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北海道 吉崎元章
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exhibition樹氣−砂澤ビッキ展

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樹氣−砂澤ビッキ展
会場風景

 1989年に57歳で亡くなった砂澤ビッキ。「アイヌの彫刻家」と特別扱いをされるのを嫌っていたというが、彼の芸術には、和人が失った自然と共生するアイヌの優れた自然観が、木の扱いやその造形に息づいている。木を唯一の素材とし、木々の精霊の声を聴くかのように、それぞれの木の素性を活かしながら生み出された作品たち。美術館で彼の展覧会が開かれるのは、1994年の北海道立近代美術館での大規模な回顧展以来である。いまなぜ、砂澤ビッキなのか。この展覧会を企画するに当たり、芸術の森美術館にとって切実な問題がその陰にあった。
《四つの風》
《四つの風》1986年
アカエゾマツ
札幌芸術の森野外美術館蔵


 札幌芸術の森野外美術館には砂澤ビッキの代表作《四つの風》がある。木の作品をあえて屋外に展示したこの作品は、彼が「風雪という名の鑿(のみ)」と呼ぶ自然環境のなかでのさまざまな要因によって、15年の間にその姿を徐々に変えてきた。設置当時は、生木色をしていた木肌は灰色に変わり、大きく亀裂が走り、キツツキが巣をつくり、キノコが生えた。さらにその内の一本は腐敗がかなり進み、近い将来に倒壊する恐れも出てきた。札幌芸術の森野外美術館のひとつのシンボル的存在であるこの《四つの風》の一本が倒れるということは、どういうことなのか。人気の高いこの作品の形状が大きく変わってしまうということは許されることなのか。本来、美術館とは、後世に文化遺産として優れた美術作品を残していくことが重要な役目のひとつである。しかし、彼は木を唯一の素材とし、自然のなかの一部である生き物としてとらえ、それに自ら手を加え、屋外に設置することで、自然に帰していくことを望んでいた。彼の作品を型取りしてブロンズなど他の素材に置き換えること、あるいは樹脂を注入して今の時点で「風雪という名の鑿(のみ)」が加わることをストップさせること、作品を屋内の他の場所に移転させることなど、保存の方法はいくつか考えられるが、はたしてそれがビッキの芸術といえるのだろうか。こうした問題に直面した時、砂澤ビッキが木を通して何を見、何を表現しようとしていたかを、改めて見直す機会として展覧会を開催することとしたのである。
 今回の展覧会では、砂澤ビッキがその芸術観、自然観をさらに深めていく円熟期、1978年に道北の音威子府村に移住してからの晩年の10年間に焦点を当てている。深く神秘的な森と、真冬には氷点下30度にもなる厳しい自然環境のなかで彼は何を感じたのか。そして、1983年の3ヶ月のカナダ滞在中に接した少数民族の文化から何を見つけたのか。展覧会に展示された彫刻30点、素描35点を通じて、多くの人が《四つの風》に反映された晩年のビッキの思いを考える機会になればと思う。
 今、《四つの風》の一本はかなり危険な状態になっている。安全を考慮し、人が近づかないよう周囲にロープを巡らし、警備員を常時配備せざるを得ない状況である。6月24日(日)には「《四つの風》の今後を考える」と題したシンポジウムを開催し、この作品の今後の措置に対してさまざまな方に意見を求めながら検討していく場を設けることにしている。
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会期:2001年6月3日(日)〜7月15日(日)
   9:30〜17:30 休館日なし
会場:芸術の森美術館 北海道札幌市南区芸術の森2丁目75
入場料:一般600円 高大生300円 小中生120円
問い合わせ:Tel. 011-591-0090

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report学芸員レポート [札幌芸術の森美術館]

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アントニー・ゴームリーの《インサイダー》
アントニー・ゴームリーの《インサイダー》

