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ニューヨーク便り-3
《ひとつの不完全な歴史:日本の女性写真家たち (1864-1997)》展
熊倉敬聡

<男>の言説に抗して

歴史は、現実と言説によって編まれる。ここでいう言説とは、なにも言語によるものだけではない。それは、人間と世界との出会い(=現実、体験)を記号的に構造化するあらゆる象徴的生産を意味する。写真もまた、そのような言説の一つに他ならない。
 写真は、その出自を近代科学にもつことからして、非常にしばしば、視覚的体験をある種の権力で緊縛する言説として機能した。その権力とは、あえてジェンダー的視点を導入すれば、<男>の権力である。いくつかの例外を生み出しながらも、写真は世界を「風景」として「家族」として「事件」としてあるいは「ヌード」として捉えていった。そのようにして、写真は、一つの言説として、近代の視覚の歴史の重要な部分を作り上げていったのである。
 しかしはたして、人間の視覚的体験とは、そのような歴史だけですべて包摂されうるのだろうか。写真の<男>の言説では捉えられない視覚的現実が世界にはあまたあるはずだ。もう一つの、視覚の歴史。その一つの位相を提示したのが、「ひとつの不完全な歴史:日本の女性写真家たち (1864-1997)」展である(キュレーター:福のり子)。

多様な視覚的経験

ニューヨーク州の北、オンタリオ湖岸のローチェスター市にあるヴィジュアル・スタディーズ・ワークショップで、この展覧会は開催された。しかし、その会場に足を踏み入れた者は、そこに──ある意味では展覧会の題名を裏切るようにして──「日本」や「女」といったオリエンタリズム的視線をはぐらかし、あるいは解体するような、ある多様な視覚的経験が充満していたことに驚いたはずだ。
 最近群馬県桐生で発掘された日本の女性写真家の草分け、島隆 (1823-1899) の撮る夫霞谷の笑い。露出時間が非常に長いこの時代にはいたって珍しい被写体の笑いは、すでに写真という言説を笑い飛ばそうとしているかのようだ。期しくも隆の没年に生まれ、単身アメリカに渡り写真の修行をした山沢栄子 (1899-1995) の、身近なオブジェを繊細に組み合わせたアブストラクト・フォトグラフィ。日本初の女性報道写真家笹本恒子 (1910-) は、おそらく男性では撮りえなかった第二次大戦前後の女性たちの生き様、社会的活動を克明に描く。松本路子 (1950-) は、同時代を生きる女性アーティストたちのポートレートを通し、「女流」などという<男>の言説のレッテルを吹き飛ばすほどの生の強度をつかみとる。石内都 (1947-) の粒子の粗いモノクロームは、自らの生存の傷痕を、横須賀という戦争の、歴史の傷が今なお露わな街に追い求める。今道子 (1955-) は、築地の市場で買った生鮮食品たちをシュールリアリスティックにコラージュし、生き物の「ぬめり」そのものを印画紙に写しとる。

もう一つの歴史

「ひとつの不完全な歴史」は、なお続く。オノデラユキ (1962-) は、空を背景に立つ古着の皺、形状から逆説的に不在の女たちの生の気配を暗示する。柳美和 (1967-) は、「エレベーター・ガール」を無限に増幅していくことにより、女性の社会的役割の束縛と魅惑を同時に表現する。そして、もっとも若い世代の長島有里枝 (1973-) は、意図的に挑発的(かつ挑戦的)なセルフヌードや家族ヌードにより、写真の<男>の言説を軽やかに手玉に取る。そのあっけらかんとした様は、奇妙にも、島隆の撮った「笑い」と響き合うかのようだ。
 偶然、「女」という生物学的性として、そして「日本」と(少なくとも近代以降は)呼ばれている社会的環境に生まれ落ちたこれら9人の写真家たち。彼女らは、自らの生のある時期、この写真という、<男>の言説の色濃く刻印されたメディアに出会い、その言説にある部分魅せられつつも、自らの生存を賭けそれと闘ってきた、その百年以上にもわたる歴史が、こうしてキュレーターの見事な手腕でここに描き直された。
 ローチェスター市は、写真の歴史をハードの面から作り上げたコダック社発祥の地であり(今も本社がある)、また近傍のセネカ・フォールでは第1回女性権利大会の150周年が近頃盛大に祝われた。その二つを橋渡しするごとく企画されたこの展覧会は、今後アメリカ合衆国中を巡回する予定だ。是非日本でも、この果敢な試みが紹介されんことを願ってやまない。



 




島隆
女流写真家第1号島隆
http://www.ensc.com/kaic/kankou
/resource/etc/shima.html



笹本恒子
http://www.metro.tokyo.jp/INET/
OSHIRASE/1996/12/206CI005.
HTM



松本路子
松本路子写真展
http://www.dentsu.co.jp/DHP/
DOG/kgall/9807b/index.html



石内都
1998年7月20日 沖縄タイムス
http://www.okinawatimes.co.jp/
jin/19980720.html



今道子
nmp Dec.17,1996
「横浜国際写真フェスティバル'96」の出航……● 飯沢耕太郎


長島有里枝
nmp Aug.20,1996
デンマークでの3つの動き−展覧会《NOWHERE》……●四方幸子


オノデラユキ
nmp Aug.7,1997
第2回東京国際写真ビエンナーレ……●八角聡仁


An Incomplete History: Women Photographers from Japan, 1864-1997
会場:Visual Studies Workshop 31 Prince Street, Rochester, NY 14607
会期:1998年6月26日〜8月8日
問い合わせ:TEL 716-442-8676 FAX 716-442-1992
e-mail: vsw@rpa.net

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