最初に私の眼を穿ったのは、真赤な人体のメタファーを顕わにしたガエターノ・ペーシェ作の〈ドンナ〉であった。〈ドンナ〉のイメージは、鎖に繋がれ、監禁された女性像である。その黙示録的なナラトロジーと相反し、〈ドンナ〉は低温発泡成形型ポリウレタンとナイロンジャージで作られており、空気を通さないシートで包まれているテクノロジーの申し子である。ユーザーはシートから高密度で成形されている多泡性ゴムを膨らませて、ハンス・ベルメールのオブジェに似たシュールな発泡体の椅子として使用したり、あるいは、シートに圧縮し、携帯可能というノマドロジーにも適応している。作者のドゥローイングにおける悲哀はもとより、かたちはむしろ、近未来を彷彿させると言っても過言でないように、ソフィスティケーションされている。
1968年、パリの5月革命に端を発し、ヨーロッパ全土に蔓延したラディカリズムは、デザインに意義申し立てと自由な冒険をもたらした。当時、労働=機械主義の立て役者であったコルビュジエやミースの名椅子は、新しい世代からブルジョア階級のスノビズムと糾弾され、ポップ・アートやコンセプチュアル・アートを取り入れた椅子が台頭するようになる。そのような基盤に〈ドンナ〉に代表される椅子の概念を超越した非椅子が出現するのだが、ピエーロ・ガッティと3人の仲間による〈サッコ〉というジャイアント・クッションのようなフリー・フォームの椅子は、ラディカリストたちが集合してディスカッションするとき、床にゴロゴロし、飲食するために、発案されたものである。行儀の悪い発想であるが、新しい世代のための生活スタイルを最も直視したものであるといえる。「建築なんかなくても生きていける」、〈Living is easy〉というスローガンを掲げて、あらゆる制度からドロップ・アウトしたラディカリズムがポストモダニズムに傾れ込むには10年の歳月を要するが、スーダン・ソンタグの言説によれば、このヒップ・ホップな時代の趨勢こそポストモダンな現象であると規定している。78年、アレッサンドロ・メンディーニが〈ここ10年、新しいデザインは生まれない〉という呪咀のもとに、リ・デザインという手法を家具に展開させ、名作〈プルーストの安楽椅子〉を発表し、デザイン界に大いなる波紋を巻き起こすことになる。18世紀のバロック様式の椅子に印象派のポール・シニャックの点描を拡大したものであるが、光の粒が椅子の輪郭を消すため、透明感を覚えさせる。ある存在する物にデザインを加えることによって、ジャメ・ビュを起こさせるというリ・デザイン的手法は、ブロイヤーの〈ヴァシリー〉でも行ない、そのモダニスティックな構造にマチス的な表現主義と対等させていた。既存の文化様式に別の文化様式を重ねあわせるといった重層的な様相は70年代の終わりの哲学の考察のヴィジュアル版といえるだろう。このリ・デザインの手法をよりマルセル・デュシャンの「レディ・メイド」に接近させるのはシュティレットによる〈コンシューマーズ・レスト〉(消費者の休息)である。83年、誰をもが日常生活の中で見いだすスーパー・マーケットのショッピング・カートを改造し、透明のプラスティック素材の組み合わせによる椅子であるが、その安っぽさとシンプルさはストリート・ファッションや古着に身を包む若者たちから見ると、「超イケてるって感じ」であろう。
20世紀の創始者たちによる〈輝ける機械〉、50年代のチャールズ・イームズやカルロ・モリノの〈豊かな流線〉、60年代のポップなアイロニーを用いた〈ラディカルなメッセージ〉、そして70年代後半からポストモダニム論争の渦中にあった〈バナールなオブジェ〉、多種多様な形相を現わす「いす100のかたち」展を観終わった会場で、作者たちの「いす100の意志」が21世紀ヘのエールとして共鳴していた。
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