reviews & critiques
reviews & critiques ||| レヴュー&批評
home
home
exhibition
《バルテュスとジャコメッティ》展
田中 純

メルシャン軽井沢美術館で開催されている《バルテュスとジャコメッティ》展は文字どおり、この二人の特異な芸術家の交流に焦点を合わせた展覧会である。二人は1930年代のパリ、シュルレアリスムの周辺で出会い、ジャコメッティの死にいたるまできわめて親しい友人であった。絵画と彫刻という異なる分野で、ほとんど反時代的ともいえる身ぶりで繰り広げられた、緊張度の高い、凝縮されたイメージの追求において確かに、彼らは相似た芸術家であったといえるかもしれない。展覧会カタログに寄稿しているジャン・スタロビンスキが触れているように、おそらくその類似性は、彼らがともに〈不安に満ちた愛情の念〉を表したという、アントナン・アルトーの明晰な狂気に結びついたものでもあるのだ。

この展覧会では、バルテュス初期の著名な『街路』(1933年)を準備する作品であり、彼がジャコメッティに贈った『ポン・ヌフ』(1928年)のほか、ピカソが購入した『子供たち』(1937年)、あるいは不安と緊迫感に満ちた女性像『アリス』(1933年)と並んで、ジャコメッティの『見えないオブジェ』(1934〜35年)や『歩く男I』(1960年)、『犬』(1957年)など、それぞれの芸術家の貴重な作品や代表作のいくつかを眼にすることができる。ジャコメッティによる矢内原伊作の肖像画(1959年)や、バルテュスが描く節子夫人をモデルにしたデッサンは、日本、日本人に対する関心という点においても両者が共通していたことの証左となっている。
 ジャン・ジュネが嘆賞した『犬』、ジュネにジャコメッティが「僕はこの犬だった」と語ったというその彫刻のかたわらの壁には、バルテュスの『自画像 猫たちの王』(1935年)がかけられている。この空間ではいわば、動物たちを話題にして二人の芸術家同士が語り合っている。スタロビンスキが空想しているように、『街路』の作者と『歩く男I』の作者はまた、通りや公共の広場、人間身体の動きについて、実際に考えを交わしていたかもしれない。もとより、芸術家同士の友情が、彼らの作品の同質性を保証するものではない。しかし、ジャコメッティが自らの彫刻の核心とした〈鬱勃とした暴力〉(アルトーであれば〈残酷〉と呼ぶであろうもの)は、『街路』や『ポン・ヌフ』におけるバルテュスの奇妙に硬直した人物像ばかりではなく、余白と静寂のなかにとらえられた少年、少女像、いや、ピエロ・デラ・フランチェスカを思わせる、初期ルネサンス的な穏やかな田園風景のなかにさえ、共振するものをもっているように思われる。

小規模な展示ではあるが、カタログについては、昨年のシャガール展のものとは比較にならないほど、はるかに行き届いた造りになっている。食品会社の付属施設であり、観光のついでに立ち寄られる美術館という曖昧な性格がいまだ消し去りがたいものの、独自な企画と、小品ではあっても良質の作品と丁寧な展覧会構成・カタログ作成によってこそ、この美術館は、その存在の意義を確実にしていくことができるだろう。その可能性は感じさせられた展覧会であった。
ポンヌフ
バルテュス
「ポン・ヌフ」(1928)
子供
バルテュス
「子供たち:ユベールとテレーズ・ブランシャール」(1937)
歩く男
ジャコメッティ
「歩く男 I」(1960)

写真:(C)ADAGP, Paris&SPDA, Tokyo, 1997
参考文献
『アントナン・アルトーの帰還』
鈴木創士著、河出書房
現代思想・芸術等に大きな影響を与えているアルトーが、精神病院を往復し続けた生涯を小説にした作品。
《バルテュスとジャコメッティ》展
会場:メルシャン軽井沢美術館
   長野県佐久郡御代田町大字馬瀬口
会期:1997年7月19日(土)〜11月9日(日)9:30〜17:30(会期中無休)
問い合わせ: Tel.0267-32-0288

top
review目次review feature目次feature interview目次interview photo gallery目次photo gallery
 




Copyright (c) Dai Nippon Printing Co., Ltd. 1997