さてMOTで開催されている本展「森村泰昌[空装美術館]絵画になった私」は、女優シリーズを終えた彼が、再び美術史シリーズに還ってきた段階での個展と位置づけられるようだ。内容は美術史シリーズだけに的をしぼった回顧展と、凱旋みやげとしての若干の新作である。入口のゴッホと出口のモナ・リザ、そしてモリムラ版プリクラ・マシーン以外は、制作年でなく参照先の美術史順に展示することによって、当初の副題案だったという「美術史を着る」構成が実現されている。小型の図録が手鏡(!)とともに化粧ポーチに入れられているということも、メタ美術史を意図したであろう本展にお似合いだ。
reviews & critiques ||| レヴュー&批評
home
exhibition
「私」のリアリズム
《森村泰昌[空装美術館]絵画になった私》
中ザワヒデキ
私は王女A。私は王女B。……これが、1990年に初めて私が森村の作品に相まみえた時の感想である(佐賀町エキジビットスペース「美術史の娘」展)。絵の中にいたのはまぎれもなく、西洋を愛し/憎み、こんなことしかできない/こんなことならできる、美術史の娘としての東洋の画家、すなわち、私自身だった。
ところが原爆雲を背にする「晩鐘」の兄弟も、野菜としての母「ユディト」も、ペーパーバッグ「TOFUNNY」を手にする盲人も、もはや森村=彼であり、私ではなかった。サイコボーグシリーズ、女優シリーズに至ってはなおさらである。私もまた、美術史シリーズ以外の彼の活動をあまり評価しない一人であるが、同シリーズの中でも特に1985年から1990年までの初期(?)作品にしか、心底共感できない。
そう、ここで今「共感」の語を「評価」と同義に使ったわけだが、森村作品が「私」を問題にしている以上、「私」のリアリティをつかみ取れるかどうかが最大の評価の参照点となるだろう。初期作品では「私」はぶざまでみにくい黄色人種の男性で、お母さんどうしてこんな僕を世に生んだの、存在からしてどっちつかずの、こんなやり方しかできない俺……という困ったリアルさにおいて、私は私だったのだ。彼の自写画は、自身を映し出す私の自画像=鏡でなければならない。絵画を世界の鏡像としたのはレオナルド以降の芸術だが、ちなみに、あらゆる芸術は説得力という意味でのリアリズムにほかならないと、かねてから考えている(シュルレアリスムもまさにリアリズムだというような意味において)。
新作の「身ごもるモナ・リザ」を符牒的に言うならば、最初期の重要な展覧会「マタに、手」(オンギャラリー、ギャラリーNWハウス、1988)で卆まれた胎児(マタニティの洒落だろう)が美術史の娘として成長し、女優を経て、ちょうど10年後に「はじまりとしてのモナ・リザ」に回帰したという図式だ(ちなみに「モナ・リザ」はレオナルドの性転換自画像だとする説もある)。同時に、もはや作者は「私」のリアリティにそれほど固執していないのかもしれない。子宮的な「岩窟の聖母」の背景を使用した母子解剖図「第三のモナ・リザ」は、どうしても解剖する側/止揚する側の第三者存在(レオナルド?/ヨハネ?)を観客に示唆してしまう。
その通り、実は「晩鐘」の兄弟以降の彼の軌跡も、個人的な「私」のリアリティから離れてしまえば図式的には見事だった。被爆国民が祈りつつも互いにそっと銃を向け兄弟と名乗ることなど、よくできた辛辣な寓意画と言わねばならない。東洋人を潜在的支配の対象とし、実際に原爆を投下した西洋人なら、「モリムラ=彼」においてなおさらだろう。
しかし私は回顧展を一巡して、やはり普遍的な彼よりも、初期作品群における個人的な私こそ森村芸術の本領だと考えた。そこでの私は、プリクラ・マシーンのように恣意的に代入可能な着せ替え人形ではない。私という必然の、類稀な達成だ。代替可能な非自我を呈示しえたのはむしろシャーマンの方であって、森村の新作「私の妹のために/シンディ・シャーマンに捧げる」や、彼自身の言動に惑わされるべきでない。
はじまりとしての「肖像(ゴッホ)」(1985)を除けば、そんな「私」を最も顕著に感じさせてくれたのは、やや異色な手法となってしまった「肖像(泉1、2、3)」(1986-90)だっただろう。この作品の前に立つ私は、絵画になった私ではない。森村になった私である。
展示作品
美術史の娘(王女A)
1990年
肖像(ゴッホ)1985年
Brothers
(Late Autumn Prayer)
1991年
写真
東京都現代美術館
1998年5月1日号
フォト・プレヴュー
オープニング・パーティ
展示風景
《森村泰昌[空装美術館]絵画になった私》
会場:東京都現代美術館
会期:1998年4月25日〜6月7日
問い合わせ:Tel.03-5245-4111
会場:京都国立近代美術館
会期:1998年6月16日〜8月2日
問い合わせ:Tel.075-761-4111
会場:丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
会期:1998年8月29日〜10月18日
問い合わせ:Tel.075-761-4111
top
review feature interview photo gallery
Copyright (c) Dai Nippon Printing Co., Ltd. 1998