ダニ・カラヴァン《ベレシート(はじめに)》
ダニ・カラヴァン《ベレシート(はじめに)》

 先日、鹿児島にある「霧島アートの森」を訪れた。昨年10月にオープンしたばかりの霧島山の中腹に位置する自然豊かな野外彫刻の美術館である。この建設に当たり関係者が何度も当館へ視察に訪れ、また展示作家も札幌芸術の森と共通するところがあったため、以前から興味をもっていたが、今回実際に見る機会を得、想像よりもはるかに素敵な所であることに驚いた。大きな樹木がうっそうとしたなかを散策しているうちに、時折、場所を得た良質の作品と出会う。日本でもこのような美術館が実現したという喜びとともに、晴天のなか清々しい高原の春風を感じながら堪能した。
 今回の来館は、屋外に彫刻を設置する三つの美術館が、今後連携を図り、共同企画の展覧会や、作品メンテナンスなど日頃かかえる問題点を話し合っていこうとする第一回目の会議がここで開かれたためである。その三館とは、箱根の彫刻の森美術館、この霧島アートの森、そして、我が札幌芸術の森。いずれも「森」という字がつくので、「森の美術館連絡会」と仮称ながら名称が与えられている。
 そもそも、日本初の野外彫刻をメインとする美術館として、彫刻の森美術館がオープンしたのが1969年。世界の優れた彫刻を数多く設置し、野外彫刻における周囲の環境との関係の重要性を多くの人に伝えるとともに、コンクールを開催し育成にも努めてきた。そして、彫刻の森美術館の新しいスタイルを打ち出した30周年記念として開催した「森に生きるかたち」展は、記憶に新しい。その彫刻の森美術館を大いに参考にしながら、新しい彫刻と環境との関係を重視して札幌芸術の森野外美術館がオープンしたのは、1986年。そして昨年開館した霧島アートの森は、札幌芸術の森野外美術館が7.5ヘクタールの敷地に74点の作品を設置しているのに対し、13ヘクタールに20点というかなりゆったりとした展示である。札幌芸術の森野外美術館の方針として(1)場所に合わせた作品を制作してもらう、(2)自然と作品との調和をはかる、(3)作品が干渉し合わないように距離をとるなどを挙げていた。開館した当時は、設置場所と深く結びついた作品を指す「サイトスペシフィック」という美術用語もない時代で、これらは画期的な手法として注目されたが、霧島アートの森ではさらにそれが徹底して進んだ形で実現している。彫刻の森美術館が約30年前、札幌芸術の森野外美術館が15年前、霧島アートの森が昨年と、およそ15年サイクルで開館したこれらの美術館のコンセプトをみることによって、単体としての彫刻を屋外に展示することから、次第に周囲との関係を重視するようになるという、屋外における彫刻に対する考えの推移を顕著に見ることができるのが興味深い。
 霧島アートの森のなかでも傑出は、アントニー・ゴームリーの《インサイダー》とダニ・カラヴァン《ベレシート(はじめに)》であろう。園路から急斜面を約50メートルほど下った所にある細い木が生えたこの広場に、周囲の細い幹と同じくらいの細さまで自分の身体を細くさせた鉄製の作品が5点点在している。ゴームリーが現地調査に来た時に見つけたこの場所が敷地外であったため、急遽、土地を拡張購入したという。ダニ・カラヴァンの《ベレシート(はじめに)》は、斜面から飛び出した赤錆の鉄製トンネルを入っていく作品。スリットから差し込む光を楽しみながら進み、突き当たりのガラス越しに霧島の展望が広がる。ガラスに刻まれているのは日本語とヘブライ語による「はじめに神は天地を創造された」という創世記の一説。周囲が温泉地であることから当初は温泉水を用いた作品を構想したそうであるが、最終的には、この地の自然の雄大さをここからの展望から強く印象づける望遠鏡のような形体の作品となっている。なお、トンネル内部のコールテン鋼にいたずら書きが絶えず、毎日、清掃やブラシがけに手を焼いているそうである。大きな作品が多いなか黒い子犬を館内の数ヶ所に点在させた藤浩志の《犬と散歩》や、木の上などに遊具的な作品を設置し、子どものころに抱いた冒険心をくすぐる牛嶋均《キリシマのキチ》なども楽しい。

 「霧島アートの森」は、これまでに予想をはるかに超える入館者を記録しているという。ただ、札幌芸術の森でもそうであるが、屋外の彫刻はなかなか作品を入れ替えることができない。その場所に合わせた作品であればなおさらである。四季や天候、時間帯により、さまざまな表情を楽しむことができるにせよ、多くの人は、一度見てしまえば再度足を運んでもらえないものである。リピーターをいかに確保していくか、魅力をいかに増していくか、そして、作品の状態をいかにして維持していくか、共通の課題として、新たにスタートした「森の美術館連絡会」で一緒に考えていきたい。

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霧島アートの森 鹿児島県姶良郡栗野町木場6340番地220
休館日:毎週月曜日 12/29〜1/3
入館料:一般300円 高大生200円 小中生150円
問い合わせ:Tel. 0995-74-5945

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