logo
TOPICS
山盛英司(朝日新聞記者) vs 村田 真
..
 

新春対談 アートとそれを取り巻く状況をめぐって

..

■注目されたアジア・アートとアウトサイダー・アート

村田真氏
村田:
「東アジア/絵画の近代」展に注目したのは僕だけかと思ったら、各紙の回顧で皆さん挙げている。極東四カ国というか、四地域の近代の絵画ばっかり集めたもので、僕がこれがすごく面白かったのは、中国、韓国、台湾の近代絵画というのは、ようするにヨーロッパの近代絵画と違って、すごく日本に似ていて、日本の近代絵画に似てるってことは、すごくどろってとしているんですね。

山盛:
「でろり」ということですか。

村田:
でろり。それがすごく面白いなと思って。それがすごく新しい発見でした。調べてみたら、中国、韓国、台湾の主だった作家っていうのはだいたい日本に留学してたんですね。日本の近代絵画で学んだ人たちだから似てるのは当り前だなと。日本に留学したってことの他に、気候、風土の問題とか漢字文化とか宗教の問題とか、そういう違いが同じ油絵の具を使っていても、これだけヨーロッパと東アジアは違う結果になるのかなと思って、そういうのがすごく面白かった。

山盛:
日本画では、99年は、東山魁夷さんと岩橋英遠さんが亡くなったんですよね。いずれも戦争を経験していて、戦後頭角を現わすんですけど、戦争中日本画でいずれも比較的良心的というか、極端に政治に参加するわけじゃなくて、しかし戦後すごく辛酸をなめるんですよね。というのは戦後日本画というのは、売れない時代で、みな貧困に陥る。しかし日本画を描きたい一心で戦後の新しい時代をつくってきた。少し大袈裟かもしれないけど、ひとつの時代が終わったかなと。これは冗談なんですけど、美術家の名前だけを挙げて、一般の新聞の読者が作風を理解できるのは「3H」の3人しかいないといわれたことがある。東山魁夷、平山郁夫、それとヒロヤマガタ(笑)。このひとりが亡くなったっていうのが私の中では大きかったですね。

村田:
まあ、日本画というのは時代状況と関係なく根強い人気がありますよね。逆にいえば、日本がを見てても時代が読めない。東京国立近代美術館が昨年から休館に入ったけど、最後の2本は鏑木清方と横山操展で、どちらも日本画。そういえば草間彌生も日本画から出発した画家だけど、各紙の回顧でもけっこう出てましたね。それと関係づけていいのかわからないけれど、99年は、アウトサイダー・アートっていうのも結構話題になりましたよね。

山盛:
山盛英司氏

個人的に興味をもっているんですが、99年はアウトサイダー・アートの領域が拡大していて、特に癒し系、アート・セラピーの方に広がったと思います。医療やターミナルケアの方にもアウトサイダー・アートの問題が拡大していて、例えば死を迎える人たちが、自分たちの死を納得するためにどういうふうに絵を描くか、というようなことにも使われるようになった。
 今は美術の有用性というようなことがすごく問われるような形でアウトサイダー・アートが出てきている。かつてパブリック・アートが都市をきれいにするとか、情操教育といったことで問われたように、アウトサイダー・アートも主に知的障害者の人権を、障害者も優れた部分を持っているんだということを示すひとつの手段として位置づけようとしてきた。それが癒しや終末期医療などにも広がった。歓迎と批判の両方向とでちゃんと見ていかなくてはいけないなというふうに思っています。

村田:
エイブル・アートという言い方があるけど、それは置き換えで何か嫌だなという感じがする。アウトサイダー・アートで評価するなり何なりすればいいと思うのに、エイブル・アートと置き換えることによって、その可能性まで摘み取ってしまうというか、それ以上広がりを持てないというか、批判を封じ込めてしまうような、囲い込みみたいな気がして嫌だなって気がしているんです。アウトサイダーという言い方にはもちろん差別的な意味合いが含まれているけど、はっきり差別化しているだけにいっそ気持ちがいい。だから、はっきりアウトサイダー・アートと言っていいんじゃないかなと思う。


Return Page | Next Page



home | art words | archive
copyright (c) Dai Nippon Printing Co., Ltd. 2000