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Recommendation
福岡 川浪千鶴
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exhibition和田千秋個展「障碍の美術VIII・反感」

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「ER・緊急救命室」
「ER・緊急救命室」

 
 福岡市在住の和田千秋が、障碍をもつ息子とのリハビリ生活から「障碍(しょうがい)の美術」シリーズを開始したのが1992年。約10年が経ったことになる。私は第1 回展から「障碍の美術」を見続けてきたが、その内容や質(あえて「質」といえば)が何も変わっていないことを今回改めて確認した。どこか変わってきたと感じられる人があるとすれば、私自身の例も含めて、それは作品を見る側の態度や考えといえるかもしれない。常に両義的な、矛盾をはらんだ問題提起をおこなう「障碍の美術」は、必ず見る人に「あなたはどう考えますか?」と切り返してくる。鑑賞者に自問自答を余儀なくさせることから、違和感や異質感、異議も生みだされているとすれば、それこそが「障碍の美術」をすぐれたアートたらしめているといえるのではないだろうか。
 8年ぶりの福岡での個展(新作を中心とした個展にのみ、タイトルの後にナンバーがふられている)では、「障碍の美術」への賞賛だけではなく、批判に作家が誠実に向かい合ったこと、そのものが作品化された。
 一昨年広島市現代美術館で開催された、家や家族をテーマにした現代美術のグループ展に和田が「障碍の美術」を出品したときのこと、地元の障害者団体から和田あてに多くの批判文が寄せられた。それらの批判は、「障害は個性である」という主張に集約される。つまり、訓練や治療を日課とする息子との生活を作品化する和田は、訓練や治療を通じて障害を否定しており、さらに障害者そのものを否定していると訴えられている。
 
左:「降誕」、右:「歯のない聖母」
左:「降誕」、右:「歯のない聖母」

 本展全体がこの批判への和田なりの答え・応えなのだが、《ER・緊急救命室》という作品には反論が明解に示されている。心肺機能を高めるために(=息子の命を保つために)不可欠なボンベなどの酸素吸入セット(和田家で実際に使用しているもの)のうえには、壊れたネオンサインの「障害は個性である」という文字が見える。障碍は医療と文化の両面からとらえるべきだと語る和田は、障碍の程度を抜きに、障碍者問題を一律に差別やアイデンティティの問題に集約することの歪みや袋小路を指摘している。
 ボーヴォワールの「第二の性」を思わせる《人は障碍者に生れない、障碍者になるのだ》というタイトルの作品では、適切な訓練を受けられなかったり、誤った訓練を受けたりした障碍児が、「障害者らしく」なっていく過程を小さなひとがたで示し、体のひずみをとるための訓練、垂直旋回用の器具(これも実際に使用していた)そのものを展示した《降誕》では、もっとも「虐待」にみえる訓練のさまをあえて紹介している。
 とはいえ、反論という立場を借りた一方的な主張のオンパレードではない。《歯のない聖母》という作品では、我が子かわいさ、我が子中心のあまり、他人にはどこか滑稽にすら見える障碍者の親子関係に自身の姿を重ねてみせ、両義的な問題提起の矛先を自分自身にも向けている。
 変わらぬ違和感やある種のおぞましさを孕みつつ、実は「障碍の美術」は他者への愛と希望に満ちている。私が「障碍の美術」を見続ける理由はここにある。
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会期:2001年5月16日〜5月29日
会場:ギャラリーとわーる  福岡県福岡市中央区天神
問い合わせ:Tel. 092-714-3767

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exhibition元村正信「六月のジュエル」

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左:80年代のオブジェ、右:新作のドローイング
左:80年代のオブジェ
右:新作のドローイング


 
「ジュエル」の意味は、宝石や星や露の輝きにも似た大切なもの、大事なもの、とでも受け止めたらいいのか。元村が80年代初期に採集したもの、漂着物の木切れや雨水が入った瓶や、そうしたきれぎれのものでつくられたオブジェ、そして新作のドローイングが、改装され床も真っ白になった画廊空間に美しく浮遊していた。
 
Rain-water(1985年5月19日採集)
Rain-water
(1985年5月19日採集)


