ペルー、チリ、アルゼンチン、パラグアイ、ブラジルという南米五ヶ国に囲まれた内陸国であるボリビアは、国土の大部分がアンデス山脈に囲まれた標高4000m級のアルティプラーノと呼ばれる広大な高原地帯である。チチカカ湖を挟んでペルーと国境を接する地域はインカ文明と、プレ・インカの文明の双方が発祥したといわれている地域であり、ボリビア側にはプレ・インカであるアイマラ族が現在でも多数生活している。インディヘナ(先住民)という呼び名はインカとアイマラの諸部族に対する総称である。樹木がほとんど育たない高原に点在するアイマラの村では、リャマやアルパカの放牧を生業とした簡素な暮らしが行われている。 ラパスは、巨大な擂り鉢かクレーターを思わせる盆地につくられた街である。は じめに降り立つ空港は擂り鉢の外、標高4082mにある。約300m下にある市街地へのハイウェイはすり鉢の斜面を下って中心地までつづき、訪れる人はみな最初に街全体を 一望しながらアプローチすることになる。同時に、この険しい斜面が日干し煉瓦でつ くられた小さな住居でぎっしりと埋められていることにも気づくだろう。ラパスに 住むインディヘナのほとんどが、この斜面上に生活しているのである。日中は土の色 に溶け込み、くすんで見える斜面は、日没とともに灯される家々の明かりによって垂 直な夜景をつくり出す。ラパスの夜は、光のカーテンと透明な星空によって包み込 まれているような、幻想性に満ちている。こうした街のスペクタクルな景観は、クレ ーター状の特殊な地形とコロニアル・スタイルの都市構造によってつくられているの である。 都市や集落の空間構造がその土地の地形から受ける影響は大きい。第一回で取り上 げたイエメンでもそうだが、起伏の激しい土地の場合、利用できる土地の制約が厳し いため、高地と低地の扱い方の違いがそのままコミュニティの空間概念の違いを表し ていることが多い。山頂や山の稜線といった地形の高所に凝集してつくられる街は、 監視塔の機能を兼ね備えた城塞都市を形成する。一方、盆地や谷底のような低地につ くられる街は、周囲を囲む傾斜面を城壁として利用できるので、城壁を新たに巡らせ る必要がない。街全体が中庭のような空間となるのである。前者の例ではギリシアの サントリーニ島、後者では京都などが有名だが、標高4000mの高所の都市となると、 チベットのラサにある巨大な城塞宮殿ポタラ宮と、このラパスが好対照であろう。 南米大陸のほとんどの都市は、スペイン・ポルトガルの侵入以降につくられたコロ ニアル・スタイルの都市である。どんな土地に対しても、一辺が50〜100m程度の等 幅に敷かれたグリッド状の街路パターンが、判で捺したようにそのまま敷かれている 。外周道路などで端部が納まっていることは希で、基本的には周辺に行くにしたがっ てパターンは次第に崩れていくことが多い。したがって街の中心部では方形のプラザ や教会を核とした西欧的な堅固な構造が見られるのだが、対照的に街の外縁部は極め てルーズな空間になっている。ラパスにおいても最も低くなったムリリョ広場を囲 む旧市街と、サンフランシスコ寺院の周辺はグリッド状の街路が敷かれ、現在では高 層ビルも建ち並んでいる。しかし、坂道を上って中心から離れるにしたがって、街路 パターンは迷路状に複雑化したり、急斜面で突然途切れたりする。サンフランシスコ 寺院の南側、すなわち日照の少ない北東斜面には、数ブロックにまたがってインディ ヘナ達の露店が無数に並ぶメルカド(市場)がある。種々の生活用品に加えて、ボリ ビアでは合法のコカの葉や、食用に解体された山羊の頭が並べられた店などが軒を連ねた、旅行者の眼にはかなりグロテスクな通りもある。植民地時代当時のスペイン人を模倣して定着した華やかな衣装をまとったインディヘナの女性達が、店先に集まっている情景には、この街の活気を感じる。しかし一方で、外部から持ち込まれた西欧的な都市構造との違和感を消し去れないまま路上を活動の場に選んだ、彼らの頑なな姿のようにも見える。
reviews & critiques ||| レヴュー&批評
home
urbanism
雲の上のクレーター
――ボリビア/ラパス
ラパス
擂り鉢状の地形の向こうに霊峰イリマニ山が
浮かんで見える
槻橋 修
アルティプラーノ
ペルー国境から100kmほど東に位置するボリビア最大の都市ラパスは、日本のど こよりも高い標高3800〜4100mにある街である。乾期にはほとんど雲が発生することがないため、空気の透明度はきわめて高く、ダウンタウンにあふれる色彩や南東にそ びえる6402mの霊峰イリマニ山の冠雪が目に鮮やかに飛び込んでくる。
空港から市街地へ下りる
ハイウエイからの俯瞰
スペクタクルな街
ダウンタウンからの眺望
都市と地形
中心街
マリスカル・サンタ・クルス大通り
コロニアル・スタイルの「路上」
メルカド
奥の斜面上に住宅群がみえる
メルカドの露店
メルカドのコカ売り
写真:槻橋 修
東京大学生産技術研究所藤井研究室
top
review feature interview photo gallery
Copyright (c) Dai Nippon Printing Co., Ltd. 1997