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増殖を続けるイメージの政治学
ジュリアン・シュナーベル『バスキア』
北小路隆志

バスキアにとってのリングとは

ジャン=ミシェル・バスキアは果敢なファイターだった。もちろんこれはボクシング・グローブをはめ、精悍な顔つきでこちらを睨みつけながらファイティング・ポーズをとるバスキアを正面からとらえたあの有名な写真に眩惑されての印象にすぎないのだろう。だけど、そうした私的かつ些細な印象ですら否定されるまでもない。なぜなら、バスキアにとってのリングは増殖を続けるイメージの政治学と呼びうる場所であったからで、その戦場で一定の勝利を収めることに成功した彼とその周囲を取り巻くイメージに、私たちもまた自ら率先して眩惑されることで80年代をすごしたのだから……。
 とはいえ疑問は残る。彼は十分にタフなファイターたりえただろうか? 彼は何に向けてパンチを浴びせようと試みたのか? もちろん、イメージの政治学はそうした方向性(敵/味方等々)を拡散させ、もはや誰が誰に向けて闘争を仕掛け、それがいかなる理念に基づくか等々の問いを宙に漂わせる性格を帯びている。だからおそらく私たちのもとに提出された映画『バスキア』もまた、先に掲げられた問いに納得しうる回答を準備するものであるはずもなく、新たなイメージの付加によりこの問いを錯綜化させる効果をもたらすばかりである。

人物描写におけるスタンスの選択

『バスキア』は二つの軸において美術関係者の注目をひく映画だろう。まず第一に、当然のことながら、バスキアその人を描く際にどのようなスタンスが選択されているか? そして第二にこの映画の監督がジュリアン・シュナーベルである以上、彼の(映画)作家性がどのような形でこの映画のなかで発露されているか?
 第一の軸については、パブリック・イメージ・リミテッドのナンバーが流れる冒頭部分のヴァン・ゴッホを巡るモノローグで素直に明らかにされている。この映画でのバスキアは要するにゴッホ同様に、ありあまる才能に恵まれながら、不運ゆえか、人格的な欠陥ゆえか、それとも時代に先んじる才能でありすぎたがための周囲の無理解ゆえか、ともあれ、生前においては当然受けてしかるべき評価を得ることなく早すぎる悲運の死を遂げる芸術家の典型である(もっとも、周知のように、バスキアにおいては栄光とその剥奪のプロセスが語られるのだが)。ゴッホの死をなぞらえるかのような、絵に描いたように悲劇的で出来過ぎたドラッグによる死……。
 つまり、映画はほとんど19世紀的なロマン主義の芸術家観に基づきバスキアの人生を追っており、バブリーでグラマラスな80年代ニューヨーク・アートシーンへのノスタルジーをかきたてながら、そこでは通俗的な芸術家像の反復が見出されるばかりだ(シュナーベルはあるインタヴューで「いままでになかったアーティストの姿を映画に撮ってみたいとつねづね思っていたんだ。アーティストの捉えられ方はいつも陳腐な偽りだらけのストーリーだよ。耳を切ったり、絵の前で神に大げさに祈ったりとかさ」と語っている[BT97年1月号]。だが皮肉なことに『バスキア』はそうした映画の典型であるように私には思える……)。

シュナーベルの作家性の発露

では映画作家としてのシュナーベルはどうか? 自身をモデルにした画家を英雄的な相貌の下にゲイリー・オールドマンに堂々と演じさせてみたり、自身の手で映画の中でのバスキアの絵画を復元するなど(この試みが映画中、最大の見所ではないか?)、作家として署名をフィルムに刻印するのに忙しいシュナーベルではあるが、映画それ自体において何か目覚ましい試みが実践された気配はない。ロバート・ロンゴやディヴィッド・サーレの映画がそうであったと同様に……。
 要するに、現代美術のアーティストが映画に進出するのはいいとしても、彼らの「美学」がそこで奇妙にいずまいを正してしまうことへの違和感を私は拭い去ることができない。ウォーホルやバスキアらが映画を通して「歴史化」されることが一種の必然であるとしても、その「歴史化」がまたもや19世紀的なロマン主義的芸術家像に収斂されてしまうことへの失望……。ウォーホルの映画など存在しなかったかのようなスタイルによるウォーホルを巡る映画の氾濫といったような悪循環……。あるいはこれも、ウォーホルやバスキアによって展開されたイメージの政治学によってすでに予告済みにすぎないのだろうか?



ちらし
『バスキア』
会場:新宿東映パラス3
上映日時:1997年9月27日(土)〜10月17日(金)
問い合わせ:新宿東映パラス3 Tel. 03-3351-3062

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