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街とアートと人がともに成長していく美術館──Arts Towadaグランドオープン・レビュー

白坂由里(美術ライター)

2010年05月15日号

 桜の開花が例年より1週間ほど遅れていた。4月23日、雨模様の青森。東北新幹線八戸駅からバスで約40分、空き店舗が散見される十和田市中心市街地の商店街を抜け、官庁街通りへ。国の出向機関の統廃合などで空地化した官庁街通りの景観の保全と街の活性化をめざし、2004年、この官庁街通り全体を美術館と見立て、アート作品の展示やアートプログラムを実施する「アートによるまちづくり」プロジェクト「Arts Towada」が構想される。2008年4月、その中核施設となる十和田市現代美術館が開館。続いて2010年4月24日より、美術館周辺の空地を公園化した「アート広場」に体験型の大型彫刻作品、官庁街通り歩道に設置したストリートファニチャー(ベンチ)型アート作品が公開となった。10組のアーティストと建築家による、アート11作品と建築1作品。これをもって「Arts Towada」がついにグランドオープンを迎えた。十和田市現代美術館は、2008年度に17万2,197人(うち有料入館者11万3,185万人)、2009年度に18万795人(うち有料入館者13万3,741人)を動員している。このゴールデンウィーク中の5月1日〜5日にはのべ2万8人が来場した。「街が明るくなった」という声も何度か耳にした。2010年12月に東北新幹線七戸十和田駅が開業すれば交通の不便さも軽減される。


十和田市現代美術館とアート広場
photo: Courtesy Arts Towada

体験型のアート広場とストリートファニチャー

 翌日は青空の下、美術館の向かいに位置するアート広場で、出品者である草間彌生、インゲス・イデー、リュウ・ジァンファ、マウントフジアーキテクツスタジオも出席して記念式典が行なわれた。新しいアートを一目見ようと大勢の市民や観光客が訪れ、広場周辺には人力車が待機し、屋台も並ぶお祭りムード。
 エルヴィン・ヴルムのもこもこと太った《ファット・ハウス》の中では、「家はアートか」「太ったアートなんてありえない」などと、家がつぶやく映像に思わず笑ってしまう。「これがアートなの?」と問いかけ、一緒に考えようとする姿勢が好ましい。インゲス・イデーのおばけの形をした巨大彫刻は、浮遊するように立つ。その向かいに西沢立衛建築の白い箱型のトイレが設置され、男性トイレから見ると、窓から小さなおばけが覗いているのがわかる。R&Sie(n)の洞窟のような彫刻の内部では、現実とは別次元の自由な仮想空間をテーマに、催眠術師の語りを聞いている人の顔の映像が流れている。夜には、ジャウメ・プレンサの光を放つ石彫が風景を変える。


左=エルヴィン・ヴルム《ファット・ハウス》《ファット・カー》
右=左から:インゲス・イデー《ゴースト》《アンノウン・マス》、西沢立衛《トイレ》

 草間彌生のカラフルな《愛はとこしえ十和田でうたう》は、《十和田のハナコちゃん》、犬の《トコトン》《リンリン》《ケン》、《太陽のキノコ》《十和田で発見された私の黄色いかぼちゃ》など8点の彫刻からなる。犬の背中を子どもたちが撫で、キノコのかさの下で、大人が休んでいる。汚れやしないかと余計な心配をしてしまうが、それくらい鑑賞者に開放されている。「色づかいが独特ねえ」などとにこやかに話し合っている3人連れの年輩女性は、ニュースを見て地元から駆けつけたという。
 館内では、少女期のドローイングから新作インスタレーションまでをたどる企画展「草間彌生 十和田でうたう」が開催中だ。市街地の商店街の空店舗では写真展を開催し、洋品店では60年代後半にニューヨークで行なわれたハプニングの記録映像を上映。当時の日本では草間作品が評価されていなかったことを想像しながら、自身や他者の生を肯定し励ますような、ハナコちゃんの愛の世界をつくるに至った作家の境地を思った。オープニングパーティーや式典で「希望、平和、反戦のために求道の花を咲かせたい。明日も輝いた日を迎えてほしいと切に願っています」などと語り、自作の歌も披露。アート広場で作品と戯れる人々の姿に感慨深げだった。


左=草間彌生《愛はとこしえ十和田でうたう》 ©Yayoi Kusama
右=まことクラブ(遠田誠、森下真樹)がパフォーマンス

 ストリートファニチャーでは、バス停に、カラフルなタイルを組み合わせたマイダー・ロペスのベンチが置かれた。ただ座るだけでなく、別の使い方を編み出すことも可能だ。
 マウントフジアーキテクツスタジオの鏡面のベンチは、設置場所に合わせてプランを募った今回の全作品のなかで、周囲の景観と人々を一番受け入れていると思う。折り曲げた薄いステンレスの面と面を重ねて支えあうことで自立し、腰掛けると、樹々の景色に自身が囲まれたようになる。母と娘、小さな子どものいる家族、老夫婦、通りがかる人々が足を止めて見入ったり、写真を撮ったり。座面に映るまだ蕾の桜の枝は、歩み出した「Arts Towada」を象徴するようでもあった。


マウントフジアーキテクツスタジオ 《イン・フレークス》

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