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マシュー・バーニー《クレマスター5》
長谷川祐子

6月、フランクフルトのポルテイクスにおいてマシュー・バーニーの新作、クレマスター5を見る機会を得た。
本作品は1995年、クレマスター4より始まったバーニーのクレマスターシリーズ中、4、1につづいて3作目の作品である。クレマスター筋とは睾丸をつつんで温度変化によって伸縮しこれをひっぱりあげたり、おろしたりする筋肉を指す医学用語である。バーニーは身体内のサーモスタットのような機能をこの言葉に象徴させており、状況に応じて移動、変化するが、結局はどこにも着地しない彼の非決定性の美学をになう言葉ということができる。これまでクレマスター4においてはカーレース発祥の地であるマン島で、激しいスピードレースが展開される一方で、半獣人のバーニーが成人(雄のクラストン山羊)になるための通過儀礼を経るというストーリーが、クレマスター1においてはフットボールフィールドの上に浮かんだ二つの飛行船のなかの女神(ミスグッドイヤーフィールド)がつくる卵と卵巣、子宮を含む助成の生殖組織のダイヤグラムどおりにフィールド上のコーラスガールたちがマスゲームを繰り広げるといった、新たな生殖器の可能性を暗示するストーリーがあった。
今回の舞台は一転して中央ヨーロッパ、ハンガリーのブダペストへ移行する。ここはバーニーの作品のキャラクターの原型のひとつとなっている脱出の名人、ハリー・フデイニーの生まれ故郷である。神秘的な歴史的な重みに満ちたこの空間でバーニーはデイーヴァ、マジシャン、ジャイアントの3つの役を演じている。これらは往年のセクシー女優ウルスラ・アンドレス扮する“鎖の女王(拘束の女王)”との関係で設定された役で、英雄性と官能性と悲壮感のあふれる強烈な印象を与えるキャラクターとなっている。最初の場面は華麗なバロック建築のオペラ座の空間。黒衣の女王が二人の東洋人の侍女をしたがえて現れ、オペラ座のボックス席にはいる。フルオーケストラが演奏する中、歌い手の姿はないが、美しい女声のアリアが響きわたっている。舞台正面にピンクのサテンのクラウンの扮装であらわれたバーニー、プロセニアム・アーチ(舞台の縁)にそってしつらえられた百合の花とつたで出来た美しいアーチをよじのぼりはじめる。これを目で追う女王、クライミングをしているピンクのクラウンは彼女にとってデイーヴァ(歌姫)の象徴なのだ。そして第2場ではブダの町へわたってゆく長いチェインブリッジを堂々と馬をすすめる黒衣の騎士(マジシャン)の姿があらわれる。雪の中の女王とマジシャンのドラマティックな抱擁の場面が回想のようにかさなり、マジシャンは寒風ふきすさぶ夜の橋の上でその黒衣のマントをとり、手と足に(白い潤滑油ゼリーでできた奇妙な)拘束具をつけ、ゆらりと河のなかへ倒れ込む。これは明らかにフデイニーへのオマージュである。3場で女王はオペラ座の小部屋にある奇妙なオブジェをのぞき込んでいる。そこには覗き穴があいており、下は水をたたえた空間がひろがっている。19世紀につくられた有名なパブリック・バス、水面下には水の妖精――(ファンタスティックだが幾分グロテスクな半魚人風の)妖精たちが泳ぎ回っている。バーニー扮する海神ネプチューンのようなジャイアントが現れ、水のなかに静かにはいっていく。妖精たちは彼のまわりにからみつき、てんでにその男性器の根元にリボンを結びつける。リボンの先にはヤコブ種の鳩(首周りが美しい冠状の羽根で囲まれた鳩)が結びつけられており、鳩はいっせいに浴場の空間にとびたち、リボンが放射状に華麗な線を描く、陶然と水の中に立ちすくむジャイアント――、最後には次々に物語の終焉、カタストロフが訪れる、河に身を投じ拘束具をつけたまま水の中にゆらぐマジシャン、転倒する女王、プロセニアムアーチから転落し、溶けてしまったデイーヴァ……。すべての場面場面が入念につくりこまれ、シノワズリーとバロックを未来風にアレンジしたような意匠、フリークスめいた従者や妖精の東洋人のキャステイングもふくめ、バーニーのヴィデオグラフィーはますます冴えを見せている。
すべての場面が別の物語への結節点をもって開かれていること、をうたうバーニーだが、今回は女王と3つのキャラクターの情熱的な関係が軸となって展開され、比較的わかりやすいドラマ構成となっている。いずれにしてもこれがクレマスターシリーズのなかにあって、彼が好む拘束のテーマの心理的でドラマティックな表現という部分をしめることになるのだろう。
《クレマスター5》
会場:ポルテイクス(ドイツ、フランクフルト)
会期:1997年6月

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