェアによって個人が複数の工程を一人で賄えるようになった結果、映像制作の過程で共同制作から個人作業への移行が進み、ある種の個人的な記憶がスクリーンに反映されていくという過程が見出されうる。実際、アメリカのメディア研究者のアンナ・マッカーシー(Anna McCarthy)は、このようなスクリーン周辺に成立した物理的環境を「Geekospheres」というコンセプトで分析している★2

公共空間のハイブリッド・メディア化

 さらにもう一点、日常生活のなかでは公共空間のハイブリッド・メディア化が進んでいる。近年この傾向が顕著に出ているのは電車の車内だ。ソフトウェアが可能にしたモバイル・メディアの多機能化を反映するかたちで、車両内のメディア環境は急速に変化しつつある。かつての携帯情報端末であった新聞や文庫本は、携帯電話、iPhoneそして将来的にはkindleといったモバイル・メディアによって置き換えられ始めている。さらに従来、電車はある意味では、駅から駅(ノードからノード)へと搭乗者や貨物というコンテンツを伝送するメディアであったのに対して、現在は車両自体が移動する情報のノードになりつつある。というのも、携帯電話やiPhoneを通じて搭乗者は会社のサーバーと情報をやりとりしたり、海外の友人とのチャットを楽しんだり、オンラインショッピングをしているからである。加えて、子どもたちが手にするニンテンドーDSやPSPといったガジェットもまた情報通信機能を備え、車両内でゲームのデータのやりとりが誰の目に留まることもなく行なわれている。恐らく、電子的な情報の流れだけを可視化したとき、インターネットの網の目と電車の車両内を通じた網の目に本質的な差異を見出すことは難しい。これもまた、ソフトウェアによるメディアのハイブリッド化が物理的な空間に影響を与えている一例である。そして、このような影響は電車に限らず、空港やショッピングモール、そしてミュージアムにも及んでいる。
 マノヴィッチのソフトウェアの発達を基礎にメディアの変化をとらえる視点は、その中心的な要素を成すDeep Remixabilityに明らかなように、メディアの物質的な規定性を取り払う志向性を持っている。そして、この議論は制作の側面においては有効で、ソフトウェアによって可変的変数をコントロールできるからこそ、Variable Formのセクションで紹介されたような連続性のある空間や建築が成立するのである。ただし、マノヴィッチの描くメディア環境の変化は、建築や映像のようなクリエイティブな側面においてだけでなく、むしろありふれた日常的な生活空間に対しても、新たな物質的規定性をともなった変化を与えているように見える。そして、恐らくこのような問いが、当セッションからメディア研究が引き受けていくべき新たな挑戦なのではないだろうか。


Variable Formのセクションで紹介された連続性のある空間や建築
提供=ヨコハマ国際映像祭2009

★1──Ondina Lead, 'Popular Taste and Erudite Repertoire: The Place and Space of Television in Brazil', Cultural Studies Vol.4(1),1990はその好例である。
★2──Anna McCarthy, 'Geekospheres: Visual Culture and Material Culture at Work', Journal of Visual Culture Vol.3(2), 2004.

ヨコハマ国際映像祭2009

会場:新港ピア、BankART Studio NYK、東京芸術大学大学院映像研究科馬車道校舎、他サテライト会場
会期:2009年10月31日(土)〜11月29日(日)

文字の大きさ