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京都映画祭
シンポジウムの倫理
――「国際シンポジウム・時代劇と世界映画」
篠儀直子

ある態度表明

冒頭、こうしたシンポジウムに臨む際の自分の態度として、蓮實重彦は「あらゆる映画は外国語である」と述べた。「日本語」でしか、日本の文脈でしか通用しない読み方はやめようと彼は言う。
 蓮實の態度表明は一見、大正時代には原作を主に講談本から取っていたのが昭和に入るとより知識人向けの時代劇映画作りが始まり、その動きは社会主義的傾向と合流していったと説くマルコ・ミュレールの姿勢と対立するかに見えるかもしれない。だがそうではないのだ、やめるべき読み方の例として蓮實はたとえば「尾上松之助の死とともに時代劇は変容した」なるクリシェを挙げる。なぜやめなければならないかと言えば、それが事実ではないからである。事実ではないということは実際にその時代の映画を観ればわかる。それは外国人の眼にも明らかである。風俗的な歪みのなかで語られ捏造された「物語」を事実と混同するのはやめよう、つながらないものをあたかもつながっているかのように論じるのはやめようと蓮實は言うのだ。これは作品分析中心の映画研究であっても、文献中心のそれであっても、等しく重要な事柄、というよりごく当然の倫理であろう。
 シンポジウムはおおむねこの倫理にのっとって展開し、司会の山根貞男が最後に総括したとおり、時代劇映画を世界映画史のなかに位置づける作業の出発点として意義深いものとなったと思う。外国人パネリストから多数の刺激的な指摘がなされたことは、時代劇が「日本語」によってだけでなく普遍的に読まれうるものであることの、そしてティエリー・ジュスの言葉を引けば「開かれたジャンル」であることの、何よりの証拠であったろう。


北文化会館
シンポジウム会場である
北文化会館
いくつかの視点

 外国人パネリストはたとえばどんな視点をもたらしたか。フランスから来た評論家のティエリー・ジュスによって時代劇は苦もなく時空を超え、ジャン・ヴィゴやルノワールやジョン・ウーと接合された。イタリア生まれで現在スイスに在住しロカルノ映画祭のディレクターを務めるマルコ・ミュレールは、佐藤忠男や山根貞男といったところはもちろんのこと、加藤周一や中井正一の著作まで引用しながら時代劇映画を論じ、独自の規範がありリメイクの目立って多いこのジャンルには作家の個性が最も顕著にあらわれると述べた。京都映画祭に合わせて出版された論集『時代劇映画とはなにか』(人文書院)にも見事な論文が訳載されているウィスコンシン大学教授のデイヴィッド・ボードウェルは、西洋と東洋との技術的混交と、日本独自の表現主義的達成とをこのジャンルに指摘した。
 日本映画の重要な市場である台湾で少年時代に多くの時代劇映画を観て育った幸福をエドワード・ヤンが語れば、これにこたえて日本から中島貞夫が同時代の東映の製作現場についての証言を補うことになる。加藤幹郎は「リアリズム」「新古典主義」といった語で戦後時代劇の分類を試みる。


シンポジウム
シンポジウムの模様
ある挑発――思考に向けて

 さて、このシンポジウムで共通了解となっていた時代劇映画の歴史とは、冒頭にミュレールが提示した次のような図式に基づくものだった。このジャンルは1920年代に一度形式的な完成をみて、30年代に伊藤大輔(的なもの)から山中貞雄(的なもの)へという移行が起こる。戦後特に注目すべきは50年代の東映プログラム・ピクチュアである。
 この図式によって後退することになったのは言うまでもなく黒澤明の名だ。シンポジウムの演出にすこぶる意識的である蓮實重彦はそこで終盤になって突如執拗にこの名に言及、時代劇映画に対する黒澤の「罪」を告発して、中島が「パターン化してしまった」と自己批判した東映の仕事を相対的に高く評価すると同時に、場内をおおいに笑わせ盛り上げた。この断罪はもちろんいくぶんは蓮實の考えの率直な吐露であろうが、それ以上にむしろかなりの部分は挑発として戦略的に行なわれたものだったろう。この挑発を契機とした議論はあとの記者懇談会にまでなだれこむことになるのだが、反発を引き出すにせよ感嘆を誘うにせよ蓮實の議論の徹底的な具体性とその独特の話芸はつねに人を新たな思考へと駆り立てるのだからして、全然ちがう文脈でだがこの日当人が自分について述べた言葉を借りるなら、ほんとうに「まったくニクい教師根性」なのだった。

(文中敬称略)


「国際シンポジウム・時代劇と世界映画」
会場:北文化会館(京都)
会期:1997年12月13日(土)
パネリスト:デイヴィッド・ボードウェル、
ティエリー・ジュス、マルコ・ミュレール、エドワード・ヤン、
蓮實重彦、中島貞夫、加藤幹郎、
山根貞男(コーディネイター・司会)
問い合わせ: Tel.075-752-4840

写真:篠儀直子

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