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変質するメディア・アート
――ウッディ・ヴァスルカ展
暮沢剛巳

「ザ・ブラザーフッド」――いささかマッチョな響きを持つこのタイトルからは、まったく異なる二つの反応が引き出されるだろう。一つは文字通りの“男根原理”、ポストモダン以降の思潮ではもっぱら否定的に語られる近代の支配的・抑圧的イデオロギーに対する批判であり、もう一つは戦争、古くはクラウゼヴィッツが、最近ではドゥルーズ=ガタリやポール・ヴィリリオが詳細に論評してみせたような、様々なテクノロジーを動員した「政治以外の手段による政治交渉の継続」に対する冷淡な態度である。大がかりなメディア・アートの紹介でもある本展では、言ってみればこうした二つの「ブラザーフッド」が混在しているわけだが、その二つがそれぞれどのように共存し、機能しているのか、とりあえず作家ウッディ・ヴァスルカのキャリアを補助線として考えてみよう。

1937年旧チェコスロヴァキア生まれ。機械工学と映像制作を学んだ後、65年にニューヨークへ移住。短期間のうちにメディア・アーティストとしての地歩を固めて、71年に夫人らと実験スタジオ「キッチン」を設立。以後のユニークな活動によって、世界的なメディア・アーティストとして知られる――およそこのように略述できるヴァスルカのキャリアからは、彼が人生の節目節目において「第二次大戦」「プラハの春」「ヴェトナム」「湾岸戦争」といった戦争と対峙してきたことがわかる。しかし、実のところ以前の彼の作品にこれらの戦争の痕跡は希薄だし、資料などから察する限り、むしろ今まで意図的に退けてきた観すらある。それがいいか悪いかは別として、その理由の一端は「シングル・フレーム」と呼ばれる彼の映像手法に伺われるだろう。
 映像の最も重要な本質は、当然のことながら“像が動く”ことである。写真がフレームの中にただ一つの時空間を固定してしまうのに対して、映像はその中に時空間の連続性とを再現することができ、独自の運動表現を可能にした――マイブリッジやマレーが「クロマトグラフィー」を開発して以来のこの「常識」に、しかしヴァスルカは異を唱えたのである。映像が連続性を伴うということは、そこに必然的に物語が成立するということだ、物語の介在は、かえって映像の純粋さを損ねてしまうのではないか、と。こう確信したヴァスルカは、連続性を切断した、独立した一コマ一コマの映像からなる「シングル・フレーム」を提唱、以後長らくその実験に携わることになった。作品の意味(=物語)よりも観念を重視するのはコンセプチュアル・アートに顕著な特徴だが、作品の物語に対する関係を従属ととらえ、むしろそれを断ち切ろうとするヴァスルカの「シングル・フレーム」も、その一環として考えられるのかもしれない(そう言えば、ヴィデオやコンピュータはそもそもコンセプチュアル・アートのツールとして活用されはじめたのだった。その背景にあったのは、モダニズムがテクノロジーに寄せる厚い信頼である)。

それが一転して今回の「ブラザーフッド」、観客が参加できるインタラクティヴ・アートという形態を装ってはいるものの、その強い惹起性は、どうしたって物語を伴わずにはいられないものである。ヴァスルカは90年代に入ってからそれまでの「シングル・フレーム」を放棄し、また新たな映像実験に着手しているとも聞くから、どうやら彼が今まで遠ざけていた物語に重大な意義を認めはじめたことは確からしい。しかしだからといって、湾岸戦争の戦火をテーマとした意欲作「フレンドリー・ファイア」の美しいイメージに接した後では、「ブラザーフッド」を単純に“転向”や“敗北”といった退行現象ととらえる表面的な解釈は控えるべきだろう。コンセプチュアル・アートの一環として開始されたメディア・アートにおいて中心的な役割を担ってきたヴァスルカ(そう言えば、ある現代美術事典の中で、ヴァスルカがナム=ジュン・パイクらと並ぶ第一世代のメディア・アーティストとして紹介されていたのを思い出した)は、現実世界との緊張関係の中で、男根原理の抑圧や戦争の恐怖の前では「芸術の自律性」など何とも無力であることを自覚しつつ、メディア・アートの変質を身をもって生きてきた作家なのである。

ヴァスルカ1
ウッディ・ヴァスルカ
ブラザーフッドテーブル2
「オートマタ」1990


ヴァスルカ2

写真提供:NTT ICC
ウッディ・ヴァスルカ展
会場:インターコミュニケーションセンター
会期:1998年7月17日〜8月30日
問い合わせ:TEL. 0120-144199

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