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ニューヨーク便り−1
宇宙における〈他者〉=人間の揺らぎ
――ビル・ヴィオラ展
熊倉敬聡

今、ホイットニー美術館でビル・ヴィオラの大規模なワンマンショーが行なわれている。彼はもちろん、現代の代表的なヴィデオ・アーチストの一人だが、今までに意外とその活動の全貌を紹介する展覧会は少なかった。今回は、その稀な機会が提供された。ごく初期(1972〜73年)のシラキュース大学在籍中の実験的な作品から最新の大型のインスタレーションまで、すべてを網羅したわけではないが、主要な作品が(キュレーターのデイヴィド・ロスの表現を借りれば)一つの「シンフォニー」のごとき有機的構成とともに会場に繰り広げられた。

エフェメラルな「常」、そして転生へ

ヴィオラの作品に通底しているライト・モチーフとは、物理学的かつ化学的に生成流転する世界における人間の(そしてその記憶の)〈他者〉性である。"The Stopping Mind" (1991) −四方に吊るされた4枚の大型パネルに〈世界の激しく動くイメージとその停止が、交互にランダムにプロジェクトされる−に付した解説で、ヴィオラ自身が語っている。「この作品は、人間の思考(記憶)と体験の間にあるパラドックスを扱っている。つまり、体験と意識それ自体の絶えざる運動のダイナミックな性格にもかかわらず、それを保持しかつ停止させる精神の基本的傾向を扱っている」。
 諸行無常なる宇宙にあって――ヴィオラ自身東洋思想を研究した――「常」を、静止を、観念的ストップ・モーションを、そしてその「常」それ自体の自己参照的運動(=記憶)をもたらそうとする〈人間〉。だが、この「常」は、実はいたって儚い、脆いものである。左に出産する女性、右に死に瀕した老婆、そして中央に水中に漂う男を配した"Nantes Triptych" (1992) が象徴的に表しているように、宇宙への、〈他者〉としての個人の現出は、「誕生」と「死」にはさまれたエフェメラルなものにすぎない(このエフェメラル性は、ヴィオラの物質的想像力にあって、炎、音、光、とりわけ水によって表わされる)。人間は、そのエフェメラルな〈他者〉性を、自己差異化し、地層化しつつ、〈世界〉を逆転写する「もう一つの世界」を仮構しようとする。が、それはヴィオラの作品に頻出する「水面」の揺らぎ同様、いたって不安定である。しかしまた一方で、〈人間=水〉は、その脆さゆえに、宇宙へと転生する積極的な契機ともなりうる。真っ暗な部屋の中央に吊るされた一枚の大型パネル上で、遠くから歩いてくる男が、一方の面では滝のような水、もう一方の面では燃え立つ炎により、自己破壊=転生を遂げる"The Crossing" (1996) のように。

ヴィデオというテクノロジー

ヴィオラにとって、ヴィデオは、宇宙における人間の根源的他者性を表現する絶好なメディアである。テープの表面への〈世界〉の痕跡、そしてその自己参照=編集というテクノロジーは、人間の意識、そして記憶を二重化しつつ、その在り方への覚醒をもたらす手段となる。しかも、ヴィオラは、そこにしばしば、「ショック」や「諧謔」を巧みに差し込み、その二重化=覚醒に感覚的・知的強度をもたらすことも忘れない。
 彼はまた、当然のことながら、ヴィデオというテクノロジーを通じて、光の、そして映像の多様な探求を試みた。"Tiny Deaths" (1993) は、漆黒の闇が満ちた空間の三つの壁に、かろうじて知覚可能な人物たちの粗い粒子の像が、亡霊の如く佇み、ときおりそのうちの一つが、突然飽和する光とともに消滅するという、印象的な作品である。この光の瞬間的な充溢=消滅は、我々の、宇宙における〈他者〉性の焼尽(=死)そのものを表わしているのだろうか。

ホイットニー美術館
(Whitney Museum of American Art)
http://www.echonyc.com/~whitney/




ビル・ヴィオラ作品

http://www.cnca.gob.mx/viola/
index.html



グッゲンハイム美術館ソーホー
http://www.artnetweb.com/guggen
heim/mediascape/viola.html



ニューヨーク近代美術館(MOMA)
"I Do Not Know What It Is I Am Like"
http://www.moma.org/filmvideo/
pages/viola.i.do.not.eye.html



"Stations"
http://artscenecal.com/Articles
File/Archive/Articles1996/
Articles0996/BViola.html



ロサンゼルス現代美術館(MOCA)
"Room for St. John of the Cross"
http://www.moca.org/pc/col/
elpaso/viola.htm

ビル・ヴィオラ展
会場:ホイットニー美術館(ニューヨーク)
945 Madison Avenue at 75th Street, New York, NY, 10021
会期:1998年2月12日〜5月10日
問い合わせ:bsing@cris.com Tel.(212)570-3600

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