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【PR】見ることのクリエーション──「Walls & Bridges 世界にふれる、世界を生きる」展

中原淳行(東京都美術館)

2021年08月01日号

東京都美術館では毎夏、さまざまな内容の企画展が開催されている。今夏は「Walls & Bridges 世界にふれる、世界を生きる」展が開催中だ。表現の形式も国籍も性別も背景となる文化も受けた教育も異なる5人の作家たちのグループ展である。企画された中原淳行氏にこの展覧会に込めた思いをうかがった。(artscape編集部)


展示風景[撮影:丸尾隆一]


多様な5人の作家たち

──本展の出品作家のリストにはジョナス・メカスのような著名な作家から、ほとんど知られていないような作家まで見受けられます。この5人の作家のグループ展はどのような意図から生まれたのでしょうか。

そもそも夏の企画展のシリーズは、何十万人も動員するような著名な作家ではない、ほとんど知られていない作り手の活動をご紹介することで、新しい価値観にふれていただくという目的があります。

この展覧会では、形式は絵画・彫刻・写真・映像と多岐に渡る作品を選んでおり、作り手の国籍も性別もさまざまです。彼らは生前に出会う機会はありませんでしたし、様式にも作風にも表面上はなんの類似もありません。まったく異なる5人の多様性のなかから横軸が見えてくるような企画としました。

──5人の作家、それぞれの作品の今回の見どころを教えていただけますか。

東勝吉(絵画)1908-2007


東勝吉 展示風景[撮影:丸尾隆一]


長年木こりを生業としたあと、老人ホームで暮らしていた東勝吉は、83歳から本格的に絵筆を握り、大分県由布院の風景や人物画の制作に没頭しました。99歳で亡くなるまでの16年間、珠玉の水彩画100余点を描いています。

彼の作品を東京で紹介するのは今回が初めてです。本展のためにクリーニングを施し、約20年以上前の制作当時の鮮やかさが蘇っています。

増山たづ子(写真)1917-2006


増山たづ子 展示風景[撮影:丸尾隆一]


増山たづ子は故郷の岐阜県旧徳山村と村民を記録するため、全自動のフィルムカメラで撮影しました。すでに還暦を過ぎていた増山は「カメラばあちゃん」の愛称で親しまれ、撮影総数は10万カットにものぼります。村は彼女が永眠した同じ年、ダムの水底に消失しました。

今回、写真は大きく引き伸ばしてマット装の額におさめるのではなく、増山が村の人たちに実際に手渡ししていたサービス判のプリントをそのままに、虫ピンで留めたように展示しています。まるで友人の家で家族のアルバムを覗き込むような親しみを感じていただければ嬉しく思います。

シルヴィア・ミニオ=パルウエルロ・保田(彫刻/絵画)1934-2000


シルヴィア・ミニオ=パルウエルロ・保田 展示風景[撮影:丸尾隆一]


シルヴィア・ミニオ=パルウエルロはイタリアのサレルノに生まれ、来日後は彫刻家となった夫を支え、家事と育児に専念しつつ、寸暇を惜しんで、彫刻と絵画の制作にいそしみました。敬虔なクリスチャンであった彼女の真摯な制作は、切実な祈りそのものでした。

彼女は作品を完成させることを第一に考えていなかったため、完成作品は数が少ないのですが、今回はそのなかのひとつ《シエナの聖カタリナ像》(1980-1984)を展示しています。ゆかりの美術館からドローイングをお借りすることもでき、点数は多くはありませんが、彼女の作品の全体像を見渡すことができる選り抜きの展示になっていると思います。

ズビニェク・セカル(彫刻/絵画)1923-1998


ズビニェク・セカル 展示風景[撮影:丸尾隆一]


ズビニェク・セカルはチェコのプラハに生まれ、反ナチス運動に関わったゆえに、投獄されました。強制収容所での体験を経て、後年アーティストになったという経歴の持ち主です。中年を過ぎてから取り組んだ彫刻や絵画は、名状しがたい存在への問いを湛えています。

彼は日本では知られざる作家と言っていいでしょう。今回の展示にはウィーンの夫人のコレクションとプラハの個人コレクションを中心に構成しています。つまり、本人が一番大切にしていたといっていい作品ばかりで、これらは本邦初公開になります。

ジョナス・メカス(写真/映像)1922-2019


ジョナス・メカス 展示風景[撮影:丸尾隆一]


ジョナス・メカスはリトアニアに生まれ、ドイツの難民キャンプを転々としたあと、ニューヨークへ亡命しました。貧困と孤独のさなか、中古の16ミリカメラで身の回りの撮影を開始します。その後は実験映画の旗手として、類例のない数々の「日記映画」を残しました。

メカスが亡くなったのは、展示の具体的な話を進める前の2019年1月でした。全作品を引き継がれたご子息から作品のオリジナルのデジタルデータを送っていただき、本展のためだけの「静止した映画フィルム」のパネルをつくることができました。映像とパネルとを組み合わせた展示は生前にソウルで開催された展覧会以来です。

コロナ禍が見せた生きること、つくることの切実さ

──コロナ禍によって影響を受けたことはありますか。

企画のコンセプトは同じですが、その意味するものが変わったと思います。作家も作品も変更していないにもかかわらず、見え方が変わったのです。「世界にふれる、世界を生きる」というタイトルが、まるでコロナ禍のことを見越していたかのようだと言われた方もいます。意図していなかった内容が、現在の状況によって、まるで意図していたかのように見えたのでしょうか。世界に対する見方が変わったことで作品の読み取り方も変わったのですね。本展をご覧いただいた方からは、気持ちが揺さぶられた、というような大きな反響をいただいています。外国人の方が増山の写真を見て泣かれていることもありました。

