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洞窟から踏み出す一歩
―ライヒ+コロット『THE CAVE』日本公演&
ヴィデオ・インスタレーション
伊東 乾

ドキュメントの声が持つ力、普通の語り口が持つ独自の声の生命と「音楽」とが、新たに交差しなおす。そんな現場を君は目撃するだろう。日本での上演が長らく待たされていたスティーヴ・ライヒ(音楽)とベリル・コロット(映像)によるミュージック・ヴィデオ・シアター『THE CAVE』のパフォーマンスが、去る9月18日から21日まで、東京、渋谷のBunkamura、シアターコクーンで行なわれた。ライヴを見逃した人には是非、10月5日まで行なわれているヴィデオ・インスタレーションを見て欲しい(NTT・ICCミュージアム@新宿、東京オペラシティビル4F、入場無料)。

「あなたにとってアブラハムとは誰ですか?」「あなたにとってサラとは?」「ハガルとは?」「イシュマエルとは?」「イサクとは?」という5つの質問が、イスラエルのユダヤ人、パレスチナのアラブ人、現在アメリカに住んでいる人々に向けられ、おもにそのインタヴューを構成して、この「ミュージック・ヴィデオ・シアター」全三部は構成されている。テキストや背景、ヴィデオ的側面は他のレヴューに詳しいと思うので、ここで専ら音と声の取扱いについて話したい。
 ライヒはインタヴューで録音した声に殆ど手を加えず、一部を断片として取り出す。そして生の声のもつイントネーションから平均律のメロディ・ライン(彼はこれをスピーチ・メロディと読んでいる)を抽出、それを素材として「音楽化」してゆく。作曲者によれば「それぞれの人のスピーチ・メロディは、その人の音楽的なポートレートになっている。その人に固有のメロディがあって、それを楽譜に書き取り、彼らの語りの音の高さ、リズム、テンポ正確に書き取り、その後でオーケストレーションに移る」手順で作曲が行なわれた。ドキュメントの声に関してはこの極小の方法論を貫いて、2時間以上に及ぶ作品全体がつくられた(例外は第二部でのコーランの朗誦にあるだけ)。
 またライヒは「語りのメロディは人間の魂が見える窓だ……劇音楽にとってそれは重要な役割を果たす」という作曲家ヤナーチェクの言葉を引用して「語っている人と音楽を切り離すことは不可能だ」と言っている。実際パフォーマンスの現場では声が持っている独自の力が保たれながら、それが音楽の文脈の上に重ね合わされて、新たな魅力ある時間と空間が実現している。豊かな可能性の沃野に、コーディネータ役の浅田彰に従えば、「21世紀のオペラ――マルチメディア・シアターへの大胆にして確実な一歩」が踏み出されたと思う。ここではその一歩の先を考えてみよう。
 ライヒの「スピーチ・メロディ」はすべてが平均律、通常のリズム書法に翻訳されて「音楽化」され、さらにその旋律線が必ずダイナミクスやアクセントを極力排除した器楽音で塗り重ねられている。人間の聴覚は言語音声を「スピーチ・モード」と呼ばれる(音楽等とは別の)処理過程を経て認知するというが、有限な知覚の可能性の中でこの一辺倒の書法のために、時に君の耳には声の力と音楽の強度の双方が同時に損なわれて聴こえるかもしれない(平均律化自体は如何に演奏のプラクティシティを強調しても「一点近似」「線型平準化」という指摘を免れないだろう)。前もってコードを敷き込み調的な重力を設定してサンプラーからリズムキューを出し、それに合わせて声や生楽器が演奏するパターンで2時間通すのは単調過ぎて、君は飽きてしまうかもしれない。音楽を丁寧に聴き慣れた耳にも後半は音楽自体よりインタヴューの固有名詞などに関係する興味でもったという声が聞かれた位だから。時折挿入された祈りの空間での人々のつぶやきと響き合うロングトーン、あるいはまったく手つかずのコーラン朗誦の微細な美しさに却って注意が向いてしまった人もいるらしい。ライヴでありながら過度な増幅のため音場が極めて平板化された事なども大いに惜しまれる(インスタレーションならこれは仕方ないね)。ライヒのテクノロジーへの関わりが(良かれ悪しかれ)ミニマルに抑えられている点も指摘されていた。
 次回作「スリー・テイルズ」では声の高さを保って長さだけを延ばす「スローモーション・サウンド」による聴覚的錯覚の利用を予告しているが、ミニマルというスタンス的開き直りでは庇いきれない手不足を指摘する声もある(NTT・ICCセンターでは第一部「ヒンデンブルク」の予告ヴァージョンを見ることが出来る)。手を加えないドキュメントとその「リアリティ」といったライヒ達の言葉は、たとえばJ. L. ゴダールの、仕事への徹底した倫理的姿勢を想い出すとき、ちょっとあんまりナイーヴに過ぎるだろう。でも、誤解しないでほしい。ドキュメント・ミュージック・シアターという斬新なパフォーマンスのあり方は物凄く新鮮で、この素晴らしさ自体は決して損なわれない。こういう指摘はみんな「ケイヴ」の一歩先を考えて、僕ら自身も答えを模索しながら考えるヒントに、と思っているのだから。

このページに書ききれない多くは『現代詩手帖』10月号や『現代思想』11月号の僕の原稿を参照して欲しい。「ケイヴ」が大事な一歩を踏み出してくれて、僕個人は感謝したい気持ちでいる。
ケイヴ1
ケイヴ2
ケイヴ3
「ケイヴ」のステージ


写真:シアターコクーン
『THE CAVE』
会場:シアターコクーン
上演:1997年9月18日(木)〜9月21日(日)
問い合わせ: Tel.03-3477-3244

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