彼はかなりアナーキーなアーティストで、ほとばしるいろいろなアイデアを言葉やドローイングに描きとめることを習慣にしている。それは、今回のフランス館のカタログとして制作した「ストーリーボード」という365+1枚のスケッチからなるボックス型のカタログを見れば簡単に納得がいくことだろう。イベールは、自分自身のカタログを出版する行為を86年から始めていて、「OUMEURT」というFAX(本人と友人との2者間で)を媒介にした作品の集積(スナップ写真、ポストカード、新聞・雑誌の切り抜き、友人へのメッセージなど)をまとめたものを94年と95年に2冊制作している。彼の作品は、このように容易に人々を取り込むことができる能力によって成立するともいえる。 今回、フランス館で行われたイベールのプロジェクトは、フランス側のビエンナーレ組織にとって初めての試みとなった。これまでは、コミッショナーがアーティストを選出し、単体のアート作品やインスタレーションを展示する方法を取ってきた。しかし、今回はイベールの提案を受け入れて、プロデューサー、技術者、運営組織などを含む彼のチームによって、パヴィリオンを活用すると決定したのである。
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【ヴェネツィア・ビエンナーレ】
ネットワーキング・アートとブロードキャスティング
−ファブリス・イベールの試み嘉藤笑子
今回のフランス館に出品したファブリス・イベールが、ヴェネツィア・ビエンナーレに選ばれたと友人から聞いたとき正直言って驚いてしまった。前回がセザールだったこともあり、これまでのフランスの現代美術の動向からしても、保守的路線を貫くだろうと予想していたからだ。実は、イギリス館が前回のレオン・コッソフ(エスタブリッシュ)からレイチェル・ホワイトリード(注目の若手作家)に移行したことは、国内では当たり前のように受けとめられている。だからイギリスと同じような図式が、フランスにも起こっているということが、イベールの選出によって明らかになった。こうして海外から他国の美術事情を知るにはビエンナーレは実によい機会なのだなというのを改めて認識させた。
イベールは、ロンドンで《テイク・ミー》(サーペンタイン・ギャラリー 1995年)というグループ・ショーに出品したことがあって、それをきっかけに出会ったのが最初だった。その後にパリに行った際に、友人のハンス=ウルリッヒ・オブリスト(パリ市立近代美術館キュレイター。《テイク・ミー》をキュレイションした)とともに夕食をしたりして、すっかり友だち気分になっていた。ヴェルニサージ(ビエンナーレのオープニングセレモニー期間)にヴェネツィアの会場で彼に会ったときも、いつもにこやかで親しみ易い人柄に変わりはない。
ネットワーキング・プロジェクトへの進展
さて、こうしたノート癖は、メディアを媒体にして記録・伝達というコミュニケーション行為を外界に向けて発信していくことへ展開していく。とくに、1994年に出版した「アジェンダ」という2000年までのダイアリーをオブリストと共同制作したことは、不特定多数の人々を意識したインタラクティブなアプローチが開始されているといえるだろう。このような動きが、今回のビエンナーレにおいてもっと大勢の人々を巻き込む大がかりなネットワーキング・プロジェクトへと進展していったのである。
パヴィリオンの在り方を変える試み
イベールにとって、パヴィリオンはひとつの媒体にすぎず、閉じられた空間ではなく外界との広がりを求めて制作された。彼は、館内を番組制作のための放送スタジオとして設定し、ヴィジュアル・アーティストによるテレビ番組を制作し、同時に館内で放映するということを行った。これによって、ヴィジュアルアートの制限を取り払い、五感や性感を含む感性の拡大を試みたといえる。
館内には作家のデザインによる遊牧民族のようなテントが張られ、その脇には、インタビュー用のソファーやテーブル、メイクアップ・ルームなどが設置された。また、レコーディングや編集用の部屋も併設され、2週間間に亘って随時生中継によって放送されたのである。その後、これらの素材と別のものなどと合わせて編集され、期間中放送されている。
イベールは、これまでのパヴィリオンの在り方である「箱」からの脱却を目指し、生命体ともいえる変容する媒体へと変換させたのである。また、美術を狭間にした作家と観客という相対関係からメディアを活用して相互関係へと広がりを試みたことも新しい実験だった。このプロジェクトは、ビエンナーレの最高賞である今年のパヴィリオン賞に輝いた。これは、イベールによってヴィジュアル・アートの新しい可能性を提示したことが評価されたと考える。
ジャルディーニ会場内のフランス館外観。ファブリス・イベールのテーマカラーであるグリーンに塗られたパヴィリオン。
パヴィリオン内にアーティストのデザインによる遊牧民族スタイルのテントが張られた。なかでは数多くのモニターが設置され生中継の放送が流れている。
会場内では常にインタビューや会談が行なわれ、テレビ中継している。
会場内でインタビューを受けていたファブリス・イベール。
パヴィリオン内には、撮影スタジオ、メイクアップ・ルーム、小道具、大道具などがあって、本物のテレビ局になっている。
ヴェネツィア・ビエンナーレ
会期 :1997年6月16日〜11月9日
開催地:イタリア、ヴェネツィア
メイン会場:ヴェネツィア市内の国別パヴィリオン
テーマ:Future, Present, Past(未来、現在、過去)
問い合わせ:eメール staff@labiennale.it
Tel: 0039(41)5218800 Fax: 0039(41)5218837
ホームページ :http://www.labiennale.it/
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