キュレーターズノート

糸の先へ/魅せられて、インド。/菊畑茂久馬氏「第53回毎日芸術賞」受賞ほか

山口洋三(福岡市美術館)

2012年02月15日号

 どんな展覧会を「良い」というのだろうか。たんに優れた名品が出品されていることだけではそうは思えない。企画者がよく調査をしているとか、それも大事だけどそれだけではない。私の基準はなにかとしばし考えてみたところ、それは、それは自分の価値観とか世界観が揺らぐ「意外性」があること。そして美術館・博物館においてそれが企画開催されている場合は、その館の活動方針の根幹についてラジカルに問いかけていること。本稿締め切り間際に観覧した二つの展覧会はまさにそうしたものだった。

 ひとつは福岡県立美術館の「糸の先へ──いのちを紡ぐ手、布に染まる世界」展。現代の染織家9人と1組による展覧会だ。これは端的に言えば「現代工芸」のカテゴリに属することになろうが、現代美術展と呼んでもいい。企画者である竹口浩司(同館学芸員)により、福岡県内外の作家たちが、伝統工芸の世界にありがちな序列に関係なく選考されている。その視線は明らかに「私的」なものなので、そこに客観的な基準を見いだすことは難しい。しかし現代美術の展覧会における作家選択など、現代においてはすでに「私的」でしかありえなくなってしまった。要は、それを当該美術館の活動方針に(なかば強引に)関連づけ、そしてメッセージとして明確に発信できるかどうかである。
 福岡県美は、これまで県内に関係の深い工芸の展覧会を開いてきており、所蔵作品もある。「糸の先へ」はこうした同館の活動の延長に位置づけられつつも、あまりローカルな枠組みにとらわれずに、染織家たちの制作意図やつくる行為に焦点を当てている。しかしその「つくる」ことを、生活のなかから遊離させないかたちで実践している現代の染織家たちの仕事は、ある意味私たちの生活意識と地続きのところで「生きる」とはなにかを問いかけているといっていいし、実際、本展の意図もそこにあるのだろう。
 さて会場は、いわゆる「伝統工芸」の展覧会とは異なり、照明や配置において工夫が見られる。福岡県美は福岡市美術館以上に施設の劣化が進んでいて天井も低く、けっして現代美術向きの空間ではないのだが、坂崎隆一氏の会場構成によりいつもと違った展示空間ができあがっていた。作家人数の割りには作品数はけっして多くはないのでやや物足りなさも残るが、作品数を絞り込むことで、作者その人への関心を深めてもらうという意図が感じられる。デパートなどで開催される伝統工芸展を見るつもりでこの展覧会を見ないように。図録は、ロハス系の雑誌風の体裁だが、作家インタビュー含めテキストが豊富で、展覧会意図を深く知りたい人、布系のものが好きな人にはおすすめ(私はロハスは好かんけど)。


「糸の先へ」展、図録

糸の先へ──いのちを紡ぐ手、布に染まる世界

会期:2012年2月4日(土)〜3月11日(日)
会場:福岡県立美術館
福岡市中央区天神5丁目2-1/Tel.092-715-3551


 もうひとつは福岡アジア美術館の「魅せられて、インド。──日本のアーティスト/コレクターの眼」。「インド」といえば「インドの山奥で、修行して〜」というレインボーマンの主題歌が即座に脳裏を駆けるが(それは置くとして)、この展覧会は、「インド美術」展ではない。インドを描いた美術と、インドに魅せられた人が集め(まくっ)た物に関する展覧会だ。こちらも現代美術的なテイストはあるものの、その中身はどちらかといえば「みんぱく」的。インド美術ももちろん出品されているが、それは企画者が選考したのではなく一度別の日本人の目を通したもの。つまり「日本人が眼差した『インド』を集めた展覧会」ということになる。
 横山大観とタクル(タゴール)の出会いを序として、第1部では「アーティストが見たインド」と題して横尾忠則、平山郁夫という、インドといえばいわば定番の作家はもちろん、漫画家、デザイナー、映像作家たちの作品、彼らが集めたインド関連の美術品なども含まれる。第2部「インドを集めたコレクター」では、インドに関する品々を集めたコレクターが紹介されている。物があふれかえった第2部に自分は惹かれるかなと思いきや、実際に見て印象を深くしたのは第1部のほう。横尾、平山を素通りしたあとに出会った、近年急逝した相原信洋のアニメーション作品は鮮烈だ。美術に隣接している実験映像の分野なのに、なにも知らなかったな、と反省することしきり。観覧にいちばん時間をかけたのはこの映像作品だった(原画の展示はもう少し配慮してほしかった)。
 畠中光享、西岡直樹・由利子、蔵前仁一は、その作品よりもインドで収集した彫刻や民画などのコレクションに興味を惹かれた(第2部含めこの「美術」以外の人選には、元々文化人類学を学んでいた企画者、五十嵐理奈の人脈が生かされている)。こういった展示物を見ると、西洋近代由来の「美術」の枠には収まらないものがいまも多数存在するアジアの視覚表現の可能性を信じたくなる。いまや世界中の国際展でアジア出身の美術家による作品は不可欠な状況となり、珍しくなくなったけれど、そのなかには、「美術」の枠組みを揺るがす作品がすっかり減ってしまった。フォークアートとかアウトサイダーアートという分類による概念付けをすると失われかねないそれらの魅力とエネルギーを、いわゆる「美術」と混在させ展示することで、うまく引き出していたように思った。残念だったのは、展覧会チラシのメインビジュアルになっている藤原新也の写真が現物ではなくデジタル映像によるスライドショーのみということ。せめて写真現物とスライドショーとの併用をすべきだった。
 そもそも、こうした「美術」の外への注目は、アジ美の活動方針のひとつなのである。しかしこれまでは、小規模企画のなかでそのような展覧会が企画されてきたことが多かった。このように特別展の枠で本展が企画されたことは喜ばしいし、そしてこれは極めて「アジ美」らしいといえる。残念ながら図録は展示のボリュームを反映してないので(この展示物量なら300頁超えでしょ?)、近郊の人はぜひ足を運んで圧倒的な物量と熱気に酔いしれるべし。


蔵前仁一コレクションから、サントーシュ・クマール・ダース《瞑想するハヌマーン》(ミティラー画、2004)

魅せられて、インド。──日本のアーティスト/コレクターの眼

会期:2012年1月21日(土)〜3月11日(日)
会場:福岡アジア美術館
福岡市博多区下川端町3-1 リバレインセンタービル7・8階/Tel.092-263-1100

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