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《IO_DENCIES(テンデンシーズ)》展
ノウボティック・リサーチ
椹木野衣

メディア・アートに対するサポートを独自の姿勢から一貫して行ってきたアートラボが、ドイツよりノウボティック・リサーチを迎えて7回目の企画展を開催した。

ノウボティックはこれまでも、電子メディア上に広がる新しい情報環境を様々な側面から探求してきた。今回はその延長線上で、現実の都市と仮想空間との関係を、基礎設定としての都市のデータに、インターネットやインスタレーションを複合的に組み合わせるかたちで展開している。タイトルの「テンデンシーズ(IO DENCIES)」は、傾向(tendency)と密度もしくは量(density)からなる造語で、情報制御のプロセスにおけるさまざまな影響関係をあらわすという。すなわち、東京、それも新橋周辺をターゲットに、現在空き地となっている汐留駅跡地を中心に10の地域を選択し、そのそれぞれに対して人間、情報、経済、交通、建築、経済等にわたる都市のフロー分析を行い、これらをパラメータ化したうえで、インターネットによる不特定かつ偶然の要素を介入させ、時々刻々と変形を続けるリアルともヴァーチャルともつかない情報空間を作り出す、というもの。
 その外見に反して、電子ネットワークのつくりだす仮想情報環境は、現実の都市環境ときわめてよく似た性質を持っている。両者とも、システムと自然との中間的性質を持っており、いくつかの基本的なルールが設定されているだけで、あとは自然発生的な成長にまかされている。また、この基本的なルールさえ満たせば、都市もネットも原則として誰が何をやってもよく、これらの性質によって、両者はパブリック・スペースとして一括して語られうる視点を含んでいる、ともいえる。

今回のノウボティックのプロジェクトの核心はまさにこの部分にあり、電子メディアを介入させることによって、相互に組み込み合いながら流動化する、都市とネットとの混成態が提示されるわけで、結果的に、それは現実の都市以上に現実を反映すると同時に、仮想のネット空間以上に仮想的な側面を併せ持つ。
テンデンシーズ1

テンデンシーズ1-2
作品はインターネットとインスタレ
ーションがリンクして構成される
ただし、気になることがないわけではない。第一に、ここでノウボティックが採用している、都市を構成する条件のパラメータ化によって現実と仮想現実との境界を流動化させる視点は、かつて音楽の世界で、現実の音を構成する条件をパラメータ化(音高、音価、強度、アタック……)することによって、電子音による合成と、楽器による作曲との境界を乗り越えようとしたトータル・セリエリズムの思想を想起させるということだ。もちろん、ノウボティックがセリエリズムを採用すること自体が問題というわけではない。実際、都市環境と仮想環境との境界を乗り越えようとするならば、いずれにせよセリエリズムはなんらかのかたちで採用されざるをえない。けれども、セリエリズムはその高度の抽象化によって、音楽なら指揮や演奏、都市なら物流や犯罪といった現実の次元が成立する際の政治経済的な関係や階級差、趣味の違いといった還元不可能な要素を捨象してしまう。したがって、今回の新橋汐留貨物駅周辺のように、鉄道発祥の地であり、その後も旧市街地や新市街地が入り混じりながら、銀座のような象徴的な地域との境界をなし、またその広大な土地をめぐって生々しい政治経済的なかけひきが繰り広げられているような場所をわざわざ選ぶというのであれば、この抽象化はかならずしも賢明な手法とは思えない。今回のプロジェクトで「新橋」が操作可能な情報環境に還元されうるのは、この地域をめぐる「歴史」を見ないことによってはじめて可能となる。

都市を考える上で欠かせないキーワードとして「歴史」と並んで気になったのは、「資本主義」の問題である。たしかに本作は、『スタジオ・ボイス』誌のプレヴューで野々村文宏が書いていたように、われわれが都市を決定するのではなく、〈ノウボット(ナリッジ×ロボット、一種の代理人)〉が都市を決定する。しかし、そういうのであれば、〈ノウボット〉の決定性それ自体を規定している資本主義の問題に触れることなくしては、いかなる「代理」も無意味なのではないだろうか。
 そもそも資本主義は、電子環境などよりもずっと根源的に、現実と仮想環境との境界を乗り越えるものとしてあり続けてきた。為替の考え方ひとつとっても、そのバトル・フィールドである都市は元来、資本主義の産物そのものであり、絶えず仮想環境との往還によって自身を再生産してきた。このような考えに立てば、今日の電子環境もまた、資本主義のフィードバックの一形態にすぎないことはあきらかだろう。
テンデンシーズ2

テンデンシーズ3

テンデンシーズ4
会場風景
(C)KR+cF, Canon ARTLAB
本プロジェクトは以後も、サイト分析を変えながらベルリン、サンパウロでも展開されるという。しかし、各都市でのプロジェクトごとに生まれるノウボティックの空間がどんなに多様に見えたとしても、各都市に固有の歴史と、その歴史を規定している資本主義に対する分析を欠くならば、結果的に各都市ごとの均質性ばかりが目立つことになりはしないだろうか。
《IO_DENCIES(テンデンシーズ)――情報からの都市への問い》
会場:ヒルサイドプラザ
会期:1997年10月4日(土)〜10月12日(日)
問い合わせ: Tel.5410-3611キヤノン・アートラボ
      artlab@crpg.canon.co.jp
ホームページ:http://www.canon.co.jp/cast/

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