「それらは、ながく自室の片隅に忘れ隠れるように埋もれていたのだけれど、今回こんなかたちで「貘」の小田律子さん(*画廊主)が、静かに光をあててくれた。ああ、そういうことなのかと思う。希望と絶望は決定的にちがうけど、ほんとうにどちらがどちらなのかは、決定的ではない。おそらくここに引き出した物たちは、みなそういう葛藤のなかで残していたと思われる」。
 こう語る元村は、あたかも植物が成長し、花を咲かせ、実をつけ、枯れ、そして再生していくような、不思議な体内リズムをもつ独自な絵画作品を連作している。作家の心の奥底に忘れられていた、長い時を秘めた種子が、最初の光りを失わないまま、新しい花を咲かせた。
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会期:2001年6月20日〜6月23日
会場:アートスペース貘  福岡県福岡市中央区天神
問い合わせ:Tel. 092-781-7597

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exhibition孫雅由(ソン アー ユ)展「立ち現れる物/身体・物質・宇宙」

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第1会場風景「記憶の痕跡」「色干渉」1984〜85年(福岡アジア美術館)
第1会場
「記憶の痕跡」「色干渉」1984〜85年
福岡アジア美術館


第1会場風景「色の間合い」1995〜96年(福岡アジア美術館)
第1会場
「色の間合い」1995〜96年
福岡アジア美術館


 
「60年代後半から最新作まで35年間の仕事」と、チラシにコピーが添えられているように、京都在住の在日韓国人二世の画家・孫雅由の全貌を紹介する、これまでで最も大規模な個展が、孫を支援する人々の手によって福岡市内2カ所で開催された。
 1969年の、高山登の「地下動物園」を風景に取り込み、土とからだを関係づけたパフォーマンスの写真(撮影:高山登)から、90年代後半の巨大な《色の間合い》シリーズまで、膨大な数の作品がメイン会場である福岡アジア美術館の企画室を埋め尽くしている。
 孫の作品は、「頭のなかで考えたものを画面にうつすのとは逆に、作家の手と紙が接するその地点から、思考が発生し、すべてが始まる」といわれている。作品は、初めは線の乱舞のようにも、色彩の海のようにも感じられる。が、作品のかすかな波動が空間を満たし、次第に不思議な浸透力となって見る者の肌に染み込んでくることに、鳥肌が立つような感動を覚えた。そこには純粋で非情な、美しくてしたたかな、安易に感情移入できない過激さと崇高さがたたえられている。
 作品タイトルや会場に掲げられた作家の言葉に、「間合い」や「空間の表裏」といった言葉が多く見つかるように、孫の眼の位置は独特なものがある。《色の間合い》というシリーズについて、「…自分と画面との間合い、画面というものが有るとするならば、鏡面で例えれば、実在と虚空との接面から向こうへと続く空間、自分の位置、人間が画面が、世界の内側におり常に外へと向かって眺める」と語っているように、あたかも画面の裏から外を見つめているかのような位置に作家の眼はある。
第2会場風景「色の位置から石の作法へ OC89-18」1989年/2001年再現(福岡県立美術館)
第2会場
「色の位置から石の作法へ OC89-18」
(1989年/2001年再現)
福岡県立美術館

 結果として、このように微妙で、強固な意志に裏づけされた「間合い」をもつ作品は、二つの国や文化やアイデンティティのはざまにある孫の立場や態度を反映しているといえる。折りしも、福岡県立美術館では鎖国時代の日本と朝鮮の誠信外交を象徴する「朝鮮通信使」の展覧会が開催中だった。同時期に展示された孫のインスタレーションは、手厚いもてなしをうけた朝鮮通信使と対比させれば皮肉ではあるが、武庫川(兵庫県西宮市)の河川敷の土木工事に強制連行され、過酷な労働の結果亡くなった多くの同胞へのレクイエムとして制作された。
 展覧会実行委員会は関西で結成されているのに、なぜ京都ではなく遠方の福岡で個展を開催したのか、という問いに、実行委員のひとりは、内なるアジアと正面から向かい合うことのできる場として、福岡アジア美術館を選んだと答えてくれた。「コンピュータのモニターの向こうは何時でも他の国に瞬時に変わるが、それぞれの国や、人の中に、奥深いアイデンティティがあることを常に忘れてはならない」とも。
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第1会場・会期:福岡アジア美術館 2001年7月12日〜7月24日
第2会場・会期:福岡県立美術館 2001年7月10日〜7月15日
問い合わせ:Tel. 075-761-9238 孫雅由展実行委員会事務局(アートスペース虹)

