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京都映画祭
「初期映画」を超えた面白さ
――「世界のアーリー・フィルム特集」イタリア映画初期作品集
中村秀之

よみがえるイタリア初期映画

今日の多くの映画祭の基軸をなすレトロスペクティヴは、映画を、つねに現在のものとして輝かせることに、その意義がある。京都駅に隣接する、まさにイタリア語で「進め!」という名を持つショッピング・ビル内のホールに、1910年代のイタリア映画がその魅惑的な容姿を現わしたとき、私たち観客は、優れた映画が時空を易々と超える驚異をあらためて体験したのである。この幸運な体験を共有した者の義務、いやむしろ、喜びに満ちた権利は、G・パストローネとS・デ・ショーモンの名をことあるごとに吹聴してまわることである。

『カビリア』

 当時30歳のパストローネが制作・原案・監督を手がけた『カビリア』(1914)は、グリフィスに影響を与えたことでつとに映画史上に名高い。しかし、今回、162分の美しい復元版で上映されたこのフィルム(オリジナル版は210分、日本国内に流通しているビデオは87分)は、プロットの壮大さや、セットの豪華さ、念入りな考証などの「歴史大作」的な要素によって観る者を圧倒するだけでなく、撮影や編集の様式的な洗練や照明の繊細さ(例えば見事な明暗法!)においても、映画史の地層を粉砕する魅力を備えていた。
 様式的洗練は、例えば、滑らかで緩慢なトラヴェリングによって実現されている。それは、独特な触覚的な質を画面に与えると同時に、全身像による、いわば象形文字的なタブローに、深く豊かなエモーションをもたらす。20年代におけるクロース・アップの多用とは異なる、情動表現の独自の様式的達成が、すでにここには見られ、映画における古典的なものについてあらためて考えさせられる。このトラヴェリングは、スタジオ内では映画史上初めて行なわれたと言われるもので、スペイン出身のデ・ショーモンの功績である。パテ社で仕事をしていたデ・ショーモンは、1912年にトリノのイタラ社に招かれ、以後、撮影と特殊効果で大きな貢献を果たした。『山岳兵マチステ』(1916)や、自ら監督した『戦争とモミの夢』(1916)を観た者にとって、それは歴史的知識ではなく、今ここでのなまなましい具体的な体験となった。

『カビリア』以後

 演出、編集、照明の巧みさ繊細さは随所に見られるが、そうした視覚的な豊かさが、傑作『カビリア』において例外的に達成されたわけではないということを、強調しておきたい。例えば、パストローネが監督した『火』(1915)。冒頭、沼地で絵を描く青年画家の背後にこっそり忍び寄った妖婦(猛禽のような羽の帽子を被ったピーナ・メニケッリ)が、青年の視線を追って遠景を望見し、二人の視線が同じ方向に向かって一瞬停止し、そこに夕空の主観ショットが続くとき、この後の官能的で絶望的な事態の推移を、誰もが胸騒ぎのうちに予期せざるをえない。そして、すっかり青年を弄んだ妖婦が白い自動車で走り去るショットと、同様に左から右へと飛び去る一羽のふくろうのマッチ・カットの素晴らしさ。さらに、『山岳兵マチステ』で、食用牛に鎚が振り降ろされる瞬間に、群衆の爆発的な饗宴のロング・ショットへと切り替わる大胆なカッティングや、怪力マチステが追っ手の馬をいきなり横倒しにする思いがけないアクションなど、その豊かな視覚的アイディアについて語るべきことは多い。実際、ある第一線のアメリカ映画研究者の口から、同時代のグリフィスよりすごい、という賞賛のことばが漏れてしまうほどなのだ。だから、もっと多くをこの目で見なければならない。イタラ社などが活発に活動を行なったトリノは、来年、映画製作百年を迎える。来年はもちろん無理としても、近いうちにイタリア初期映画の特集をさらに大規模に行なえないものか。今回、幸運な観客のひとりとなったものとして、そうした快挙が実現することを、無責任にも切望してやまない。Avanti!


『火』
ジョヴァンニ・パストローネ監督
『火』(1915)のポスター
モノクロ/サイレント/50分
撮影:セグンド・デ・ショーモン
出演:ピーナ・メニケッリ、
フェーボ・マーリ
「世界のアーリー・フィルム特集」
イタリア映画初期作品集
会場:アバンティ・ホール(京都)
会期:1997年12月9日(火)
問い合わせ: Tel.075-752-4840

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