フォーカス

ニューヨークのクールな夏のショウケース

梁瀬薫

2010年08月01日号

 世界中からの観光客で活気づく夏のニューヨーク。セントラルパークでの野外コンサートやストリートパフォーマンス。そして主要美術館もこの時期に合わせて大きな展覧会を企画する。開館と同時に列ができる、最も話題となっているメトロポリタン美術館の屋上庭園のスタン兄弟の竹のインスタレーションやグッゲンハイム美術館での写真やヴィデオ作品による「幽霊」展をはじめ、エンターテイメント性の強いショーが人気だ。現代アート界の超大物画商ジェフリー・ダイチが来年1月からロサンゼルス現代美術館の館長に任命されニュースとなっているが、画廊でもキュレーターを適用したり、美術館でもショービジネスが盛んな今、ビジネスと文化が混合し美術館といった境界線はますますなくなってきている。街中のパブリックアートも華やかになり、アスファルトから照り返す強烈なヒートも苦にならない。

オリエントのアートがスパイスを効かせた「ヒート・ウェイヴ(熱風)」展

Heat Wave
2010年7月30日まで
Lombard-Freid Projects(531 West 26th Street)

展覧会展示風景[画廊提供]

 チェルシーのロンバード=フリード・プロジェクツが企画した「ヒート・ウェイヴ」は、中近東や東南アジア、インドなどの若い国際的な作家6人を起用したマルチ・カルチャーな展覧会となった。インドネシア出身のエコ・ヌグロホは、カートゥーンのフラットな表現方法で巨大な壁画から、ビデオ、ドローイング、刺繍、小さな指人形まで、さまざまな素材を駆使し、時代にフィットするような、自分のスタイルを確立している。2009年には広島現代美術館で開催された異界をめぐるアジアの現代美術展「どろどろ、どろん」にも出品している。今展で印象的だったのは、パキスタン生まれのバニ・アビディの写真作品だ。リオン・ビエンナーレや光州ビエンナーレなどの国際現代美術展などで評価を高めているアーティストである。今展では独特な光色によって、空間に雰囲気と不思議なまでの静寂をもたらす印象的な写真作品を披露した。モチーフはカラチの住人。それぞれのタイトルからイスラム教のラマダーンの月に撮影をしていることがわかる。シーンは夕暮れのひとけのまったく無いストリート。なぜかアイロンをかけている女性がいる。アビディーは家という囲いを取り払い、日常の雑用をする人をストリートに置いたのである。家事をする、あるいは家の中でくつろぐ人々は、ストリートでは孤独で、孤立している。撮影された人々は、ヒンズー教かキリスト教に属す、つまりはこの街のマイノリティーなのだ。一点一点の写真作品には、異文化間、異宗教感の緊張感が明らかに捉えられている。ほかに、レバノン出身のムーニラ・アル・ソルのビデオと写真による、戦争を経験したベイルートの中年男性たちのストーリー。戦争の理不尽さを主題にしたイスラエル出身の女性作家ノア・チャルヴィのガザの破壊された風景絵画とマヤ・シンドラーの白い旗とメッセージによるコンセプチュアルな作品、そして『バットマンvsバットマン』というタイトルの怒りに満ちた、しかし漠然とした、トルコ出身のフィクレット・アタイのビデオ作品(作家の故郷がコミックのバットマンと同名で、昨年制作会社ワーナー・ブラザーズを起訴)など。


Eko Nugroho, Habitat Beras #3, 2009
ecoline on paper, 10.63 x 13.58 inches, 27 x 34.5 cm


Bani Abidi, Pari Wania, 7:42 pm, 22 August 2008, Ramadan, Karachi, 2009
archival inkjet print, 25 x 36 inches, 63.5 x 91.4 cm


Maya Schindler, Flags, 2010
acrylic paint on vinyl and fiberglass armature, dimensions variable

パブリック・アートの原点「イベント・ホライズン」アントニー・ゴームリー

EVENT HORIZON
2010年3月26日〜8月15日
マディソン・スクエア・パーク


写真提供:The Madison Square Park Conservancy

 5番街と23丁目、チェルシーとグラマシー・パークのちょうど中間地点にあるフラット・アイアン・ビルディング。ダウンタウンのランドマーク建築として知られるビルだ。その美しいビルを望むマディソン・スクエア・パークは、19世紀には深緑の公園として親しまれていたが、70年代以降の不況下のニューヨークでは、他の公園同様に、ドラッグ・ディーラーとホームレスが占領する、危険な場所と化してしまった。そして、10年前にようやく市が大々的な改革に乗り切り、約2年がかりで公園を蘇らせ、パブリックアートが設置されるようになり、今では、マンハッタンのオープン・ギャラリーとして、アートの名所として生まれ変わった。毎年異なるアーティストによるパブリック・アートが展開されている。この夏展示された、アントニー・ゴームリーの『イベント・ホライズン』は、ブロンズ色の等身大の(自身の身体を型取ったもの)人物像が公園内だけでなく、周囲の歩道や、高層ビルの上などに31体設置したもので、公園の内外を行き交う人々の注目を集めていた。歩いていると突然現れるヌードの男性像に、戸惑う人や、一緒に写真を撮る旅行者、ビルの上に唐突と立っている像を見上げる人に連鎖して、立ち止まる通行人などなど、記念碑的な彫刻作品と違って、作品がダイレクトに人々と関わっている。この作品は2007年にロンドンのヘイワード・ギャラリーの展覧会のために制作された作品で、テイムズ側の南岸に沿って、橋やストリート、ビルの屋上に設置された。ゴームリーは巨大な屋外彫刻「北方の天使」で世界的に知られているイギリスの現代彫刻家で、これまでにも世界各地でパブリック・プロジェクトを手がけてきた。ニューヨークでのパブリック・アートはこれが初めてとなった。ロンドンでの作品と同じものだが、ニューヨークでの設置では摩天楼を意識したというゴームリー。「空間も人々も他の都市とは異なるニューヨークでのプロジェクトがどうなるのか、見当がつかなかった。作品がどのように見えて、どのように感じられるのか。ビルの屋上に設置する彫刻はぎりぎりまで、ビルの先端に近づけたかったし、地上の設置では屋外彫刻作品の典型的な設置場所は避けたかった。この作品には人々に見つけてもらう、あるいは探し出してもらうというコンセプトがある。それは、この世界における自分を、もしかしたら再評価することかもしれないし、逆に言えば、埋もれてしまった誰かの像を誰かが、もう一度認識することへの第一歩かもしれない」。


ともに写真提供:The Madison Square Park Conservancy

  • ニューヨークのクールな夏のショウケース