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report学芸員レポート [福岡県立美術館]

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障碍の茶室
ミュージアム・シティ・福岡での
「障碍の茶室I」(2000年10月〜11月)

 福岡県立美術館では、子どもからおとなまで、幅広い年代の方々にアートに触れる楽しさを実感してもらうために、平成11年度から夏休み期間中にあわせて、「宇治山哲平◎△□ランド」や「瑛九のヒミツ」展など、テーマや展示構成などに工夫を凝らした実験的な展覧会を開催している。今年は開催時期を秋に移したことから、秋らしく鑑賞者を茶会にご招待するという趣向の、「アートにであう秋vol.3 もてなし」展を準備している。
 「もてなし」という言葉は心を込めて人を迎え、人と接することを意味し、そこでは「もの・こと・ひと」に対する「態度」が重要となる。本展では、「もてなし」の態度とコミュニケーションのあり方に注目している一組とひとりの美術家による、ユニークなふたつの「茶会プロジェクト」を美術館の内と外でを行い、実際にお茶とお菓子で訪れる人をもてなす予定である。
 美術館内で行うのは、和田千秋・中村海坂・坂崎隆一の「障碍(しょうがい)の茶室・峠の茶会」。今回は「対立を越えて」というテーマで構成された「もてなし」空間に、絵画、写真、工芸、彫刻など、和田が読み解いた福岡県立美術館の収蔵品を配し、「非日常」の展示室を新たな出会いと発見と憩いの場に変貌させる。車イスを使った作品鑑賞や茶会体験を通じて、障碍者はもちろんさまざまな人達が自由に交流し、障碍や伝統などについて自分なりの発見をすることを目論んでいる。

丸亀市での「野点」(2001年5月)
丸亀市での「野点」(2001年5月)

 一方、きむらとしろうじんじんの「野点(のだて)・焼立器飲茶美味窯付移動車」は公園や学校や神社や路上など、多くの人々の「日常」に出没する。道行く人が自由にふらりと立ち寄れる気軽さが特徴の「野点」は、自分だけの茶碗をつくったり、お茶や会話を楽しんだりできる移動式野外カフェ、いわば旅まわりのお茶会+陶芸ワークショップ。予想外の事件やさまざまな「コミュニケーションを誘発」する「野点」は、交流の輪を手渡しで広げていくシステムとしてのアートの可能性を示唆してくれるだろう。
 美術館は、展覧会場を訪れる人、展覧会に参加する人を、「鑑賞者」という名ののっぺらぼうのかたまりとして、ついとらえがちだが、本展ではそうした一方通行の関係を、人と人が顔をあわせ、知り合うことからすべてが始まる茶会の「おもてなし」を通じて変貌させたいと考えている。それは、「もてなし」の茶会の亭主とういう立場に、作家だけでなく美術館も同じく立つということを意味している。
 「もてなし」をキーワードに、「もの」や「こと」を通じて、何よりもそこにかかわる「ひと」に深く働きかけるアートのゆくえについて、やさしく楽しく深く考える機会にしたいと念じつつ、修羅場をかいくぐっている。
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●アートにであう秋vol.3 もてなし
会場:福岡県立美術館 4階展示室
会期:2001年10月4日〜11月18日
問い合わせ:Tel. 092-715-3551(福岡県立美術館)

●「障碍の茶室」での茶会
場所:福岡県立美術館 4階展覧会場内の茶室
開催日:展覧会期中(10月4日〜11月18日)の毎週土日及び祭日(15日間)
時間:各13:00、15:00、17:00 ※10月27日(土)のみ、11:00、13:00

●野点・焼立器飲茶美味窯付移動車
場所:福岡県立美術館玄関前及び福岡市中央区・博多区、太宰府市の屋外各所
日時:2001年10月20日〜11月4日の間の9日間、昼頃から日暮れまで
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