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アントニー・ゴームリーの《インサイダー》
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ダニ・カラヴァン《ベレシート(はじめに)》
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先日、鹿児島にある「霧島アートの森」を訪れた。昨年10月にオープンしたばかりの霧島山の中腹に位置する自然豊かな野外彫刻の美術館である。この建設に当たり関係者が何度も当館へ視察に訪れ、また展示作家も札幌芸術の森と共通するところがあったため、以前から興味をもっていたが、今回実際に見る機会を得、想像よりもはるかに素敵な所であることに驚いた。大きな樹木がうっそうとしたなかを散策しているうちに、時折、場所を得た良質の作品と出会う。日本でもこのような美術館が実現したという喜びとともに、晴天のなか清々しい高原の春風を感じながら堪能した。
今回の来館は、屋外に彫刻を設置する三つの美術館が、今後連携を図り、共同企画の展覧会や、作品メンテナンスなど日頃かかえる問題点を話し合っていこうとする第一回目の会議がここで開かれたためである。その三館とは、
箱根の彫刻の森美術館、この
霧島アートの森、そして、我が
札幌芸術の森。いずれも「森」という字がつくので、「森の美術館連絡会」と仮称ながら名称が与えられている。
そもそも、日本初の野外彫刻をメインとする美術館として、彫刻の森美術館がオープンしたのが1969年。世界の優れた彫刻を数多く設置し、野外彫刻における周囲の環境との関係の重要性を多くの人に伝えるとともに、コンクールを開催し育成にも努めてきた。そして、彫刻の森美術館の新しいスタイルを打ち出した30周年記念として開催した「森に生きるかたち」展は、記憶に新しい。その彫刻の森美術館を大いに参考にしながら、新しい彫刻と環境との関係を重視して札幌芸術の森野外美術館がオープンしたのは、1986年。そして昨年開館した霧島アートの森は、札幌芸術の森野外美術館が7.5ヘクタールの敷地に74点の作品を設置しているのに対し、13ヘクタールに20点というかなりゆったりとした展示である。札幌芸術の森野外美術館の方針として(1)場所に合わせた作品を制作してもらう、(2)自然と作品との調和をはかる、(3)作品が干渉し合わないように距離をとるなどを挙げていた。開館した当時は、設置場所と深く結びついた作品を指す「サイトスペシフィック」という美術用語もない時代で、これらは画期的な手法として注目されたが、霧島アートの森ではさらにそれが徹底して進んだ形で実現している。彫刻の森美術館が約30年前、札幌芸術の森野外美術館が15年前、霧島アートの森が昨年と、およそ15年サイクルで開館したこれらの美術館のコンセプトをみることによって、単体としての彫刻を屋外に展示することから、次第に周囲との関係を重視するようになるという、屋外における彫刻に対する考えの推移を顕著に見ることができるのが興味深い。
霧島アートの森のなかでも傑出は、アントニー・ゴームリーの《インサイダー》とダニ・カラヴァン《ベレシート(はじめに)》であろう。園路から急斜面を約50メートルほど下った所にある細い木が生えたこの広場に、周囲の細い幹と同じくらいの細さまで自分の身体を細くさせた鉄製の作品が5点点在している。ゴームリーが現地調査に来た時に見つけたこの場所が敷地外であったため、急遽、土地を拡張購入したという。ダニ・カラヴァンの《ベレシート(はじめに)》は、斜面から飛び出した赤錆の鉄製トンネルを入っていく作品。スリットから差し込む光を楽しみながら進み、突き当たりのガラス越しに霧島の展望が広がる。ガラスに刻まれているのは日本語とヘブライ語による「はじめに神は天地を創造された」という創世記の一説。周囲が温泉地であることから当初は温泉水を用いた作品を構想したそうであるが、最終的には、この地の自然の雄大さをここからの展望から強く印象づける望遠鏡のような形体の作品となっている。なお、トンネル内部のコールテン鋼にいたずら書きが絶えず、毎日、清掃やブラシがけに手を焼いているそうである。大きな作品が多いなか黒い子犬を館内の数ヶ所に点在させた藤浩志の《犬と散歩》や、木の上などに遊具的な作品を設置し、子どものころに抱いた冒険心をくすぐる牛嶋均《キリシマのキチ》なども楽しい。
「霧島アートの森」は、これまでに予想をはるかに超える入館者を記録しているという。ただ、札幌芸術の森でもそうであるが、屋外の彫刻はなかなか作品を入れ替えることができない。その場所に合わせた作品であればなおさらである。四季や天候、時間帯により、さまざまな表情を楽しむことができるにせよ、多くの人は、一度見てしまえば再度足を運んでもらえないものである。リピーターをいかに確保していくか、魅力をいかに増していくか、そして、作品の状態をいかにして維持していくか、共通の課題として、新たにスタートした「森の美術館連絡会」で一緒に考えていきたい。