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1年の計とアート活動にまつわるもうひとつの計
――4倍速の時間の時代に

1年の計を元旦に立てる習いはいつ頃からのものだろう。年が改まって新鮮な気分の時に、1年の計を立てる。確かに悪くない。今年は三日坊主にならないようにと、本題に入る前の心構えを確認する人も多いかと思う。ごたぶんに漏れず私もそのようなタイプだと自認するのだが、幸いなことに最近では3日間よりは継続できるまでには成長した。しかし、既に今年の計を守れないというか達成できない状況のまっただ中にいるので大きな事は言えない。忘れないで、1年間は覚えていて努力したいと思う。新しい習慣は20日くらいで馴染んでくるから、安全枠の10日を足して30日、つまり1ヶ月続ければ、習慣化の入口に立ったと思ってよいと物の本に書いてあった。今年は、是非、入口から中に入って、そこの住人になりたいと願うものだ。心許ないことこのうえない私だが、またこの一年、コラムを担当することになっているのでご支援のほどよろしくとお願いしておきます。

さて、今回は年末年始という比較的ゆったりとした時間の中で、1年の計を考えながら、もう少し長い単位の時間について思いを巡らせていたので、時間をテーマにとってみた。
 近年、人為的に何とかできる事柄は、一も二もなく総じて時間が短縮されている印象を強く受ける。今年は虎年だが、戌年ならぬ「ドッグ・イヤー」という言葉がある。インターネットの誕生は、人よりも1年で4つ年を取ると言われているイヌの名を戴いた時間の単位を表す言葉「ドッグ・イヤー」を生み出した。言ってみれば4倍速の時間の世界だ。

情報流通の世界は、大量の情報を瞬時に安定した状態で送ることを最大の命題にして開発競争が繰り広げられている。その競争が、ハイクオリティーの映像と音をこのネット上のマガジンにも可能とさせるのだから有り難いことだ。効率の点から言えば申し分のない話だ。しかし、早さを要求する世界は、さらなる速さを要求し加速し続ける。しかし、その実、我々は日常の生活において、どの程度の速度や加速がストレスのない生活を送る限界なのか知らないのかもしれない。
 1年を4倍の密度にして使うことのできる時代に生きる我々は、10年間で神奈川と千葉を橋とトンネルで結びつけた。東京湾アクアラインは、短時間で東京湾を横断することを可能にする。しかし、この夢の架け橋は、莫大な借金を同時に生み出し、その返済は、世代間借金といわれて後生の人たちにも廻される。世代間の貸し借りは、なにもお金に限ったことではない。地球温暖化の問題もその一つだ。

自然の時間と共に生きる人々は、生活の知恵として、3代先の孫の時代のことを考えて今を暮らす哲学を大切にしているとよく紹介される(例えば、雑木林でも50年で森になるという。鎌倉山の森はそのようにしてできた森だと何かで読んだ)。彼らは、100年の時間を手にしながら今を生きる。なんと豊かな時間持ちの人生なんだろう。
 人の寿命は確かに延び平均寿命は80年に近い。高齢化に伴う福祉の問題と併せて、生活余暇とか生涯学習と言われて、社会教育の充実が提唱されている。しかし、残念なことに経済的理由によって、美術館が閉鎖されたり、予算が減額されたりし、その活動は充実発展するどころか、総じて縮小傾向にあるのが状況だ。政策不況と大競争時代を前に、文化ごときではないらしい。大人は我慢すれば済むかもしれない。が、次世代を担う子供達にとっては、どうなんだろうか。
 効率主義の歯車のもとで早く駆け抜けることだけを美徳とされ、数値化できることだけで評価を下すことに慣れてしまっている大人たちにとって、アートが理解しにくい存在であったとしても無理はない。
 とすれば、アートの魅力に幸いなことに出会え、アートの力が、効率評価だけでは判定できない世界では、最大級のエネルギーを発していることを知る者たちは、多くの人がアートの魅力に出会うための環境づくりも創造的活動であるとの思いを胸に、そのことを強くメッセージする活動を続けていく必要があるだろう。
 アートを通じて、社会だけでなく、人という自然ともつきあっていることをあらためて思い返して、自分のためのこの1年の計とアート活動にまつわるもうひとつの計の時間の単位に思いを巡らしたい。

11日付けの朝日新聞の天声人語では、化学の基礎研究に生涯をかけて先日亡くなられた福井建一氏は生前、学生に常々「10年先では短い。せめて15年先を見なさい」と説かれていたと紹介していた。「生産性とか効率とは縁のない、目先にとらわれない、のびやかな環境があって、初めて何かが生まれる」。そのような世界。創造性の産物を追い求めて生きた人の言葉として心に留めたいと思う。

森 司(nmp監修者)

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