フォーカス

インタラクティブの仕掛け

太田佳代子

2010年11月01日号

 前評判の高かった艾未未(アイ・ウェイウェイ)の新作展「Sunflower Seeds」(ひまわりの種)をロンドンで見た。場所はテートモダン美術館のターバインホール。展覧会を訪ねた日、折しもインタラクティブ体験は中止となった。


ターバインホール一面に敷き詰められたアイ・ウェイウェイの「ひまわりの種」[筆者撮影]

艾未未「Sunflower Seeds」

 この展覧会を見に行くと言うと、どの友人も判で押したように「ひまわりの種のお土産をよろしく」と言った。ここで「ひまわりの種」というのはひまわりの種をかたどった磁器で、植物の種よりはぐっと大きい。長さにして5センチはあるだろうか。アイが中国の有名な陶磁器のまち、景徳鎮でつくらせたもので、その数なんと1億個。それをアイはターバインホールの広大な床一面に敷き詰めたのである。
 観客は「ひまわりの種」のじゅうたんの上を歩き、足の裏での感触を楽しみ、寝そべったりして、この中国の産物を身体で感じ取る。まあ、1つや2つなら、「種」をこっそり持ち帰っても叱られないかも……という暗黙の期待も前評判を高めた一因だろう。ところがオープニングの数日後、私が訪れた日に、このインタラクティブ体験はお預けにされてしまった。
 ターバインホールは美術館の入口へ向かう下り坂アプローチの奥に広がる、広大な空間である。いつもながら入口は混雑しているが、なにやらターバインホールの手前に人垣ができている。近づいてみるとロープの仕切りの向こうに、「種」のじゅうたんが誰もいない状態で、つまり完璧な石庭状態で横たわっていた。
 1億個、と言われると、単なる無数の塊が1億の個体に変わり、圧倒的な存在感をもつ何かになるから不思議だ。中国でつくられた小さな小さな展示物が静かにひしめきあいながら、同時に一枚のソリッドな敷物となって、ターバインホールの巨大な空間と拮抗している。小さいながらも1億という圧倒的な量塊がつくり出す、暴力的スケールの展示物。ロープの外に閉め出されたお陰で、かえってそのことが見えるようになったとも言える。
 インスタレーションを眺めているとアナウンス放送があった。「この作品は本来インタラクティブに体験できるようつくられたものですが、問題が生じたため、再び開放するかどうかを協議中です。結論が出るまでは外から鑑賞してください」。
 「問題」って? みな口々に推察を交わしながら、脇のブースに流れていく。入ると、2つの巨大画面でメーキング・オブのフィルムを流している。種の上を歩けない無念さもあってか、大入りだ。
 見応えのあるフィルムである。景徳鎮の磁器を作品の素材に選んだ理由、中国で「ひまわりの種」が意味するもの、毛沢東との関係、まちの人々の生活、この作品を通して生まれたアイとの心温まる交流などが、アイの淡々とした語りによって伝えられてゆく。インスタレーションを見ただけでは計り知れない、しかし作品を理解するうえで欠くことの出来ない背景が、そこには描かれていた。
 フィルムを見てたくさんのことが分かった。遠くからだと石のようにしか見えない一つひとつの珠の表面には、ひまわりの種のような縦縞が墨と筆で数本描かれている。これは閉め出し事件がなければすぐに分かったことだが、1億個の「種」はすべて手作りで、1,600人の伝統工芸職人がまる2年かけて丹精込めてつくった、景徳鎮の現代の特産品なのだった。
 ひまわりの種の一つひとつに職人や家族たちの心が籠っている。それはまた、世界中に輸出されているありとあらゆる「中国製」製品を象徴してもいるかのようだ。ひまわりの種の姿をした小さなオブジェは、工芸品や土産物と同じ工程でつくられた中国製品だが、それがアイという世界的なアーティストを通してアート作品となった。いうなれば、アイは現代アートの空間に、ある特定の産業やまちの生活を直結させ、観客をまったく新しい回路の中に取り込んだ。つまり、中国製品の作り手の生活とアートが互いを支え合うという、ひとつの流通回路である
 このビデオを見てまたインスタレーションに戻り、「ひまわりの種」をあらためて手に取り、中国・景徳鎮に思いを馳せる……。それが本来この作品に描かれていたシナリオだっただろう。
 観客が閉め出された理由はやがて分かった。テートモダンが発表したところによると、「ひまわりの種」としてつくられたこの磁器は(マットな感触にするために)釉薬をかけていない。そのため摩擦によって塵炎が生じるが、この塵炎を長時間吸うと肺に有害となる可能性がある……。観客が種を持ち帰って困る、といったケチくさい理由でなかったのは、せめてもの救いだった。


石庭のように完璧に均された1億個の種[筆者撮影]

Ai Weiwei「Sunflower Seeds」

会場:テートモダン美術館
会期:2010年10月12日〜2011年5月2日
URL:http://www.tate.org.uk/modern/exhibitions/unileverseries2010/default.shtm

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