2020年11月15日号
次回12月1日更新予定

キュレーターズノート

「札幌ビエンナーレ」に向けて

鎌田享(北海道立帯広美術館)

2012年02月15日号

 このスペースでも何度か触れてきたことだが、札幌では2014年の開催を目指して国際芸術際「札幌ビエンナーレ」の準備が進められている。

 昨年の話になるが、2011年10月29日(土)から11月23日(水)にかけて、札幌芸術の森美術館を会場に、札幌ビエンナーレ・プレ企画実行委員会の主催で、「札幌ビエンナーレ・プレ企画2011『表現するファノン──サブカルチャーの表象たち』」が開催された。ファノンという語は、著者にとって耳慣れない言葉だったが、「ファンやユーザーによって生成されるコンテンツやその活動」のことであり、fanとcanonの合成語だともいう。同人誌やコスプレなどを、まずは思い浮かべればいいのであろうか。
 会場に展示された作品、というか資料、というかモノは、およそ「展覧会」や「美術館」というものを脇に据えると、破格のものであった。カスタムバイク(市販されているバイクの機構や外装を、オーナーが自分好みに改造したもの)や痛車・萌車(マンガやアニメやゲームのキャラクターを、車体に描いた車)が並ぶ。メイドカフェが開設され、「お帰りなさいませ! ご主人さま。」と声を掛けられる。YouTubeやニコニコ動画、顔文字、バーチャルアイドル「初音ミク」のコンセプト展示がある(初音ミクの開発元クリプトン・フューチャー・メディアは、札幌に本社があるそうだ)。くつした企画は、1980年代に活躍したとされる架空のアイドルと彼女が主演したテレビ・ドラマの顛末を、細部にいたるまで事細かにフォローする。それらと並列して、名画全集の表紙を描いた村田真や、現代美術のマスターピースによせた高橋喜代史の作品が並ぶ(アメリカのメディア・アーティスト、ジェニー・ホルツァーへのオマージュ/パロディとして高橋が制作した作品──工事現場などで使われるベルトコンベアのベルト部分を、手描きされた「THIS IS MEDIA ART」という語が巡る作品──が、たまらなく美しく、たまらなくバカバカしかった)。
 サブカルチャーと呼ばれる領域の生成物が、美術館で紹介される機会は、これまでも重ねられてきた。なかでも取り分けインパクトの強かったものは、筆者の記憶にある限りでは、マンガを取り上げた「マンガの時代──手塚治虫からエヴァンゲリオンまで」(東京都現代美術館、1998)、テレビゲームを取り上げた「BIT GENERATION 2000 テレビゲーム展」(水戸芸術館、2000)、グラフィティを取り上げた「X-COLOR/グラフィティ in Japan」(水戸芸術館、2005)などである。
 しかし札幌での展覧会は、これらとは根本的に異なる。先に挙げた展覧会ではいずれも、サブカルチャーの生成物を、美術や美術館という文脈のなかに位置づけようとしてきた。それが端的に示されたのは、生成物の一つひとつについて、丁寧に紹介していこうという姿勢においてである。そこでは、生成物のなかでもとりわけ優れていると思われる作例、典型と思われる作例、マスターピースと思われる作例を抽出し、その特徴を分析しながら展示していく。それは「美術作品」を紹介する際に、美術館や学芸員がとる典型的な振る舞いでもある。
 それに対して「表現するファノン」展では、おそらくはそうした意識、サブカルチャーをハイアートと同列の価値基準で取り上げよう(あるいは称揚しよう)という意識は希薄である。特定の「痛車」が、別の「痛車」と峻別され、より完成度の高い傑作として紹介されているわけではないのだ。
 といってこの展覧会が、例えばコミケや見本市のような、サブカルチャーの祭典というわけでもない。それにしては、取り扱う領域があまりにも幅広く、対して展示されているモノが厳選されすぎている。なによりもそこでは、現代美術系の作品の入り込む余地はないであろう。
 企画者の意図は、個々の「作品」を紹介することよりも、二次創作物を生み出すその心理を開示し読解することに向けられている。ある創作物を媒介とし、そこに個々人のファン心理なり創作衝動なりが介在して、新たな「二次」創作物が生み出される状況。それを、極めて現代的な創造活動の一様態ととらえているのである。ゆえに、匿名性をまとったオタク文化と、作家名を冠した美術作品が、並列で取り上げられる。この点を踏まえないと、この展覧会に込めた企画者の意図を見誤ることになろう。


「表現するファノン──サブカルチャーの表象たち」チラシ

 さて、「表現するファノン」展は、「札幌ビエンナーレ」のプレ企画の第2弾として開催された。この6カ月前、2011年4月には、プレ企画第1弾として同じく札幌にある北海道立近代美術館で「美術館が消える9日間」が開催されている。ここでは、サウンドアートやパフォーミングアートなど、参加型やイベント型の作品にとりわけ視点を定めながら、現代美術界の幅広い展開を紹介した。さらにさかのぼって2006年11月には、北海道立近代美術館で「FIX・MIX・MAX! 現代アートのフロントライン」が開催されている。ここでは、北海道在住の若手現代美術家たちの作品が展開されるとともに、札幌での国際芸術祭開催に向けての、決意表明がなされている。
 「札幌ビエンナーレ」の根幹となるコンセプトは、「アートを全方向へとひらく」ことだという。若手作家の紹介も、イベント型作品の取り込みも、サブカルチャーとの橋渡しも、このコンセプトを具現化するための道筋を模索するための、トライアルといえる。

 年度もあらたまる4月からは、行政組織も巻き込んで「札幌ビエンナーレ」の準備作業が本格化することであろう。そのなかではおそらく、行政や経済界から、新産業としてのサブカルチャー領域の取り込みが、いま以上に提言される可能性がある。美術や芸術を、あるいは国際芸術祭を、行政や経済の活動と結びつけることが、いけないとはいわない。むしろ国際芸術祭は、一方では行政上や経済上の戦略と不可分で行なわれてきた。今日の日本国内における国際芸術祭頻発の嚆矢ともなった「横浜トリエンナーレ2001」にしても、もともとは再開発された横浜みなとみらい地区の活性化の起爆剤として開催されたものである。コンテンツ産業の集約を目指す札幌において、それらへの目配りが掲げられるのも、当然といえば当然のことである。
 しかしだからといって、「表現するファノン」展における「型破り」な展示をもって、「札幌ビエンナーレ」の雛型とするのは、早計であろう。繰り返しになるが著者の読み解くところ、このプレ企画の企画者は、サブカルチャーの個々の生成物よりも、それを生み出す心的土壌にこそ関心を寄せている。そしてこの心的土壌に、「アートを全方向へとひらく」ための扉のひとつがあるのではないかと問いかけているわけである。それを単純なサブカルチャーの称揚、コンテンツ産業の礼賛へと置き換えてしまうことは、現代の文化を読み解く興味深いキーワードのひとつを置き去りにしてしまうことであり、はなはだもったいないことだとも、思うのである。
 数々のプレ企画を積み重ねるなかから、2014年の本企画の方向性と具体像が形作られていくであろうことを、引き続き注視していきたい。

表現するファノン──サブカルチャーの表象たち

会期:2011年10月29日(土)〜11月23日(水)
会場:札幌芸術の森美術館
札幌市南区芸術の森2丁目75番地/Tel. 011-591-0090
主催:札幌ビエンナーレ・プレ企画実行委員会

札幌ビエンナーレ

URL:http://www.sapporo-biennale.jp/

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