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《アルフレッド・スティーグリッツと野島康三》展
八角聡仁

アルフレッド・スティーグリッツの写真家としての生涯の中心に、写真をそれ独自の表現を持つファイン・アートとして確立するという課題があったことは確かであるにせよ、それがカメラや印画紙の特性をそのまま用いることによって絵画的な表現から写真を「分離」することであると同時に、対象の客観的な記録にとどまらない写真の可能性を主張しようとする試みであったことに留意しておく必要があるだろう。そこにはピクトリアリズムからストレート・フォトグラフィへの転回という写真史的な記述には還元することのできない複数の「歴史」の交錯があり、一面では19世紀的な「芸術」概念に写真を同一化しようとする反動的とも言うべき側面があったことも否定しがたい。
スティーグリッツ1
スティーグリッツ
「終着駅」ニューヨーク
1893
たとえば「冬――五番街」「春の驟雨」といった、いかにも「文学的」なタイトルを持つ初期の作品に見られるのは、決定的な瞬間を逃さず「ピクチュアレスク」な画面を構成することを通して、その視線の主体を、単に「機械的」に対象を再現する職人的技術者ではなく、自律した「作品」に自己の内面を投影する芸術家として表象するという回路である。そうした伝統的「芸術家」への志向が、写真におけるアートとドキュメンタリーという(今なお機能する)制度的区分を確立することに帰着したと見ることは可能だし、そこにスティーグリッツの「限界」を指摘することも容易い。しかし、それが西欧的な美術史や写真史の文脈をアメリカへと単線的に接続することによって見出される「矛盾」にすぎないとすれば、いわば同時代のヨーロッパが「芸術」の不可能性に直面しているとき、アメリカではその裏返しのようにして別の「芸術」が新たに始まろうとしていたのではなかったろうか。スティーグリッツはまさにその歴史の断層を生きながら変容を遂げ、結果的にそれを橋渡しすることにおいて自らの歴史性を抹消していったと言えるかもしれない。その軌跡を本展はコンパクトに浮かび上がらせている。
スティーグリッツ2
スティーグリッツ
「五番街」街頭風景
1896
日本においても、野島康三が活動したのは、白樺派に見られるように、「芸術」という概念が拡がることによって、異なるジャンルが積極的に干渉しあっていく時代である。すなわち、用いられるのが文章であれ絵筆やカメラであれ、それらは普遍的な「美」の観念に奉仕することにおいて同質であると見なされ、「人類」や「世界」という観念とともに、たとえば雑誌『白樺』に掲載された印象派の画家たちもまた彼らに身近な存在となる。明治以来の西洋との差異の意識や葛藤が希薄化していくその背景に、日露戦争によって植民地を得た日本が、近代化=西洋化をひとまず成し遂げ、政治的に「列強」の仲間入りを果たした状況があったことは言うまでもない。
 しかし、この展覧会でも明らかに見てとることができる野島の写真の変容は、彼が白樺派の近傍にいながらも、そうした観念的な「美」に決して同化しえない差異を抱えていたことを示している。やはりここでも、有名な「樹による女」(1915)をはじめとする初期作品の印画処理による絵画的なマチエールの重厚さから、30年代の「女」のシリーズに見られる「ストレート」な写真への移行を、写真史的な連続性のなかでの「発展」として捉えることはできない。同時代の表現が、外部への緊張が希薄化するのに伴って、主体と客体の合一化を理想とするような「私小説」的なものへと向かうなかで、写真が自己意識に回収しえない「客観性」を突きつける異物であることを感知していた野島の作品には、まさしくヨーロッパと日本との歴史的差異とともに彼が抱えていた葛藤と亀裂そのものが刻み込まれているからである。
野島康三
野島康三
「にごれる海」
1896


写真:東京国立近代美術館
フィルム・センター
スティーグリッツ晩年の「イクィヴァレント」のシリーズが、主客合一的な洗練によってヨーロッパ的な美学を超えようとしたのに対し、野島は主体を希薄化することと「客観的」であることの裂け目にこだわらざるをえなかった。そしてそのことは、「私小説」的表現が注目される今日の日本の写真をめぐる状況においても重要な問題を示唆しているように思われる。 同時開催
《アルフレッド・スティーグリッツと
その仲間たち》

会場:東京都写真美術館
2F企画展示室
会期:1997年9月9日(火)〜
11月3日(月)
問い合わせ: Tel.03-3280-0031
《アルフレッド・スティーグリッツと野島康三》展
会場:東京国立近代美術館フィルム・センター
会期:1997年9月9日(火)〜10月25日(土)
問い合わせ: Tel.03-3561-0823

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