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記憶と反復の余白に
――加害/被害展
暮沢剛巳

当初、本展「加害/被害」の開催を知り、展覧会の告知チラシを一読したとき、うまいやり口を考えたものだな、というのが第一印象だった。戦争などをテーマとした展示を行なう場合、特定の立場・歴史観を前面に押し出せば何らかの軋轢を生み、最悪の場合それは「富山県立近代美術館問題」のような泥沼化した事態にまで発展してしまう可能性がある、敢えて開催するからには、最初からニュートラルな立場を打ち出し、どこからも文句のつけようがない“八方美人”を装えばいいと開き直ったのだな、と。本展を実見する機会を得て、そうした先入観は若干変わった。

PC(ポリティカリー・コレクト)をめぐるアートの展開や言説は何とも困難なものである。つい最近も、ある雑誌の誌面でジェンダー展をめぐる美術記者とフェミニストの美術史家・学芸員とのいささか“不毛な”論争に接し、その困難をあらためて実感することになった。仮に、造形上はこれといった特徴のない凡作が、“政治的に正しい”立場ゆえに或る層から一定の支持を得ているとしよう。そこへ、例えば私が、もっぱら造形上の理由によってその凡作を凡作として退けようものなら、その或る層からいかなる反撃を受けるかなど容易に想像がついてしまう。すなわち、PCとは本来異なる次元に位置する複数の価値観を“政治的に正しい”立場によって無理に一元化してしまい、またその正しさを「マイノリティ」や「被抑圧」の立場から強調して批判を封じ込め、結果的には逆ヴェクトルの抑圧構造を生み出してしまう危険さえ孕んでいる。自然と、多くの作家や批評家がPCに対しては及び腰になってしまうわけである。

したがってある意味では、多少のリスクと限界を承知の上で、敢えてPCの問題へと挑んだ本展「加害/被害」の姿勢には、それだけで敬意を表するべきなのかもしれない。企画趣旨に即して要点を整理すると、本展は「加害/被害」といった位置関係を問題とすることによって負のベクトルの「関連」「関係」をも明らかにすることを主な意図とし、具体的には1.戦争2.社会3.視覚・情報の三点から「加害被害」の構図を探ろうとしたものだそうだが、どうしたって観客の主な関心は1.へと集中してしまうだろう。この点に関しては、本展の意図はある程度予想の範囲とはいえ、いささかそれとは違っていた。“無色透明”とでも呼ぶべき本展のニュートラルな立場は徹底しており、1.のために展示された作品相互の関係性の中には、「自虐史観」も「自由主義史観」も存在しない(この点は誤解を招きやすいのだが、例えば丸木位里の原爆画に強い反戦志向を見ることが出来たとしても、それはあくまでも作家自身の意向なのであって、本展の企画意図とは別物である)。最近刊行された澤野雅樹の『記憶と反復』(青土社)では、何であれ特定の歴史観は自らが退ける別の歴史観に依存しなければ成立しないことが指摘されていて、私も全く同感なのだが、実のところ、特定の歴史観を周到に排除した本展のニュートラルな構図にも同様の意図が感じられなくはないのだ。とすれば、それは“八方美人”を決め込んでいるのではない、やや消極的とはいえひとつの見識とも言えるのかもしれない。先に私が先入観が変わったと書いたのには、こういった点も与っている。

既に述べたように、ここでことさらPC的観点から本展のことを問題にしようとは思わないが、それでも気になった二点を一応書き留めておこう。ひとつは全体の枠組みで、1.の前では、2.と3.はいかにもインパクトが弱く、また出品作品との整合性も良くなかった。佐藤時啓や太田三郎の作品などは、別のコンテクストではさらに効果を発揮するであろう作品だっただけに残念だ。もうひとつには1.の作品選択で、あくまでも私見だが、天皇をモチーフとした山下菊二と、戦場を図柄とした古澤岩美以外は印象に乏しかった。逆に、誰のものとは言わないが、展示を見て何日も経っていないのに既に記憶が曖昧になってしまった作品も少なくないのだから、これは結局のところ作品の力不足ということになるのだろう。

本展のような性質の展示に対して、個別の作家や作品に関してあれこれとコメントするのは決して賢明なやり方ではあるまい。まずは全体のテーマを、企画趣旨と出品作品全般との関係性を問題にすべきなのだから。しかし、いかにテーマ先行主義のもとに展示が再構成され、そこに担当学芸員の見識が披瀝されたとしても、優れた作品なくしては展覧会の成功は覚束ない。今回は、展覧会の主役が作家であり作品であるという当たり前の事実を再認識する好機でもあった。

山下菊二
山下菊二
「背景」1971




BuBu+嶋田美子
BuBu+嶋田美子
「支配/被支配」




岩瀬殉一郎
岩瀬殉一郎
「The Kiss」1997


写真提供:板橋区立美術館
《加害/被害――絵画は何を暴くか》
会場:板橋区立美術館
会期:1998年8月29日〜10月25日
問い合わせ:TEL. 03-3979-3251

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