2022年08月01日号
次回9月1日更新予定

フォーカス

2010年代の予兆──「絵画の庭──ゼロ世代日本の地平から」展レビュー

林 洋子(美術史研究、美術評論/京都造形芸術大学准教授)

2010年03月15日号

 これほど大規模な、日本人による「絵画」だけに絞った、美術館でのグループ展を近年、見た記憶がない。28作家による、具象傾向を中心とした絵画約200点、しかもほぼすべてが2000年紀以降の近・新作である。しいて言えば、東京国際フォーラムのような見本市会場でのアートフェアに近い印象で、見れども見れども仮設壁で仕切られたブースが続く。けれども、ひとりに割り当てられたスペースは豊かで(個展の集合体のようだが)、作品に値段もついていない。国立国際美術館の地下三階の企画展スペースに加え、地下二階のコレクション用スペースまで使った全館一斉展示である。中之島へ「新築移転5周年」を機に、これだけの数の絵画が一堂に、のびやかに会したのである。

「庭」めぐりの醍醐味

 「絵画の庭」という、テーマ設定をあえてすり抜けたようなタイトルで、会場にはテーマ展特有の物語性の演出は見られない。企画者の、何人かの作家への思い入れの多寡をうっすら感じさせるスペースの割り当てのなか、突出して最年長の草間彌生、1956年生まれのO JUNからもっとも若い1984年生まれの厚地朋子まで、ほぼ平等に並べられている。出品作家は1970年代初頭の生まれを前後として、ゆるやかに二つのグループに分けうる。O JUN、小林孝亘、長谷川繁、杉戸洋ら、前者の大半はすでにこの美術館での展示や収蔵歴を持ち、留学や国内外の美術館での経験にも富んでいる。展示も2000年代初期の所蔵作品と近作を並置して、近年の変化を見せる意識が感じられた[図1]。森千裕、小沢さかえ、坂本夏子らの後者は、90年代半ば以降に出てきた新世代ギャラリストの画廊で展示経験を持ったり、VOCA展などで受賞した、いわゆる「ゼロ世代」が中心である(この世代の当落[セレクション]の逐一を議論するのは不毛だろう)。なかでも、ドイツ生活が長く、日本での本格的な発表が初めてという、牧嶋武史の童話風でありながら骨太な絵画が印象的だった[図2]。二つの「世代」(60年代生まれの作家が少ないのが特徴)はモティーフ別でも作風の近似でもなくシャッフルされ、第一室の加藤泉から最後の長谷川繁まで、来館者は「七福神」めぐりならぬ「二十八作家」めぐりの回遊の旅へと誘われる。わざわざ回遊と書いたのは、建築の構造上、いちおうの順路があるにせよ、どう見るかは自由で、逆回りでも支障はない。企画者がひそやかに仕組んだ、隣同志、道行き順での個性の差異、思わぬ共振や反発、混沌を体感するのが「庭」めぐりの醍醐味となっている。
 なかでひとり、特別なステイタスを得ていた、中心的な磁場となっていたのは、奈良美智だろう。ポスター、チラシのメイン・イメージを担った《The Little Judge》(2001)は、奈良本人が旧作ながら、わざわざ本展に提案してきた作品という。この一点だけが、個人ブースから離れ、展示室に入る地下二階吹き抜けの壁を飾っていた[図3]。壁面高めに意識的にかけられたこともあって、画面の暗闇のなか、少女が右手に持つ赤い絵具の付いた絵筆はほのかに光をまとい、希望の燈明のように感じられる。奈良の「描くこと」への深い思いと筆=腕一本で勝負する決意を込めた作品を冒頭に掲げることで、この展覧会が「描くひと」への励ましと「描かれた絵画を見るひと」への誘いを願うマニフェストともなっていた。


図1──杉戸洋《two tree songs》2006
アクリル絵具、膠、カンバス、280.0×450.0cm、国立国際美術館蔵
図2──牧嶋武史《REPLAY》2008-2009
Gallery Luis Campaña,Berlin/Cologne蔵, photo: Achim Kukulies countesy of Gallery Luis Campaña,Berlin/Cologne


図3──奈良美智《The Little Judge》2001
個人蔵、 ©Yoshitomo Nara
photo: Yoshitaka Uchida, courtesy of Tomio Koyama Gallery

美術館顧客の世代交代

 美術関係者から学生、一般人まで幅広く感想を聞いたが、かなりばらばら。これだけ作家数、作品数があると、鑑賞体験の多寡、嗜好にもかかわらず、好きな作家も嫌いな対象も無理なく見出しうるものらしい。会期前半でも、一日1,000人程度の来館者を平均して得ていたのには驚いた。主催に朝日新聞社が入っていることもあって、年末から奈良作品を使ったポスターが鉄道の駅など市内各所に掲出され、新聞紙面でも連日のように広告を見かける。ただ、新聞の読者層がこうした観客層に直結しているとも思えない。あきらかに、国立国際美術館はこの冒険的な企画によって新規顧客を開拓したようである。まず単純に出品作家数が多いため、その親族や友人知人が自然にやってくる。それが口コミやネット経由で広がり、大阪の中心部に移転した利便性も客足を加速する。
 このところ、地方の公立美術館でも現代美術の独自企画展が出てきて、それなりの観客数が入ると耳にする。各館での活発なワークショップ経験やトリエンナーレ系の行事、大都市圏で学んだ学生の還流など、要因はいくつもあるだろう。戦後の展覧会ブームを支えてきた「昭和教養主義世代」の高齢化が進んだ今日、美術館の顧客層の世代交代が今後いっそう進む。その過渡期にあって、「絵画の庭」展は国立館での作家も観客も若い層の取り込みを自覚した、思いきった試みと記憶されるはずだ。鈍器のような、300頁を超えるカタログも、作家解説、略歴、「関連年表:絵画展を中心にした日本の美術動向 1995.1-2009.10」がすべて日英併記で、出品作家たちの今後の海外展開に大きく資すること間違いない。国立館が高い敷居を守るのではなく、若い表現者に展示の機会を設け、作品を収蔵し、国際的な活動を支援していくことも、館の使命、基本的な国の文化振興政策のひとつという認識の表われと見た。

 いずれにせよ、東京や京都の美術館ではなく、「近代美術館」建設計画すら年来停滞する大阪という地盤で、いかにしてこうした企画が実現したのか、感慨深い。大阪という場がどう影響しているのであれ、いまの国立国際美術館には専門家館長の存在に加え、これだけの作家との交渉と全国各地からの集荷を一気にこなしうるプロフェッショナルで柔軟な人材が揃っている反映ともいえるだろう。
 最後に、この展覧会が2000年以降の具象傾向を軸としつつ、村上隆が入っていないことを意外に思った人も多いだろう。美術館からのオファーを本人が辞退したと、カタログ論文に正直に述べられている。おそらく当初輪郭があいまいだったこの企画は、村上という90年代のフロント・ランナーから近年プロデューサー的な色彩が強い存在が外れたことで、かえって「ゼロ世代」の創造への混沌としたエネルギーと2010年代への予兆を浮かび上がらすことができたのかもしれない。

絵画の庭──ゼロ世代日本の地平から

会場:国立国際美術館 B2、B3展示場
大阪府大阪市北区中之島4-2-55/Tel. 06-6447-4680
会期:2010年1月16日(土)〜4月4日(日)

フォーカス /relation/e_00007387.json l 1212945

文字の大きさ