フォーカス
気になるチェルシー界隈の画廊展をピックアップ アートシーンを系統づけるのはマルチ社会のシアトリカルなマルチメディア
梁瀬薫
2010年10月01日号
ジルヴィナス・ケンピナス「ボールルーム」
ZILVINAS KEMPINAS, BALLROOM
2010年9月9日〜10月16日
Yvon Lambert
http://www.yvon-lambert.com/
チェルシーの画廊展のなかで今期、おそらく一番楽しい作品がこの『ボールルーム』だろう。リトアニア出身でニューヨーク在住のジルヴィナス・ケンピナスは、昨年2009年度第53回ヴェネチア・ビエンナーレでのトンネルのような作品や、数年前のPS1での「ニューヨーク近郊アーティスト」展での、扇風機の間で舞うテープの作品が記憶に残る。変わった素材で視覚を刺激するような作品が特徴だ。今回のインスタレーションは視覚的に一点にはとても集中できない空間である。黒いカーテンを恐る恐る開けて展示室に入ると、無数のフィルムテープの輪が床で踊っていて、それぞれの輪の上にピンクと青の電球が扇風機からの風に扇がれてぐるぐると輪を描きながら回っている。鑑賞者は回り続ける電球をよけ、床に動くテープを踏まないように隙間をぬってそろそろと移動しなければならない。壁はミラーフィルムの幕が垂らされ、ひらひらと動くフィルムにうごめく光が反射して、重力のバランスを失いかけ、平衡感覚は麻痺する。仕掛けは単純なはずだがまるで鏡の間に迷い込んだような無限空間の錯覚を覚える。キネティックなイルージョンの世界は、体験したそれぞれに、何を感じたかを委ねる。
ピピロッティー・リスト「ヒーローズ・オブ・バース(誕生のヒーローたち)」
Pipilotti Rist, Heroes Of Birth
2010年9月11日〜10月16日
Luhring Augustine
http://www.luhringaugustine.com/
人気作家ピピロッティー・リストの新作展「誕生のヒーローたち」は、ビデオインスタレーションとビデオスカルプチャーなどによる大がかりな展示となった。世界的に知られているリストのニューヨークでは3回目の個展となる。まず画廊入り口の《オール・オア・ナッシング》(2010)のLCDスクリーン作品は祭壇を意図してあり、花と水が日々供えられる。画像は腕や手が万華鏡のようにリズミカルに動いている。メイン会場に進むと、無数の薄い白の布が天井から等間隔に垂れており、その上に動物や自然をモチーフにしたフィルムが投影されている。《レイヤーズ・ママ・レイヤーズ》(2010)というタイトルのインスタレーションだ。柔らかい布が鑑賞者の体に触れて、優しくゆれる布に投影されたフィルムは何層にもなって抽象的なイメージに変化する。バックに流れるオルゴールの音は耳に優しく、映像の中の緑と光度が静の空間をつくる。その場で目を閉じれば、癒しの空間だ。次の会場は壁紙が貼られ、中央に《マサチューセッツ・シャンデリア》(2010)と題された大きなシャンデリアが設置されている。よく見るとシャンデリアは、本人や友人や家族から譲り受けたという無数のパンツ(ズロースと呼びたい)でできている。ここに2カ所からビデオ映像が投影され、フォルムが形成されている。不思議なスクリーンだ。ストーリー性の強いフィルム作品とは違い、詩的で感覚的な空間だ。コンセプトを探るより、詩を読み解くように鑑賞するのもいい。
サラ・ジー新作展
Sarah Sze
2010年9月16日〜10月23日
Tanya Bonakdar Gallery
http://www.tanyabonakdargallery.com/
日用品のありとあらゆるモノで構築されて形成される、建築物のような作品で知られるサラ・ジーの新作は、今季最も注目された展覧会になった。画廊の1階会場と2階会場をフルに使い、サイトスペシフィックに設置された。牛乳パック、テープ、フェルト地、キャンディー、砂、木片、ランプ、紙切れなどなど、一体何がどれだけ使用されているのか見当もつかないが、それらが、見事に理路整然と置かれている。気の遠くなりそうなほどの量の構築だ。以前の作品にはもっと取り留めのない、粗雑感や作家の存在感のような空気を残すものもあったが、新作では、ジャンクは無機質に、一つひとつが意味役割を持って、どんな小さな空間へも蘇生しているように置かれている。見れば見るほど複雑に入り組んだ大都市の裏側に奥深く引き込まれていくような感触を覚える。ジョージ・オーウェルの小説『1984』に出てくる、地上部分に3千の部屋を持ち、それに対応する分室が地下に展開されているという「真理省」を想像させる。
2階会場の作品はさらに細かい構築物で、小さな女の子が「プラネタリウムだ」と言ってはしゃいでいたが、まさに宇宙のファンタジーが恐ろしいほど無限に広がる。
長い時間、床に座って瞑想をしていた観客も印象的だった。