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上野アーティストプロジェクト2018「見る、知る、感じる ― 現代の書」

田村麗恵(東京都美術館学芸員)

2018年12月01日号

「書」の世界、とりわけ現代書の世界というと、絵画鑑賞の世界とは別の古典的素養がないと楽しめないものという印象があるかもしれない。だが明治時代から戦前まで書家たちは、西洋から受容した「美術」とは対照的に、中国や日本の古典を参照しながら近代的な表現を追求してきた。戦後さらに欧米での抽象表現主義にも影響を受けながら、今も様々な試みが行われている書の世界。それは、ある意味、もうひとつの日本現代美術といえるかもしれない。
東京・上野の東京都美術館では、そんな、現代の書の多彩なあり方を模索している作家を紹介する展覧会を開催中だ。上野アーティストプロジェクト2018「見る、知る、感じる ─ 現代の書」展を、同展担当学芸員である同美術館の田村麗恵氏のお話を伺いながら巡った。(artscape編集部)


上野アーティストプロジェクト2018「見る、知る、感じる ─ 現代の書」会場風景 [撮影:加藤健]

東京都美術館では昨年から「上野アーティストプロジェクト」として、公募団体で活躍している現代作家を紹介するプロジェクトをされていますが、昨年が美術、第2回の今年は書ということですね。

はい、東京都美術館は「公募展のふるさと」とも言われ、様々な現代作家に発表の場を提供してきた歴史を持っています。その歴史を継承するために、昨年から開始したのが「上野アーティストプロジェクト」です。昨年は美術、今年は書で、今後も毎年交互にとりあげていく予定です。

東京都美術館では毎年多くの公募展が開かれていますが、この展覧会のように、企画展の形でさまざまな団体の作家を紹介する展覧会は珍しいですね。またこの最初のコーナー、金敷駸房作品《槐多の歌へるより》《槐多の瀧》は、初めて見ると抽象絵画とインスタレーションの現代美術にも見えます。

そのように見て感じていただければ嬉しいです。この展覧会は、現代の書を普段・見慣れていない人、作家についてもご存知ない方を対象に、実際の書を楽しく見て、知っていただくことをコンセプトにしています。タイトルの「見る、知る、感じる ─ 現代の書」にもその意図を込めました。

公募展ではどうしても観客の多くが関係者の方々で、また出品点数も通常は1作家1点しか見られませんので、なかなか初見の方に作家の仕事を一定量紹介して興味を持っていただくことが難しいのが実情です。同時代芸術として見ていただく企画展の形式をとることで、現代の書の世界や作家に近づいてもらいたいと考え、こうしたグループ展的なスタイルをとりました。

金敷駸房《槐多の瀧》展示風景

金敷作品は、インスタレーション《槐多の瀧》が目を引きますね。村山槐多の詩文集一冊を全てリボン状の和紙に書き、吊り下げたものですが、書いていく様子のビデオも展示されていて、こちらも作品と同じくらい見入ってしまいました。

作家の制作の様子を見ることも、書を感じ、書に近づくのに有効な方法だと考えました。各作家の展示エリアに、映像作家の鈴木余位さんが制作した制作風景とインタビューの映像を上映し、またその予告編的なダイジェストをYouTubeにもアップしています。

手前味噌ですが見ごたえのある映像になったと思います。例えば書の制作というと孤独な制作風景を思い浮かべられる方が多いと思いますが、映像でご覧いただくと、金敷さんは大勢の方の協力のもとで制作されていることに驚かれている方がいらっしゃいました。

映像も美しく、ぜひ会場で実物とともに見ていただければと思います。次のセクション、秋山和也のセクションでは一転してたくさんの額装された書が並べられていますが、ふだんこういった書を見る機会が少ない方でも、この作家の個性が線の魅力にあることがわかりますね。

秋山和也作品 展示風景

秋山さんは「線」をつくることに大変こだわりの強い作家で、会場で映像を見ていただくとわかりますが、特に小字の作品では非常に素早く書かれたように見える線も、実は驚くほどにゆっくりとした筆運びで書かれています。個人的には、平安の「かな」と通じる緻密さと緊張感を感じます。また時には同じ草稿をベースに、200枚といった、非常にたくさんの枚数を書いたなかから作品を厳選されます。