──文化芸術は不要不急なのか、という論議がありましたね。

単なる気晴らしや娯楽であれば、代わりはいくらでもあります。しかし、本展で紹介している作り手たちはやむにやまれぬ強い衝動によって作品をつくっています。彼らにとって、つくることは生きることと同義だったのです。平時では、芸術は余裕がある人のものと考えられていたかもしれませんが、9.11や東日本大震災、今回のコロナ禍など、さまざまなことに制限がかかり、生きることの根底が問われるような状態になったとき、芸術の必要性があらためて問われるように思うのです。平時ではきれいごとのように通り過ぎてしまうことや届きにくいような小さな声が、ある種の切実さをもって見る者の心を捉えるということが起きるのです。それが人生の灯台のような役目をしてくれることもある。


想像力で壁と壁を架ける橋を創造する

──5人の作家には共通点はないとおっしゃっていましたが、「記憶」というキーワードは、展示室をめぐるときの手引きになるような気がします。

はい。目には見えない共通点があります。メカスも増山も目的や内容は異なりますが、「アーカイブズ」をつくりました。メカスはNYの孤独な生活のなかで身近にいる人たちを撮影することを自身の支えとしました。増山は徳山村がダムでなくなることが前提で撮影をスタートしています。痛切な思いで取り組んでいたという点は似ています。

東勝吉の作品は、彼が木こりだったときに山で見た自然の記憶が変容して絵画になったものだと感じています。ズビニェク・セカルは強制収容所にいたときの体験が、のちの箱の作品に影響を与えているでしょう。シルヴィア・ミニオ=パルウエルロ・保田のコラージュは、スケッチブックや紙片に描いた素描を、夫の保田春彦が彼女が亡くなったあとにまとめたものです。これもまた、二人の無言の対話、記憶に係わる何かが結実したものといえるでしょう。

──タイトル「Walls & Bridges」の「壁」と「橋」とは何を指しているのでしょうか。

誰もが自分の人生しか生きることはできません。しかし、アートは自分とは異なる人生を見せてくれます。真の創造であればあるほど、見る人は想像のうちにその作り手とつながることができるのです。

たとえば、徳山村になんの関係もない私たちが、増山の写真に心動かされるのはなぜか。村はダムに沈みましたが、水没で人が亡くなったわけではありません。しかし、写真を通じて、いまは存在しないその空間と時間を、私たちは我がこととして捉え、受け取る。その瞬間、未来を考えながらシャッターをきっていた増山と気持ちが重なっている。

見ず知らずの作り手たちが残したものを見て、私たちの心のなかで何かが起動するのです。そうでないと芸術の意味は説明できません。なぜ人はわざわざ美術館などにお金を払って他者の情熱の痕跡を見るのでしょう。

人間は一人ひとりが壁のようなもので、真に理解しあうのはとても難しいことです。社会は壁と壁が向き合っているような不毛な世界かも知れません。その断絶をどうつなぐか。芸術の可能性とは、時間や空間、国籍の違いなどを超えて、作り手の体験と感情を不思議と共有できる点にあります。

今回、技術的な教育を受けていない東勝吉と増山たづ子が含まれていますが、二人の作品を見れば、彼らがプロだったかどうかなどという問いは、まったく意味をなさないことがおわかりいただけることと思います。そして、「芸術的な感覚」は何か一部の偉大な天才たちだけに与えられたものではありません。作り手本人に会えば、ピカソであれ誰であれ、私たちと同じ人間だということがわかります。

可能性は誰にでも開かれている。そのことを作品が教えてくれるのです。たとえ、自分が描いたものでなくても感じることができる。鑑賞とは、作り手の創造(クリエーション)と私たちの想像(イマジネーション)が重なり合う体験なのです。彫刻家のイサム・ノグチは芸術作品とは「未来への贈り物」だと語っています。心を空にしてみつめるとき、作品は何かをわたしたちに語りかけてきてくれます。作り手からのギフトを受け取るかけがえのない瞬間です。

この展覧会では、作品とみなさんの間に自由な架け橋をつくっていただければと思っています。



展示風景[撮影:丸尾隆一]


Walls & Bridges 世界にふれる、世界を生きる

会期:2021年7月22日(木・祝)~10月9日(土)
会場:東京都美術館 ギャラリーA・B・C
東京都台東区上野公園8-36/Tel. 03-3823-6921
観覧料:一般=800円、65歳以上=500円
*学生、外国籍の方は無料
*83歳から絵筆を握った東勝吉にちなみ、80歳以上の方は無料
*身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその付添いの方(1名まで)は無料
*いずれも証明できるものをご持参ください
*開催中の特別展「イサム・ノグチ 発見の道」「ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」のチケット(半券可)提示にて、一般料金より300円引き
休館日:月曜日、9/21(ただし、8/30、9/20は開室)
開館時間:9:30-17:30(入室は閉室の30分前まで)
問い合わせ先:東京都美術館 事業係 Tel. 03-3823-6921(代表)
主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館
公式サイト:https://www.tobikan.jp/wallsbridges/
ギャラリートーク:https://www.youtube.com/watch?v=yGzi9i218X0(2021年9月2日追記)

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