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山盛英司(朝日新聞記者) vs 村田 真
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新春対談 アートとそれを取り巻く状況をめぐって

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山盛英司(朝日新聞記者) vs 村田 真

■1999年を振り返って

山盛:
1999年のアートを振り返った時に、思いつく順にいうと、まずアジア・アートがあると思います。ヴェネツィア・ビエンナーレでは中国人アーティストが前面にでていた。日本では継続的なアジアの美術の調査・紹介活動の成果として、福岡のアジア美術館が開館しました。
  経済と美術館の問題では、現代美術の発信基地だったセゾン美術館が閉じた。それから、東京都知事選で立候補予定者が東京都現代美術館を批判したのは、「こんな箱物いらない」という「箱物批判」だったと思います。だれも使わないような豪華なヘルスセンターとか温泉が箱物と言われるならまだしも、東京都現代美術館のような日本の現代美術の頂点に立たなくてはいけないところまでが、器に比べて中身をともなわないという意味の「箱物」扱いをされたことが、ちょっとショッキングでした。石原都知事はむしろ自分は文化の庇護者というような立場で発言していますが、いずれにしても美術館に人が入るか入らないか、採算がとれるかとれないかが問題になった。それは国立美術館の独立行政法人化とつながっている。一方では、東京芸大芸大美術館に行列ができ、オルセー美術館展やセザンヌ展は大変な人気でした。
  個人的な思い入れとしては、1999年が万博30年目で2000年が30周年です。その今、万博で「太陽の塔」を建てた岡本太郎の活躍が、若い人々に人気がある。それがなぜなのかかよくわからないのですが、岡本太郎人気が再燃している。ただいえるのは岡本太郎に次ぐヒーローは誰かと考えると、「ヒーロー不在の時代」なんだろうという気がします。大衆的なヒーローがいないここと現代美術がなかなか大衆化しないこととは関係があるのではないか。その意味では、大衆的な人気のあった日本画家の東山魁夷さんが昨年亡くなられたことは、「美術」全体にとってちょっと考えた方がいいのではないかと思いました。

■福岡アジア美術館開館とアジア・アート

山盛:
福岡のアジア美術館はどうでしたか。私はオープニングの時に行けなくて、そのあと2度ほど行きましたが。

村田:
まずなによりも、よくあんな思い切った展覧会ができたな、という感じですね。それはアジアだからできたのかもしれない。ようするにあの展覧会は、コミュニケーションとかコラボレーションとか、とにかく形にならないものを見せていく、それをアートとして捉えていくってことだろうから。これまでの美術館の概念を覆すというか、変えてしまうような、それがアジアのアートなんだと明確に位置づけたのがすごい。

山盛:
山盛英司氏

この前、アジア美術館学芸課長の後小路雅弘さんに「インスタレーションとは何か」ということで話を聞いたんです。そしたら、後小路さんはいまのアジアで目立つのは、インスタレーションというより、むしろ「プロジェクト」だという。例えば井戸端会議を企画した作品の場合、結果を見せるためにさしあたりインスタレーションを作るが、本来はプロジェクト全体がアートだということ。あるいは歯ブラシを集めていくというのも、見せ方はインスタレーションでも、一番重要なのはそのプロセスであったり全体のプロジェクトにあるという。一般的にはインスタレーションですら記録が残しにくのですが、それでもなんとか再現はできる。プロジェクトの場合は、もう、その人がいてその場1回かぎりのもの。そういったプロジェクトがあの美術館の目玉の一つになるなら面白いなと思いました。
 私はあそこの活動は、素直に尊敬しています。97年に、ひとりで東南アジアの美術を取材して回ったことがありますが、後小路さんの名前はアジアのどこへ行っても美術関係者には通じる。ちょっと大げさな言い方かもしれませんが、そんな実感をもちました。これは20年近く、好条件とは思えない中でも、アジアを丁寧に回ってきたからだと思います。 今でこそお互いの交流があるわけですけど、今から数年前までは、東南アジアのアーティストたちは福岡かブリスベーンのどちらかでしか他国のアジアの仲間に会うことができなかった。今ようやくお互いの国同士の交流がはじまっている。アジア美術館というもののそういう意義を私はもっと評価したい気がします。

村田:
ただ、日本がその主導権を握るってことをあまり大きな声で言うと、日本がまとめている、日本が「これがアジアのアートだ」って規定しているふうにとらえられてしまう。そのことに対する警戒感というのも一方であるでしょうね。たぶん、日本人の中に一番そういうことに対して批判的な人が多いでしょうし。

山盛:
日本人には多いでしょうね。

村田:
アジア美術館が、というかこれまでも福岡市美術館がアジア美術展でこういう作品をとりあげると、アジアのアーティストたちは「じゃあ、自分たちもそういう作品をつくろう、そうすれば日本で展覧会ができる」というふうに、影響力が強すぎるという、逆の効果もあったようですよね。日本に呼ばれればそれだけで食っていけるという経済格差は依然あるわけですし。

山盛:
そうですね。それはよくわかります。

村田:
アジアの作家たちにも、絵を描いている人もいれば、彫刻をつくっている人もたくさんいるわけですが、そういう人達が時代遅れみたいにとらえられる弊害が、なきにしもあらずです。

山盛:
やはりどうしても、インドネシアだったら美術評論家のジムスバンカットさんの意見が強いとか……。

村田:
そう、各国に「この人」という数人の代表者みたいな人がいて、そういう人たちに集中しがちです。

山盛:
しかも海外の窓口になるギャラリーもひとつかふたつしかない。もちろんほかにも、アメリカの企業などがシンガポールやフィリピンで大きな展覧会を開いて組織づくりをしたりしていますが、まだ時間がかかるという気がしています。

村田:
いずれにしても福岡アジア美術館の場合、思い切ってやっちゃったというのがすごいですよね。そのエネルギーだけでも大変だろうし、公立の美術館でああいうふうに言い切っちゃうっていうのがどれだけ勇気のいることだろうって。

山盛:
確かに、こうだって言い切っていかないと、できないですね。だからちゃんと選択していかないと。あそこには数は少ないとはいえ優秀な学芸員がいて、かなりもまれて、批判も受けながら、がんばってきたんだろうな、と個人的には応援しているんです。

村田:
ただ、どこに行っても後小路さんの名前が出ると言うのはこわい感じもしますね。努力されている証拠なんだろうけど、逆に大丈夫かな、選ばれなかった作家に刺されないかなと……。


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