そのなかの1枚だけが展示されているということですね。体を駆使して錬度を上げながら線を引く様子や、一定の調子でたくさんの字を書かれている様子は非常にストイックで、アスリートのようです。
そして次のセクション、大橋洋之の作品は古い字体の漢字による力強い書ですね。ここでは線の美しさだけではなくペインティングのような印象が出てきます。

甲骨文や金文といった、もともとは骨に彫られたり青銅器に鋳込まれていたような小さな文字を筆と墨で大きく書くという試みは、書の発祥の地の中国よりもかえって日本の方が盛んなようですが、それも大橋さんの先生の先生たちの世代からはじまった比較的新しい試みです。字を見ていると非常に勢いを感じますが、映像を見ていただくとわかるのですが実は力を込め続けるというより軽やかに筆を運んでいる部分もあります。大橋さんは自作を、「文字を素材とした表象芸術」とおっしゃっていましたが、同時に「針を刺したら血が吹き出るような線を書きたい」ともおっしゃっています。実際に向き合ってみると、本当に字が生き物のように見えてきませんか?

次に進みます。菊山武士作品は展覧会のイメージにも使われている《驟雨》をはじめ、雨をテーマにした作品が多いのですが、書かれた紙、墨の色、言葉の組み合わせは、漫画のオノマトペのようにも見えますし、絵画のように見えてきますね。

菊山さんは長期の中国留学から帰国されたのちに、現代的な作品をつくられるようになりました。墨の研究を熱心にされておられます。今回展示されている作品のなかには、焼酎で墨を磨ることで独特の色合いをだしているものなどもあります。墨の色の濃さなどを少しずつ変えながら作り出されるにじみを生かした表現に注目していただければと思います。

大きく開けた部屋に出てきました。千葉蒼玄《3.11 鎮魂と復活》《鎮魂と復活 オーロラ(昇魂)》はどちらも大変巨大な作品ですね。

今回の展覧会で絶対に出品いただきたいと考えていたのがこの《3.11 鎮魂と復活》でした。さらに今回、千葉さんに出品を打診したところ、せっかくだからもっと大きくしようということで、もともとパネル10枚、横幅9メートルのサイズだったのが、その周りにさらにパネルを足して横幅12メートル以上のサイズの作品に仕上げていただきました。こちらは地元の新聞社の協力を得て、東日本大震災の新聞記事を写し書きしていった作品です。

その隣に堂々と並んでいる《鎮魂と復活 オーロラ(昇魂)》は一見、書には見えませんね。素材も紙ではなく不織布とポスターカラーということで、かなり前衛的な作風に見えます。

たしかにこれは書なのか、というのは色々な意見があると思います。ただ、意外かもしれませんが千葉さんはこの作品を書の筆法を用いて書いています。また、書に含まれる色の要素である、墨の黒、紙の白、そして落款の朱の3色を入れ替えて表現されています。

重いテーマを扱った作品ですが、書の展覧会という概念が気持ちよく壊された気がします。
同じフロアの対面には鈴木響泉作品が、大作と小品どちらも出ていますが、特に大作は字というよりは抽象絵画に見えますね。作品名で何の字であったのか答えがわかるのですが、自分で想像したのと全く違う字であったとしても楽しく感じます。こうした作品がこれだけたくさん並んでいるのを見るのは新しい経験ですし、書に対するイメージが変わるだけでなく、新しい世界が開けてくる気がします。

鈴木響泉作品 展示風景 [撮影:加藤健]

今回は同時開催の「ムンク展―共鳴する魂の叫び」のチケット(半券可)提示にて入場無料なのですが、2019年1月6日までの間はさらにギャラリーBで入場無料の当館コレクション展「喜怒哀楽の書」も開催しています。こちらでは書が美術館で展示されるようになって以降の発展の、戦後の書の過程に焦点を当てていまして、会期中にお越しの際はぜひ本展と併せてご覧いただければと思います。


本展カタログ。展示作品の詳細だけでなく、インタビューや、現代書道をより知るためのブックリストなど充実の内容。別冊の会場記録集付き(2018年12月末刊行予定)

上野アーティストプロジェクト2018「見る、知る、感じる ─ 現代の書」

会期:2018年11月18日(日)〜2019年1月6日(日)
会場:東京都美術館 ギャラリーA・C
東京都台東区上野公園8-36/Tel. 03-3823-6921
詳細:公式ホームページ

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