井の頭通り沿いに道路拡張工事のため、細長く残された土地に建つボックスがある。道路に面した全面の開口部に白いブラインドを下ろしたままの、無表情な小さな箱状の建物は、周囲の住宅街の風景とはひとつ、線を引いた趣でたたずんでいる。MDSギャラリーと呼ばれていたこの建築は、1994年に三宅デザイン事務所の情報発信の場として建てられたものである。今年、企画運営に三宅一生氏に、小池一子氏とこの建築の設計者である坂茂氏を加え、ギャラリー活動を展開するスペースMDS|Gとして、新たに動き始めた。
MDS|Gの建築形態そのものはシンプルで明解である。全面ガラスのファサードを南面する道路に向け、5.3m×16.0mの細長い矩形平面をもつ高さ5.3mのボリューム。内部は、構造体である紙管が林立し、ゆるやかに弧を描く壁となって空間を横切り、列柱をなす。いわゆる展示壁的な壁はなく、自然光が大いに降り注ぎ、それ自身建築として独自の強さと美しさを備えたこの建築は、いわゆる「ギャラリー」の箱空間からはかけ離れている。しかしながら、それだけで完全に完結してしまうほどに閉じた空間ではない。光と影のうつろいを受け入れてさまざまな表情を見せ、闇には光の箱としてその姿を現わす。いずれ車道となる前面空地は、建築と周囲との関係を曖昧にしたまま、演出の可能性を秘めている。空間そのものも表現となりうる、余白を多く孕んでいる。
この度、MDS|Gの第1回企画として、フランスの若手アーチスト、マチュー・マンシュの作品展《WORLD CUP》(ミクスト・メディア1994/1998)が行なわれた。
この作品は前回W杯開催年の1994年にフランスで発表されており、ふたたびW杯開催時に時を得たものであるが、それはこの「場」に出会ったマンシュの意図であり、表現である。垂直のラインが連続する空間に、ショッキング・ピンクと黒のストライプ。道路に面する大きなガラス面をショールームのウィンドウに見立て、衣服を見せる。訪れる人のみならず、通りを行く人にも空間全体でアピールする。彼は、建築空間をまっすぐに据えてそれに反応し、自身の表現を、建築と対決するでもなく、かといって従属するでもなく、それぞれの存在を認めながら、並び立つような関係性の上に実現した。それは、自立した表現の場であるMDS|Gの求める出会いといえる。
《WORLD CUP》はW杯時に発表されることで、観る人に「これはサッカーのユニフォームである(あろう)」という自発的な了解を得る。通常の衣服と同じ実物大の、ハンガーに掛けられたユニフォームは、着用する機能を備えたファッションとしての衣服を思わせるが、少しずつ様々に変形が加えられており、通常のようには機能しない。袖やズボンが極端に長いあるいは極端に短い、二つの背中がくっつき、袖が繋がる、頭がたくさん出せそうである(?)……。誰もが等しく、「WORLD
CUP」というフィルターを通して、無条件に作品に急接近したものの、ある種の違和感と不安から当初の認識に懐疑的になる。「これは、サッカーのユニフォームなのだろうか?」。
そのようにして、マンシュは、現実と錯覚しうるような虚構を示し、人の認識に揺さぶりをかける。そこで、人は改めて作品と対峙し、自分の意識を探り、自分で想像することを始める。衣服というもの、スポーツというもの、ファッションというもの、それらに関わる身体というもの。現実、機能するということ、機能の変化、身体の変化、変化しないこと、虚構。最初に眼を奪われた認識の単一さとは裏腹に、それぞれの想像は無限に広がり、彼自身にさえ想像がつかないフィクションの世界を描き出す。異化されたものの美しさ、未完なものの完成度、不揃いなものの統一感、やさしいものの恐ろしさ、わかりやすい不可解。その落差を意識させることで、人を、常識という概念を越えるための境界へ導くことが、彼の意図するところであろう。身体を媒体とし、身体そのものにごく近い距離のところから、少しの異化作用を通して、物体、空間、人の意識や認識、あるいは社会制度といった遠い存在にまで、その問いかけは行なわれる。
MDS|G。Gは新しい活動であり、ギャラリーである。記号として、あるいは音の連なりとして認識されるこの名称は、既存の言葉によって意味を付加されることなく、あいまいなままに、さまざまな方向性や可能性を感じさせる。分野や表現に枠を求めることなく、身体を中心にして、五感に触れる、エネルギーに満ちた、Emergingという言葉に象徴される、新しい人の仕事を表現していくという、MDS|Gの活動そのものを表明しているようでもある。年数回の企画の、次なる予定は「秋頃に、なにか」とのこと。Emergingという言葉の通り、それは、何もないところから、待たれておのずと現われる新しい出会いであるから、やがて確かに訪れるであろうその時を、ゆっくりと心待ちにしたい。
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